前編 反逆者と逃亡者
本作は『聖魔剣戦記』の外伝です。
本編では語られなかった人物たちの過去や、物語の裏側で起きていた出来事を描いていきます。
彼らが何を経験し、何を思い、どのような道を歩んできたのか。
本編とはまた違った視点から、『聖魔剣戦記』の世界を楽しんでいただければ幸いです。
それでは、外伝の物語をお楽しみください。
カシアン外伝 Ⅱ
風が吹くたび、焼け落ちた家屋の残骸から灰が舞い上がった。
かつて人々の暮らしがあった村は、今では見る影もない。
崩れた石壁。焼け焦げた柱。草に覆われ始めた道。
そこには、かつて大勢の人間が暮らしていたという痕跡だけが、かろうじて残されていた。
カシアン・ヴェイルは、廃墟となった村の入口に立ち、しばらくの間、何も言わずに景色を眺めていた。
ここで何が起きたのか。
その答えを、彼はまだ知らない。
いや、正確には、教団が公表した答えなら知っている。
カシアンは教団を裏切り、魔剣使いと結託した。そして村人たちと自分の部下を殺害し、姿をくらました――。
それが、聖剣教団によって広められた事件の真相だった。
だが、カシアンには、どうしても納得できない部分があった。
自分が裏切り者だというのなら、なぜあのとき、仲間たちはあのような最期を迎えなければならなかったのか。
そして、なぜ教団は事件の詳細を明らかにしようとしないのか。
「……ふざけるな」
吐き捨てるように呟き、カシアンは歩き始めた。
目的は二つ。
かつて共に戦った仲間たちの遺品を回収すること。
そして、あの日に何が起きたのか、その真実につながる手掛かりを見つけることだった。
崩れた建物の隙間を調べ、焼けた木材をどかし、かつて仲間たちが身を寄せていた場所を探す。
やがて、半ば土に埋もれた小さな金属製の箱を見つけた。
蓋を開けると、中には古びた徽章と、焦げ跡のついた小さな革袋が入っていた。
見覚えのある品だった。
カシアンはしばらくそれを見つめ、静かに箱を閉じた。
「……遅くなって悪かったな」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
仲間たちは、もう返事をしてくれない。
それでも、彼らが何のために命を落としたのか。それだけは明らかにしなければならなかった。
カシアンは遺品を懐にしまい、再び村を調べ始めた。
しかし、いくら探しても、事件の全貌を明らかにする決定的な証拠は見つからなかった。
残されていたのは、破壊された施設の跡と、何かを隠すように片づけられた痕跡ばかり。
まるで、誰かが事件の後始末をしたかのようだった。
「誰かが、ここを調べたのか……?」
カシアンは地面に残る不自然な跡を見下ろした。
確証はない。
だが、この村で起きたことを、教団が公表した内容だけで片づけるわけにはいかなかった。
カシアンは周囲を警戒しながら、その場を離れた。
真実にたどり着くには、まだ時間がかかりそうだった。
だが、彼は諦めるつもりなどなかった。
たとえ世界中が自分を裏切り者と呼ぼうとも。
◇
同じ頃、聖剣教団の管理施設では、ひそかに回収された一振りの魔剣が、厳重な管理のもとで輸送されようとしていた。
その魔剣の名は、ネメシス。
教団の秘密部隊――神託の執行者、通称『無明』が、ある場所から回収したものだった。
一般の騎士たちに、その回収の経緯や魔剣の重要性が知らされることはない。
輸送に関わる者たちにも、必要最低限の情報しか与えられていなかった。
その輸送責任者を任されたのが、教団騎士ガレス・クロウだった。
ガレスは任務に忠実な騎士だった。
命じられた仕事を確実にこなし、余計な詮索をせず、与えられた責任を果たす。それが彼の信条だった。
今回の輸送も、滞りなく終わらせるつもりだった。
ところが、輸送の途中で手違いが起きた。
複数の荷馬車と荷物を移し替える作業の最中、管理担当者の確認が不十分だったため、本来別の輸送物とともに扱われるはずだった魔剣が、ガレスの管理する荷馬車へ紛れ込んでしまったのだ。
もちろん、ガレスはそんなことを知る由もない。
彼が異変に気づいたのは、輸送先へ向かう前の最終確認をしていたときだった。
「……ん?」
荷台の奥に、見覚えのない包みが置かれている。
積み込んだ覚えはなかった。
ガレスは周囲を見回してから、慎重に包みを開いた。
中から現れたのは、黒い刀身を持つ一振りの剣だった。
その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「魔剣……?」
ガレスは思わず後ずさった。
教団騎士である彼にとって、魔剣は決して見慣れた代物ではない。
ましてや、輸送の予定にもない剣が、自分の荷馬車に積まれているなど、あっていいはずがなかった。
「何故、魔剣が俺の荷馬車にあるんだ?」
誰に問いかけても答えは返ってこない。
ガレスはしばらく考えた末、剣を包み直した。
隠すつもりはない。
自分は輸送責任者だ。荷物に異常があったなら、速やかに報告する。それが当然だった。
「よし。教団に戻って説明すればいい」
そう考えたガレスは、魔剣を携えて教団の管理施設へ向かった。
だが、彼はまだ知らなかった。
その選択が、自分の人生を大きく変えることになるとは。
◇
「魔剣を持っているだと?」
教団の施設に到着したガレスを待っていたのは、驚きと疑念に満ちた騎士たちの視線だった。
「どこで手に入れた?」
「輸送中に見つけたんだ。俺の荷馬車に紛れ込んでいた。だから報告に来た」
「紛れ込んでいた?」
一人の騎士が眉をひそめた。
「そんな話が通ると思っているのか?」
「嘘じゃない。輸送の途中で見つけたんだ。俺は責任者として報告に来ただけだ」
「では、何故お前が魔剣を持っている?」
「だから、説明しただろう!」
ガレスの声に苛立ちが混じる。
しかし、騎士たちの疑いは晴れなかった。
「盗んだのはお前か?」
「はあ!?」
思わず声が裏返った。
「俺は教団の騎士だぞ! 任務中に見つけたものを、わざわざ報告しに来たんだ!」
「口では何とでも言える」
「ふざけるな! そもそも、俺が盗んだという証拠はあるのか?」
ガレスの言葉に、騎士たちは一瞬黙った。
だが、すぐに別の騎士が口を開く。
「ならば、その魔剣をこちらに渡せ。お前の身柄についても確認させてもらう」
「身柄だと……?」
ガレスは周囲を見回した。
いつの間にか、出口を塞ぐように騎士たちが立っている。
事情を聞くどころか、最初から犯人と決めつけている。
おかしい。
何かが、おかしい。
「待て。俺は逃げも隠れもしない。きちんと調べれば、俺が盗んでいないことくらい分かるはずだ」
「ならば、抵抗する必要もないだろう」
騎士の一人が剣に手をかけた。
その動きを見た瞬間、ガレスは理解した。
彼らは、自分の話を聞くつもりなどない。
ここで捕まれば、何をされるか分からない。
「……くそっ!」
ガレスはとっさに近くの騎士を押しのけ、出口へ走った。
「待て! 逃がすな!」
「魔剣を持ったままだぞ!」
怒号が背後から飛んでくる。
ガレスは魔剣を抱えたまま、建物の外へ飛び出した。
「何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ!」
任務を果たそうとしただけだった。
盗んでもいない魔剣を見つけ、報告しに行っただけだった。
それなのに、気づけば自分が盗人扱いされ、教団騎士たちから追われている。
納得できるはずがない。
だが、立ち止まっている暇もなかった。
「いたぞ! あそこだ!」
追っ手の声が聞こえる。
ガレスは歯を食いしばり、街道へ向かって走り続けた。
◇
街道から外れた林の中。
カシアンは、背後から響く複数の足音に気づいた。
誰かが追われている。
それも、かなり必死な様子だった。
カシアンは木陰に身を隠し、様子をうかがった。
やがて、一人の男が林の中へ飛び込んできた。
騎士の装備を身につけ、何かを抱えている。息は荒く、顔には焦りが浮かんでいた。
その後方から、教団騎士たちが迫っている。
「止まれ! 魔剣を渡せ!」
「だから、盗んだんじゃないと言っているだろうが!」
男は振り返って怒鳴った。
その声には、恐怖だけでなく、理不尽な扱いへの怒りも滲んでいた。
カシアンは状況を見極めようとした。
魔剣。
教団騎士たちの追跡。
そして、逃げている男もまた騎士の装備を身につけている。
事情は分からないが、少なくとも単純な盗難事件には見えなかった。
そのとき、男が足元の木の根につまずいた。
「うわっ!」
体勢を崩し、地面に倒れ込む。
抱えていた包みが転がり、黒い刀身が一瞬だけ露わになった。
追っ手が距離を詰める。
「観念しろ!」
男は立ち上がろうとしたが、疲労で足がもつれていた。
カシアンは小さく息を吐いた。
「……仕方ない」
彼は木陰から姿を現した。
「おい。そこの騎士たち」
突然の声に、追っ手たちが振り向く。
「何者だ!」
「通りすがりだ。だが、大勢で一人を追い回すほどの理由があるなら、聞かせてもらいたいものだな」
「そいつは魔剣を盗んだ罪人だ! 邪魔をするな!」
その言葉を聞き、カシアンは男へ視線を向けた。
「盗んだのか?」
「盗んでない!」
男は即座に叫んだ。
「輸送中に見つけて報告したら、いきなり盗人扱いだ! 俺が聞きたいくらいだぞ!」
カシアンは追っ手たちへ視線を戻した。
「だそうだ。話くらい聞いてやったらどうだ?」
「貴様には関係ない!」
「そうか。なら、これ以上ここで騒がれても迷惑だ。さっさと帰ってくれ」
「ふざけるな! そいつをかばうというのなら、貴様も同罪だ!」
騎士たちが武器を構えた。
カシアンの目が細くなる。
人数はこちらより多い。
正面からぶつかれば、時間も体力も無駄にする。相手は訓練された騎士だが、隊列は狭い林の中で乱れている。
地形はこちらに有利。
そして、彼らは目の前の獲物に意識を集中させている。
カシアンは、背後にある斜面と、倒れた木の位置を確認した。
「……なるほどな」
「何がなるほどだ!」
騎士の一人が踏み込んでくる。
カシアンはその攻撃を紙一重でかわし、相手の勢いを利用して横へ流した。
騎士の体勢が崩れる。
その隙に、カシアンは男へ声を飛ばした。
「おい、逃亡者! 立てるか?」
「誰が逃亡者だ!」
「なら、ここで捕まるか?」
「……くそっ! 逃亡者でいい!」
「よし。そこの倒木を越えて、斜面を下れ!」
男は一瞬だけ迷ったが、すぐに走り出した。
「待て!」
追っ手の一部が男を追おうとする。
だが、カシアンは道を塞ぐように立ち、騎士たちの進路を限定した。
狭い場所に人数が集まれば、後方の者は前へ出られない。
カシアンはその混乱を利用し、相手の武器を受け流しながら、一人ずつ戦闘不能に追い込んでいく。
無駄な傷を負わせる必要はない。
相手の動きを読み、力を利用し、最小限の動きで崩す。
それがカシアンの戦い方だった。
「こいつ……!」
「何をしている! 囲め!」
指示が飛ぶが、騎士たちは思うように動けない。
カシアンは後退しながら、倒木の陰へ誘導した。
先頭の騎士が足を取られ、その後ろの騎士がぶつかる。
隊列が崩れた。
カシアンはその隙を逃さず、最後の一人の剣を弾き飛ばした。
「そこまでだ」
鋭い声が林に響く。
騎士たちは、悔しげに歯を食いしばりながらも、すぐには動けなかった。
カシアンは彼らを見渡した。
「俺たちを追うのは勝手だ。だが、次に向かってくるなら、こちらも容赦はしない」
その言葉に、騎士たちは警戒を強めた。
そして、そのうちの一人がカシアンの顔を見て、はっと息をのんだ。
「……まさか」
別の騎士も、彼の顔を確認して表情を変えた。
「お前……カシアン・ヴェイルか?」
その名が口にされた途端、林の空気が変わった。
「反逆者……!」
騎士たちは一斉に武器を構え直した。
「やはり、そいつとつながっていたのか!」
カシアンは面倒そうに眉を寄せた。
「人の話を聞かないところまで、教団の方針なのか?」
「黙れ! お前が何を言おうと、罪は消えない!」
カシアンは答えなかった。
今ここで言い争っても意味はない。
彼は男の腕をつかみ、林の奥へ走り出した。
「おい、何をする!」
「助けてやったんだ。文句は後にしろ」
「頼んでない!」
「なら、今から置いていくか?」
「……それは困る!」
「素直でよろしい」
二人は追っ手の声が遠ざかるまで走り続けた。
◇
しばらくして、二人は林の奥にある岩陰へ身を隠した。
追っ手の気配はない。
男は膝に手をつき、荒い息を整えていた。
「はあ……はあ……。くそっ、何なんだ今日は……」
カシアンは周囲を確認してから、男へ向き直った。
「さて。そろそろ事情を聞かせてもらおうか」
「……あんた、本当にカシアンなのか?」
「そうだが」
男は警戒するように一歩下がった。
「教団の反逆者だろ? 魔剣使いと結託して、村人や仲間を殺したって……」
「教団はそう発表しているな」
「じゃあ、俺も殺すのか?」
男の顔には、隠しきれない恐怖があった。
カシアンは呆れたように息を吐いた。
「馬鹿かお前は。殺す人間を何故助ける?」
「……それは」
「俺が本当に手当たり次第に人を殺す人間なら、お前はとっくに死んでいる」
男は言葉を失った。
教団から聞かされていた話と、目の前の男の行動が一致しない。
カシアンはそれ以上説明するつもりもないようだった。
「それで、名前は?」
「……ガレス。ガレス・クロウだ」
「何をしていた?」
「教団騎士だ。教団の輸送責任者を任されていた」
「それで、魔剣を盗んだと疑われたわけか」
「だから盗んでない! 荷馬車に知らない包みがあって、中を確認したら魔剣が入っていたんだ。俺は報告しに行っただけだ!」
ガレスは怒りをぶつけるように説明した。
「なのに、誰も話を聞こうとしない。最初から俺を犯人にするつもりだったみたいに……」
カシアンは黙って聞いていた。
ガレスの話が真実なら、教団内部で何かが起きている。
魔剣の輸送を担当する騎士が、見つけたことを報告しただけで罪人扱いされる。
しかも、相手は事情を確認する前から身柄を拘束しようとしていた。
単なる誤解なのか。
それとも、魔剣について知られては困る事情があるのか。
今の段階では判断できない。
「その魔剣を見せてみろ」
ガレスはためらった。
目の前の男は、教団から反逆者と呼ばれている人物だ。
魔剣を渡していいのか。
だが、先ほど自分を助けたのも、目の前の男だった。
「……分かった。ただし、変なことをするなよ」
「お前に指図される筋合いはないな」
「うるさい、反逆者」
「うるさい、逃亡者」
「誰が逃亡者だ!」
「今、教団騎士たちから逃げているのは誰だ?」
「……くそっ!」
ガレスは悔しそうに顔をしかめながら、魔剣を差し出した。
カシアンは包みを解き、黒い刀身を見つめた。
ただの魔剣ではない。
そう感じさせる、妙な存在感があった。
剣を手に取ろうとした瞬間、指先にかすかな震えが伝わった。
「これは……」
黒い刀身の奥で、何かが応えるように揺らめいた。
ガレスも異変に気づき、思わず身を乗り出した。
「おい、何だ? 今、光ったのか?」
カシアンは答えず、魔剣を見つめ続けた。
すると、頭の奥に、聞き覚えのない声が響いた。
――ようやく、見つけた。
カシアンの表情が変わる。
――力だけを求める者ではない。
――怒りに身を任せるだけの者でもない。
――相手の思考を読み、その先を見通す者。
――そして、自らの危険を顧みず、他者を見捨てぬ者。
声は、彼の心の奥底を見透かすように続いた。
――お前ならば、私の力を使いこなせる。
カシアンは魔剣の柄を握り直した。
「お前は……何者だ?」
返答の代わりに、黒い刀身から光があふれた。
その光は禍々しい闇ではなかった。
冷たく、静かで、それでいて確かな意志を感じさせる輝きだった。
――我が名は、ネメシス。
――我が力を託すに値する者よ。
――お前を、新たな主と認めよう。
次の瞬間、魔剣の輝きがカシアンの手へと収束した。
カシアンは目を見開いた。
剣が、自分を選んだ。
そうとしか思えなかった。
「おい……今、何が起きた?」
ガレスが恐る恐る尋ねる。
カシアンはしばらく魔剣を見つめていたが、やがて静かに息を吐いた。
「どうやら、こいつは俺を主と認めたらしい選定された」
「はあ!?何で」
ガレスの声が岩陰に響き渡った。
「ちょっと待て! 俺が見つけて、俺が運んで、俺が盗人扱いまでされた魔剣だぞ!? それが何で、あんたのものになるんだ!」
「俺に聞くな。こいつが勝手に決めたことだ」
「納得できるか!」
前編 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の外伝では、『聖魔剣戦記』本編では語られなかった物語をお届けしました。
本編では描ききれない人物たちの過去や、それぞれが歩んできた道。その裏側にある出来事を知ることで、物語の世界をより深く楽しんでいただけたら嬉しいです。
これからも、本編では描かれない物語や人物たちの知られざる一面を、外伝を通してお届けしていきたいと思います。
少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ感想や応援をいただけると励みになります。
これからも『聖魔剣戦記』をよろしくお願いします!
三國ユウ




