消えた魔剣
本作は『聖魔剣戦記』の外伝です。
本編では語られなかった人物たちの過去や、物語の裏側で起きていた出来事を描いていきます。
彼らが何を経験し、何を思い、どのような道を歩んできたのか。
本編とはまた違った視点から、『聖魔剣戦記』の世界を楽しんでいただければ幸いです。
それでは、外伝の物語をお楽しみください。
聖魔剣戦記外伝
輸送騎士達の隠蔽工作
カシアンとガレスを取り逃がした騎士たちは、重い足取りで輸送隊の詰所へ戻った。
待ち構えていた輸送責任隊長は、彼らの姿を見るなり眉をひそめた。
「……ガレスはどうした?」
「申し訳ありません。逃げられました」
「何だと?」
隊長の声が低く響いた。
「ガレスはネメシスを持ったまま逃走。追跡しましたが、カシアン・ヴェイルに阻まれ、確保できませんでした」
「カシアンだと……。なぜ、あいつがそこにいる?」
「詳しい事情は分かりません。しかし、二人は一緒に逃げました」
隊長はしばらく黙り込んだ。
教団の積荷の移送を任されていたガレスが、魔剣を持ち去った。そのうえ、教団から追われる身であるカシアンまで関わっている。
事態は、想定していた以上に深刻だった。
「待て。そもそも、ガレスは最初からネメシスを持ち逃げするつもりだったのか?」
隊長の問いに、騎士たちは顔を見合わせた。
「……そこまでは、確認しておりません」
「確認していないだと?」
隊長の目が鋭くなった。
「ならば、なぜ犯人扱いした? ガレスが
何をしようとしていたのか、話を聞きもしなかったのか?だいたい盗む男が何故わざわざ報告しにくる?」
「それは……」
騎士の一人が言葉を詰まらせる。
ガレスは、もともと輸送に関する問題を報告しようとしていた。ところが、騎士たちは十分な確認もせず、彼をネメシスの窃盗犯と決めつけた。
その判断が、今回の事態を招いたのかもしれない。
隊長は額に手を当てた。
「なんということをしてくれたのだ……」
ガレスを確保できなかっただけではない。ネメシスも戻っていない。しかも、追跡の過程でカシアンまで関与する事態になった。
これを教団上層部へ報告すれば、輸送隊の管理責任はもちろん、騎士たちの判断についても厳しく追及されるだろう。
場合によっては、全員が責任を問われる。
「隊長……。この件は、教団上層部へ報告するのでしょうか?」
騎士の一人が、おそるおそる尋ねた。
隊長はすぐには答えなかった。
正直に報告すれば、ネメシスを失った責任を取らされる。さらに、ガレスの話を十分に聞かず犯人扱いしたことまで明るみに出れば、言い逃れはできない。
自分の地位も、これまで築いてきた立場も失うことになる。
隊長はゆっくりと顔を上げた。
「……いや。報告はできん」
「しかし、ネメシスが……」
「分かっている!」
隊長の怒声に、騎士たちは口を閉ざした。
「このまま報告すれば、我々全員が処分される。お前たちも、それは分かっているはずだ」
誰も反論しなかった。
隊長は一人ひとりの顔を見渡した。
「今回の件は、なかったことにする、この意味は、わかるな」
その言葉の意味を理解した騎士たちの表情が、一斉にこわばった。
「輸送記録を改竄しろ。ネメシスの移送に関する記録を整理し直す。余計なことを口にするな、わかったな」
「……承知しました」
騎士たちは、もはや後戻りできないことを悟っていた。
こうして、ネメシスの紛失を隠すための工作が始まった。
輸送記録は都合よく書き換えられ、移送に関わった者たちの証言も、少しずつ口裏を合わせられていった。
そして、ネメシスの移送先として定められていた教団の宝物庫にも、手が加えられた。
宝物庫に納められるはずだったネメシスの代わりに、何の魔力も宿していない普通の剣が置かれたのだ。
その剣は、高級な布で丁寧に包まれていた。
外からでは中身を確かめることができず、わざわざ包みを解かなければ、別の剣にすり替えられているとは分からない。
見た目だけなら、そこにネメシスが納められているように見えた。
宝物庫の管理に関わる者たちも、包みを開けて確かめようとはしなかった。
こうして、ネメシスが失われた事実は、教団の記録から巧妙に覆い隠されていった。
だが、隠蔽に関わった者たちの心から、不安が消えることはなかった。
誰かが真相を知っているのではないか。
いつか記録の矛盾を指摘されるのではないか。
そして、失われたネメシスの行方が明らかになったとき、自分たちの罪も暴かれるのではないか。
そんな恐怖が、彼らの心に深く根を下ろしていった。
やがて、隠蔽に関わった騎士たちの中から、教団を去る者が現れ始めた。
表向きは退職や配置転換など、それぞれ異なる理由を掲げていた。
しかし、その胸の内にあったのは、過去の事件が明るみに出ることへの恐れだった。
一人、また一人と、関係者が教団から姿を消していく。
そして、最後まで残っていた輸送責任隊長も、ついに教団を去る決断をした。
彼は、自らが命じた隠蔽工作が、いつか自分の身を滅ぼすのではないかと恐れていた。
これ以上、教団に留まることはできなかった。
隊長が去ったあと、事件の真相を知る者は、教団の中には誰一人として残らなかった。
宝物庫には、今も高級な布に包まれた普通の剣が置かれている。
記録の上では、ネメシスはそこにある。
誰も疑わず、誰も確かめず、誰も真実を語らない。
こうして、ネメシスの紛失事件は隠蔽された。
騎士たちの軽率な判断から始まった失態は、保身のための嘘によって覆い隠され、やがて教団の歴史の闇へと沈んでいった。
そして、真実を知る者がいなくなったことで、隠蔽工作は完成したのだった。
消えた魔剣 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の外伝では、『聖魔剣戦記』本編では語られなかった物語をお届けしました。
本編では描ききれない人物たちの過去や、それぞれが歩んできた道。その裏側にある出来事を知ることで、物語の世界をより深く楽しんでいただけたら嬉しいです。
これからも、本編では描かれない物語や人物たちの知られざる一面を、外伝を通してお届けしていきたいと思います。
少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ感想や応援をいただけると励みになります。
これからも『聖魔剣戦記』をよろしくお願いします!
三國ユウ




