後編 反逆者と逃亡者
本作は『聖魔剣戦記』の外伝です。
本編では語られなかった人物たちの過去や、物語の裏側で起きていた出来事を描いていきます。
彼らが何を経験し、何を思い、どのような道を歩んできたのか。
本編とはまた違った視点から、『聖魔剣戦記』の世界を楽しんでいただければ幸いです。
それでは、外伝の物語をお楽しみください。
カシアン外伝Ⅱ
ガレスが納得できるかと、言った後カシアンが言った
「なら、教団に戻って説明してくればい
い」
「誰のせいで戻れなくなったと思ってるんだ!」
ガレスの叫びが、岩陰に響き渡った。
カシアンは肩をすくめると、手にした魔剣へ視線を落とした。
黒い刀身は、先ほどまでの輝きが嘘だったかのように静まり返っている。だが、柄を握る手には、確かな感触があった。
ネメシス。
その名だけは、はっきりと頭に残っていた。
「……どうして俺なんだ」
カシアンは誰にともなく呟いた。
教団に追われ、反逆者の汚名を着せられた男。仲間を失い、真実を求めて彷徨う身。
そんな自分を、魔剣が選んだ。
偶然とは思えなかった。
だが、理由が分からない以上、喜ぶ気にもなれない。
「おい、聞いてるのか?」
ガレスが不満げに顔を覗き込んできた。
「俺の話はまだ終わってないぞ。そもそも、俺は魔剣を盗んでない。それなのに教団には追われるし、反逆者には助けられるし、挙げ句の果てに魔剣まで持っていかれるなんて、どう考えてもおかしいだろ!」
「持っていくつもりはない。選ばれたのは俺だ」
「それを持っていくって言うんだ!」
「じゃあ、お前が持つか?」
カシアンがネメシスを差し出すと、ガレスは即座に首を横に振った。
「いらん!」
「なら問題ないな」
「大ありだ!」
カシアンは小さく笑った。
この状況で、これほど遠慮なく文句を言える人間も珍しい。
少なくとも、教団が公表しているような、目についた人間を片端から殺す反逆者だと思われているのなら、もっと怯えられてもおかしくないはずだった。
もっとも、先ほどまでガレスも自分が殺されるのではないかと怯えていたのだが。
「……まあいい。文句は後で聞いてやる」
「本当だな?」
「気が向いたらな」
「おい!」
そのときだった。
遠くから、複数の足音が聞こえてきた。
二人の表情が変わる。
追っ手だ。
「もう来たのかよ……!」
ガレスは頭を抱えた。
カシアンは岩陰から周囲を窺い、足音の数と位置を確かめる。
追っ手は先ほどより増えているらしい。おそらく、応援を呼んだのだろう。
このまま同じ場所に留まれば、見つかるのは時間の問題だった。
「移動するぞ」
「どこへ?」
「追っ手が来ない場所だ」
「そんな場所が分かるのか?」
「分からないから、探すんだろう」
「……あんた、意外と適当だな」
「うるさい、逃亡者」
「うるさい、反逆者!」
ガレスは文句を言いながらも、カシアンの後を追った。
◇
二人が岩陰を離れてしばらくすると、背後から騎士たちの声が聞こえた。
「この辺りを探せ! 魔剣を持った騎士と、カシアン・ヴェイルが一緒にいるはずだ!」
「見つけ次第、拘束しろ!」
その声を聞き、ガレスは顔をしかめた。
「……俺、本当に盗人扱いされてるんだな」
「今さら気づいたのか?」
「気づきたくなかったんだよ!」
ガレスは悔しそうに唇を噛んだ。
彼は教団の騎士として任務を任されていた。教団に忠誠を誓い、その命令に従ってきたつもりだった。
それなのに、何の説明も聞いてもらえず、犯人だと決めつけられた。
信じていたものが、急に分からなくなった。
「……俺は、どうすればよかったんだろうな」
その呟きに、カシアンはすぐには答えなかった。
しばらく歩いてから、静かに口を開く。
「少なくとも、お前は報告しようとした。やましいことがないなら、それは間違った行動じゃない」
「でも、結果はこのざまだ」
「結果が悪かったからといって、最初の行動まで間違いになるわけじゃない」
ガレスは足を止めた。
カシアンは振り返らない。
「誰かが聞く耳を持たなかった。それだけの話だ」
「……あんたは、教団を恨んでいるんじゃないのか?」
カシアンの足が、一瞬だけ止まった。
教団に裏切り者と呼ばれ、追われる身になった男。
その彼が、教団の騎士だった自分に、そんな言葉をかける。
ガレスには、それが不思議でならなかった。
「恨みがないと言えば嘘になる」
カシアンは答えた。
「だが、教団に属する人間が全員、同じ考えだとは思っていない」
「……」
「お前が本当に俺の敵なら、さっき助ける必要もなかった」
カシアンは再び歩き始めた。
ガレスは、その背中を見つめた。
教団から聞かされていた人物像とは、あまりにも違っていた。
もちろん、彼のことをすべて理解したわけではない。事件の真相も知らないし、何が正しいのか判断できるだけの材料もない。
それでも、一つだけ分かったことがある。
少なくとも、この男は、自分の話を聞かずに罪人と決めつけるような人間ではなかった。
「……なあ、カシアン」
「何だ?」
「俺はまだ、あんたを完全に信じたわけじゃないからな」
「別に信じてもらう必要はない」
「ただ、今は……助けてもらったことには礼を言っておく」
ガレスは、少し気まずそうに視線を逸らした。
「ありがとう」
カシアンは一瞬だけ目を向けた。
「どういたしまして」
「……思ったより普通に返すんだな」
「礼を言われたら、返すくらいはする」
「教団の噂じゃ、もっと恐ろしい男だったんだが」
「次に会ったときは、噂どおりに振る舞ってやろうか?」
「遠慮しておく!」
二人の声が、静かな林に溶けていった。
◇
日が傾き始めた頃、二人はようやく追っ手の気配が届かない場所へたどり着いた。
小さな岩場の陰に腰を下ろし、しばし休息を取る。
ガレスは疲れ切った様子で地面に座り込んだ。
「もう走りたくない……。今日だけで、一生分は走った気がする」
「大げさだな」
「大げさじゃない! 輸送任務が終わったら、報告書を書いて、飯を食って、寝る予定だったんだぞ。それがどうして、反逆者と一緒に追われる羽目になるんだ!」
「人生、何が起きるか分からないものだな」
「あんたが言うな!」
カシアンは苦笑し、ネメシスを膝の上に置いた。
夕暮れの光を受けた黒い刀身は、不気味なほど静かだった。
だが、カシアンには分かる。
この剣は、ただの武器ではない。
自分の中にある何かを見定めたうえで、主として選んだのだ。
戦略を立て、相手の思考を読み、状況を利用する力。
そして、たとえ自分が危険にさらされようとも、理不尽な目に遭っている人間を見捨てない心。
それらが、ネメシスの求めるものだったのかもしれない。
だが、魔剣に選ばれたという事実は、同時に新たな危険を意味していた。
教団がこの剣を回収しようとしていた理由は、まだ分からない。
無明が関わっていることも、カシアンは知らなかった。
そして、ネメシスが何を目的としているのかも。
「……厄介なものを背負ったな」
カシアンは小さく呟いた。
「今、何か言ったか?」
「いや、何でもない」
「そうか。……ああ、そうだ」
ガレスが顔を上げた。
「これから、どうするつもりだ?」
「まずは追っ手を撒く。その後で、魔剣について調べる」
「俺は?」
「好きにすればいい」
「……あっさりしてるな」
「一緒に来いとは言っていない。教団に戻りたいなら、止めるつもりもない」
ガレスは黙り込んだ。
教団に戻れば、また疑われるかもしれない。
今度こそ事情を説明できる可能性もある。だが、先ほどの騎士たちの態度を思い出すと、簡単にはそう考えられなかった。
何より、今の彼は魔剣を持った反逆者と行動を共にした人間だ。
教団が、それをどう判断するか。
考えるまでもなかった。
「……しばらくは、あんたと行動するしかなさそうだな」
「そうか」
「そうか、じゃない! もう少し何か言うことはないのか?」
「よろしく頼む、逃亡者」
「うるさい、反逆者!」
ガレスは深いため息をついた。
どうやら、自分の災難はまだ終わりそうにない。
それでも、不思議なことに、先ほどまで胸の中にあった恐怖は少しだけ薄れていた。
カシアンという男が何者なのか。
教団がなぜ彼を反逆者と呼ぶのか。
その答えを、自分の目で確かめてみてもいいのかもしれない。
ガレスは立ち上がり、荷物を整えた。
「……行くぞ、カシアン」
「分かっている」
二人は夕闇の中へ歩き出した。
かつて教団に忠誠を誓った騎士と、教団に裏切り者とされた男。
そして、その手には、誰も予想しなかった魔剣がある。
彼らの出会いが何をもたらすのか、まだ誰も知らない。
ただ一つ確かなことがある。
ネメシスは、カシアン・ヴェイルを主として選んだ。
その選択が、聖剣教団の隠された真実へとつながっていくことも知らずに。
反逆者と逃亡者
二人の奇妙な旅が、今、始まった。
後編 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の外伝では、『聖魔剣戦記』本編では語られなかった物語をお届けしました。
本編では描ききれない人物たちの過去や、それぞれが歩んできた道。その裏側にある出来事を知ることで、物語の世界をより深く楽しんでいただけたら嬉しいです。
これからも、本編では描かれない物語や人物たちの知られざる一面を、外伝を通してお届けしていきたいと思います。
少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ感想や応援をいただけると励みになります。
これからも『聖魔剣戦記』をよろしくお願いします!
三國ユウ




