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      教団の闇

本作は『聖魔剣戦記』の外伝です。


本編では語られなかった人物たちの過去や、物語の裏側で起きていた出来事を描いていきます。


彼らが何を経験し、何を思い、どのような道を歩んできたのか。


本編とはまた違った視点から、『聖魔剣戦記』の世界を楽しんでいただければ幸いです。


それでは、外伝の物語をお楽しみください。

     カシアン外伝Ⅲ


      真相究明編


 廃村へと続く道を、二人の男が歩いていた。


 かつて人々が暮らしていたその村は、今では見る影もない。道端には雑草が生い茂り、崩れかけた家屋が寂しげに並んでいる。窓は割れ、扉は外れ、長い年月のあいだ人の手が入っていないことは明らかだった。


 ここには、もう誰もいない。


 カシアン・ヴェイルは周囲に視線を走らせながら、隣を歩くガレスに声をかけた。


「この村で起きた事件……やはり、教団の地下施設と関係があると考えるべきだろうな」


「子供たちが暴れ回っていたという話か?」


「ああ。あの異常な力と、教団が秘密裏に進めていた研究。無関係だと考えるほうが不自然だ」


 ガレスは険しい表情を浮かべた。


 彼は教団の輸送責任者として働いていた男だ。しかし、教団内部で何が行われていたのか、そのすべてを知っているわけではない。


 カシアンが追っているのは、教団の闇だった。


 その手掛かりがこの廃村にある。そう考えた二人は、余計な寄り道をすることなく、村の奥へと進んでいった。


 やがて、朽ち果てた建物の向こうに、古びた教会が姿を現した。


 屋根の一部は崩れ、壁には大きな亀裂が走っている。入り口の扉も傾き、わずかな風に揺れて軋んでいた。


「ここか……」


 カシアンは教会を見上げると、剣の柄に手を添えた。


「行くぞ、ガレス」


 二人は壊れた扉を押し開き、教会の中へと足を踏み入れた。


 内部には、崩れた長椅子や割れた窓ガラスが散乱していた。祭壇には厚い埃が積もり、壁に掛けられていた装飾品も、ほとんどが落下している。


 礼拝のために使われていた場所とは思えないほど、荒れ果てた光景だった。


 カシアンは祭壇の周囲を慎重に調べ始めた。


「普通の教会なら、こんな場所に秘密の施設を造る理由はない。だが、ここが研究施設の入口を隠すための場所だったとしたら話は別だ」


「祭壇の裏か?」


「可能性はある」


 二人は祭壇の裏側へ回り込んだ。


 そこには壁の一部が不自然に崩れた跡があり、その奥に地下へと続く入口らしきものが見えた。


 しかし、入口は大量の瓦礫で塞がれていた。崩れた石材だけではない。何者かが意図的に積み上げたようにも見える。


 カシアンは瓦礫を見つめ、腰の剣へと手を伸ばした。


 鞘から抜かれた魔剣ネメシスが、薄暗い教会の中で鈍い光を放つ。


 その瞬間だった。


 カシアンの脳裏に、見慣れない数列と、瓦礫の内部構造を示すようなイメージが浮かび上がった。


「……またか」


「どうした、カシアン?」


「いや……何でもない」


 説明しようにも、本人にもよく分かっていなかった。


 ネメシスを握るたび、時折、頭の中に流れ込んでくる奇妙な情報。意味の分からない計算式や、物体の構造、そして何かを壊すために最も効率のよい位置。


 まるで、剣そのものが答えを教えているかのようだった。


 カシアンは剣先を瓦礫の一点へ向けた。


「まずは入口を開ける」


 次の瞬間、ネメシスが振り下ろされた。


 鋭い斬撃が瓦礫を捉え、積み重なっていた石材が音を立てて崩れ落ちる。


 カシアンは頭に浮かんだ情報を頼りに、次々と剣を振るった。


 無闇に斬っているわけではない。崩れやすい箇所を見極め、周囲を巻き込まないよう、最小限の攻撃で障害物を取り除いていく。


 やがて、人が一人通れるほどの隙間が生まれた。


「こんなに正確に壊せるものなのか……」


 ガレスが驚きの声を漏らした。


「俺にも理由は分からん。だが、今は利用させてもらう」


 カシアンは剣を構え直し、地下へと続く階段を下りていった。


 ガレスもその後に続く。


 階段の先には、長い通路が伸びていた。壁には古い魔導灯が設置されていたが、ほとんどが壊れており、二人の視界を照らすのはわずかな光だけだった。


 足元には砕けた石片が散らばり、壁の一部には激しく破壊された痕跡が残っている。


「誰かが、ここを徹底的に封鎖したようだな」


 カシアンが呟いた。


 通路の先にも、崩れた壁が立ちはだかっていた。


 彼は再びネメシスを握り、頭に浮かぶ構造の情報を頼りに斬撃を放つ。


 石壁が崩れ、さらに奥へ進めるようになった。


 二人は、何度も瓦礫を取り除きながら進んだ。


 やがて、通路の奥に巨大な魔導鉄扉が現れた。


 扉の表面には、複雑な術式が刻まれている。長い年月が経過しているにもかかわらず、その一部はまだ力を保っているようだった。


「ここまで厳重に封鎖するとは……」


 ガレスが扉を見上げる。


「見られたくないものが、この先にあるんだろう」


 カシアンは扉に手を触れた。


 その瞬間、再び脳裏に数列が浮かび上がる。


 術式の配置。金属の厚み。力を加えるべき箇所。


 すべてが、頭の中に流れ込んでくる。


「……そこか」


 カシアンは迷うことなく剣を振るった。


 ネメシスの刃が扉の一角を捉え、硬い金属音が地下通路に響き渡る。


 一撃、二撃、三撃。


 やがて術式の一部が崩れ、扉に亀裂が走った。


 最後の一撃で、魔導鉄扉は大きな音を立てて内側へ倒れ込んだ。


 その向こうには、広い空間が広がっていた。


 無数の机。壊れた器具。壁に取り付けられた拘束具。そして、部屋の奥に並ぶ鉄格子。


 カシアンは目を細めた。


「……ここで、何をしていた?」


 二人は慎重に室内へ足を踏み入れた。


 鉄格子の中には、小さな寝台が置かれていた。壁際には鎖や手枷が残され、床には乾ききった血痕がこびりついている。


 子供が使うにはあまりにも狭い寝台。逃げられないようにするための頑丈な拘束具。


 そこにあったものは、治療や保護のための設備とは到底思えなかった。


 ガレスの顔から血の気が引いていく。


「これは……子供を閉じ込めていたのか?」


 カシアンは返事をせず、鉄格子の奥を見つめていた。


 以前、ある研究者から聞いた話が脳裏をよぎる。


 ――被験体。


 研究者が口にした、その言葉。


 そして、廃村で目撃された、異常な力を持つ子供たち。


「以前、研究者が『被験体』という言葉を口にしていた。あの村で暴れていた子供たちも、ここと関係している可能性がある」


「まさか……教団が、子供たちを使って実験を?」


「まだ断定はできない。だが、この場所を見れば、疑わずにはいられないだろう」


 カシアンの声は低かった。


 彼は怒りを抑えるように拳を握りしめ、それから部屋の奥へと進んだ。


 隣の部屋には、研究用と思われる器具が並んでいた。多くは破損していたが、壁際には魔力を測定するための装置らしきものも残されている。


 さらに奥へ進むと、書類棚が並ぶ記録保管室が見つかった。


「ようやく、本命だな」


 カシアンは棚から書類を取り出した。


 そこには研究経過の報告書、魔力の測定記録、実験の進行状況を記した資料などが保管されていた。紙は古び、ところどころ破れていたものの、読める記録も少なくない。


 二人は机の上に書類を広げ、内容を確認していった。


 研究の目的は、人工的に聖剣を生み出すこと。


 その研究に子供たちが関わっていたことは、記録の断片からも読み取れた。


 そして、部屋の隅に置かれた棚から、一冊の分厚い管理記録が見つかった。


「これは……被験体の管理記録か」


 カシアンは表紙の埃を払い、中を開いた。


 最初のページには、被験体番号一番の記録が記されていた。


 ページをめくるごとに、番号が増えていく。


 一番、二番、三番。


 そこには、それぞれの被験体について、魔力の適性や実験経過、精神状態などが細かく記録されていた。


 そして、いくつもの記録の末尾には、赤い文字で「死亡」と書かれていた。


 カシアンの眉間に深い皺が刻まれる。


「……ふざけやがって」


 怒りを押し殺した声が、静かな部屋に響いた。


 記録はさらに続いていた。


 被験体番号二百番。


 そして、その次のページ。


 被験体番号二百一番。


 カシアンは、その記録に目を留めた。


 他の被験体と比べても、魔力適性が際立って高い。人工聖剣との適合性についても、特異な数値が記されていた。


 一方で、精神状態に関する記録には、他の被験体に比べて異常が比較的軽度であることが示されていた。


 ただし、人工聖剣への適応は完了していない。


 記録はそこで途切れていた。


「二百一番……」


 カシアンは小さく呟いた。


 それが何を意味するのか、今の彼には分からない。


 ただ、この被験体が研究において重要な存在だったことだけは読み取れた。


「この子供は、ほかの被験体とは違うようだな」


 ガレスが記録を覗き込む。


「魔力適性が突出している。だが、これだけでは何も分からん。どこで、どうなったのか……その先の記録がない」


 カシアンは管理記録を閉じず、慎重にページを確認した。


 しかし、二百一番のその後を示す資料は見つからなかった。


 研究がどのような結末を迎えたのか。被験体たちがどうなったのか。まだ分からないことばかりだった。


 ガレスは、鉄格子の並ぶ部屋の光景を思い出したのか、口元を押さえた。


「……少し、外の空気を吸ってくる」


「ああ。無理はするな」


 ガレスは青ざめた顔のまま、来た道を戻っていった。


 残されたカシアンは、記録保管室で調査を続けた。


 書類の多くには、研究内容や実験の進行状況が記されていた。だが、肝心の部分が見つからない。


 誰が研究を支援していたのか。


 誰が資金を用意し、被験体を手配したのか。


 教団のどの立場の人間が、この研究を承認していたのか。


 それらを直接示す決定的な記録は、どこにも見当たらなかった。


「これだけ大掛かりな研究を、研究所長だけで進められるはずがない……」


 カシアンは書類を机に置き、考え込んだ。


 研究の規模から考えて、相当な資金と人員が必要だったはずだ。にもかかわらず、上層部とのやり取りを示す資料だけが見つからない。


 最初から記録されていなかったのか。それとも、誰かが意図的に隠したのか。


 カシアンは周囲を見回した。


 これほど多くの資料が残されているのに、重要な情報だけが欠けている。それ自体が不自然だった。


「……別の場所に保管していた可能性があるな」


 彼は机の引き出しを開けた。


 中には、古びた筆記具や壊れた器具、何に使われていたのか分からない小さな部品が入っているだけだった。


 別の引き出しも調べたが、結果は同じだった。


 それでもカシアンは、すぐに諦めようとはしなかった。


 研究所長が重要な連絡文書を残すなら、他の資料とは分けて保管する可能性がある。


 彼は机の周囲を改めて調べ始めた。


 机の奥にある棚。壁際の書類入れ。崩れた箱の中。


 やがて、机の背後に設置された棚の側面で、わずかな違和感に気づいた。


「……何だ、これは?」


 棚の側板に、細い継ぎ目がある。


 長年積もった埃のせいで分かりにくくなっていたが、周囲の木材とはわずかに構造が違っていた。


 カシアンは指先で継ぎ目をなぞった。


 その近くに、小さな突起がある。


 彼は周囲を確かめてから、そっと突起を押した。


 カチリ。


 小さな音が鳴った。


 次の瞬間、棚の一部がわずかに動いた。


「やはりな……」


 カシアンは慎重に板を引いた。


 すると、その奥から小さな隠し棚が姿を現した。


 内部には、封筒が一通だけ収められていた。


 封筒の表には、教団上層部で使われる印章が押されている。


 カシアンの目つきが変わった。


「これは……」


 彼は封筒を取り出し、慎重に封を確かめた。


 そして、中に入っていた一枚の手紙を広げた。


 そこには、整った筆跡で文章が記されていた。


 ――親展。研究所長殿。


 貴殿が長年にわたり進めてきた人工聖剣の研究について、これまでの尽力に深く感謝する。


 研究の実現には数多くの困難が伴うことは承知している。しかし、この研究は教団の未来を左右する重要な計画であり、決して中断させるわけにはいかない。


 今後の研究に必要となる資金については、引き続き教団側で援助する。また、実験に必要な被験体についても、こちらで手配するものとする。


 貴殿は研究に専念し、人工聖剣の完成に向けてさらなる成果を上げてほしい。


 これまでの貴殿の働きには、私も大いに満足している。今後とも、その優れた知識と技術を存分に発揮してくれることを期待している。


 なお、本計画に関する情報は厳重に管理し、関係者以外に漏れることのないよう徹底されたい。


 教団の未来のため、引き続き尽力を期待する。


 ――枢機卿。


 最後の署名を目にした瞬間、カシアンは息を呑んだ。


 そして、口元に鋭い笑みを浮かべた。


「これは枢機卿の手紙だ!」


 ちょうど戻ってきたガレスが、驚いて駆け寄ってくる。


「枢機卿の手紙だって?」


「ああ。人工聖剣の研究に資金を援助し、実験に必要な被験体も手配すると書かれている。しかも、研究を中断させるなとまで指示している」


 カシアンは手紙をガレスに見せた。


 ガレスは内容を読み進めるにつれ、顔を強張らせていった。


「でも、カシアン……枢機卿って教団の最高幹部じゃないか? 誰が裁くんだ?」


 その問いに、カシアンはすぐには答えなかった。


 枢機卿は教団の中でも、極めて強い権限を持つ存在だ。その人物が研究に深く関わっていたとなれば、事態は単なる地下施設の発見では済まなくなる。


「……簡単な話じゃないだろうな」


 カシアンは手紙を見つめた。


「だが、この手紙は重要な手掛かりだ。枢機卿が研究への資金援助と被験体の手配を約束していたことは分かった。少なくとも、研究所長だけが勝手に進めていた計画ではない」


「じゃあ、これで枢機卿が事件の黒幕だと証明できるのか?」


「いや。これだけで、事件のすべてを証明できるわけじゃない。子供たちがどう扱われたのか、どこまで知っていたのか……まだ確認すべきことは残っている」


 カシアンは手紙を丁寧に折りたたんだ。


「だが、真相に近づくための大きな一歩だ。これを無駄にするわけにはいかない」


 彼は手紙を封筒へ戻し、被験体の管理記録とともに保管した。


 ここに残された資料は、教団の闇を暴くための重要な証拠になるかもしれない。


 しかし、同時に危険なものでもあった。


 この手紙の存在が知られれば、証拠を隠そうとする者たちが動き出す可能性がある。枢機卿の関与を示す文書が、誰の手に渡るか。それによって、今後の展開は大きく変わるだろう。


 カシアンは最後にもう一度、研究室の奥を見渡した。


 鉄格子。拘束具。血痕。そして、数えきれないほどの記録。


 この場所で何が行われていたのか。その全貌は、まだ明らかになっていない。


「行くぞ、ガレス。ここで分かったことを整理し、次の手を考える」


「ああ……」


 二人は必要な資料を持ち、地下施設を後にした。


 ネメシスによって切り開かれた道を戻り、崩れた魔導鉄扉を越え、瓦礫の散乱する通路を抜けていく。


 やがて、二人は廃教会の外へ出た。


 荒れ果てた村には、相変わらず誰の姿もない。


 風が吹き抜け、朽ちた建物の隙間から乾いた音が響いた。


 カシアンは懐に収めた手紙の存在を確かめるように、胸元へ手を当てた。


 教団の上層部が関与していたことを示す、新たな手掛かり。


 だが、真相にたどり着くまでには、まだ越えなければならない壁がある。


「必ず暴いてやる……教団が隠してきた真実をな」


 カシアンは静かに呟き、歩き出した。


 その背中を、ガレスが追う。


 二人が去った後、廃村には再び静寂が戻った。


 地下に残された膨大な研究資料も、被験体たちの記録も、そして隠し棚から見つかった一通の手紙も、今はまだ世間に知られていない。


 この手紙が、後に教団を揺るがす大きな事件の引き金になることを――この時、知る者は誰もいなかった。


 そして、地下施設に残された研究の成果と記録が、いつか別の者たちの手によって再び見いだされることも、まだ誰も知らなかった。


 真相への扉は、確かに開かれた。


 だが、その先に待つものは、まだ闇の中にあった。


      教団の闇 完

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


今回の外伝では、『聖魔剣戦記』本編では語られなかった物語をお届けしました。


本編では描ききれない人物たちの過去や、それぞれが歩んできた道。その裏側にある出来事を知ることで、物語の世界をより深く楽しんでいただけたら嬉しいです。


これからも、本編では描かれない物語や人物たちの知られざる一面を、外伝を通してお届けしていきたいと思います。


少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ感想や応援をいただけると励みになります。


これからも『聖魔剣戦記』をよろしくお願いします!


三國ユウ

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