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第十ニ章「父と娘の日々」

本作は『聖魔剣戦記』の外伝です。


本編では語られなかった人物たちの過去や、物語の裏側で起きていた出来事を描いていきます。


彼らが何を経験し、何を思い、どのような道を歩んできたのか。


本編とはまた違った視点から、『聖魔剣戦記』の世界を楽しんでいただければ幸いです。


それでは、外伝の物語をお楽しみください。

 聖魔剣戦記 外伝 ― 被験体201番


 教会の工作員たちが立ち去った後も、村には静寂が続いていた。


 教会の入口付近には、倒れた人々の身体がいくつも重なっている。


 その中の一つが、わずかに動いた。


「……行ったか?」


 小さな声が漏れる。


 アルヴィンだった。


 彼は工作員たちに見つからないよう、入口付近に倒れていた死体の中に身を潜め、死んだふりをしていたのだ。


 周囲の気配を慎重に探る。


 足音は聞こえない。


 人の声もない。


 工作員たちが完全に立ち去ったことを確認すると、アルヴィンはゆっくりと身体を起こした。


「……何とか助かったか」


 身体についた埃を払い、周囲を見回す。


 村はひどい有様だった。


 倒壊した建物。散乱した瓦礫。そして、動かなくなった人々。


 アルヴィンは胸を締めつけられるような思いを抱きながらも、立ち止まっているわけにはいかなかった。


 彼には、どうしても確かめなければならないことがあった。


「ルミナ……どこにいるんだ」


 アルヴィンは少女の名前を口にし、周囲を探し始めた。


 崩れた建物の間を抜け、瓦礫の陰を一つずつ確認していく。


 そして、倒壊した建物の奥に、一人の少女の姿を見つけた。


「……!」


 アルヴィンは急いで駆け寄った。


 少女は倒れたまま、胸元に一本の剣を抱きかかえている。


 人工聖剣だった。


「ルミナ!」


 アルヴィンは少女の肩に手を添え、顔を覗き込んだ。


 見覚えのある顔。


 被験体201番。


 ルミナだった。


「おい、しっかりするんだ!」


 呼びかけても返事はない。


 しかし、身体に触れると、かすかな呼吸が感じられた。


「よかった……生きている」


 アルヴィンは安堵した。


 だが、すぐに表情を引き締める。


 ここに長く留まるわけにはいかない。


 工作員たちが戻ってくる可能性もある。少女が生きていると知られれば、再び連れ去られるかもしれない。


「ここを離れよう。もう大丈夫だ……」


 アルヴィンはルミナを抱き上げた。


 彼女が抱えていた人工聖剣も一緒に持ち、村の外へと向かう。


 もう二度と、彼女をあの施設へ戻すわけにはいかなかった。


     ◇


 アルヴィンは王都を越え、さらに離れた場所にある小さな村へと向かった。


 教会の目が届きにくい場所で、ルミナと二人で暮らすためだった。


 幸い、アルヴィンには蓄えがあった。


 長年、研究施設で働いていた彼は、食事や住居を施設から与えられていたため、自分のお金を使う機会がほとんどなかった。


 受け取った給金の大半を貯めていたのだ。


 その蓄えがあれば、しばらくの間は生活に困ることもない。


 新しい住まいを見つけ、必要なものを揃える。




 そして、ルミナが目を覚ますまで、アルヴィンはそばを離れずにいた。


     ◇


 数日後。


「……ん……」


 ベッドの上で、ルミナがゆっくりと目を開けた。


「気がついたかい?」


 そばにいたアルヴィンが声をかける。


 ルミナは周囲を見回した。


 見慣れない部屋。


 そして、自分のそばに座っているアルヴィン。


「……ここは?」


「安心していい。もう施設じゃないよ」


 アルヴィンは穏やかな声で答えた。


「君を連れて、村を離れたんだ。ここなら、しばらく落ち着いて暮らせる」


 ルミナは胸元に手を当てた。


「剣は……?」


「大丈夫。ちゃんと持ってきてあるよ」


 部屋の隅には、彼女が抱えていた人工聖剣が置かれていた。


 それを確認すると、ルミナは小さく息を吐いた。


「よかった……」


「今はゆっくり休みなさい。無理をする必要はないからね」


 アルヴィンはそう言って、彼女に水を差し出した。


 ルミナは両手で受け取り、少しずつ口に含んだ。


 その日から、二人の新しい生活が始まった。


     ◇


 最初の頃、ルミナはなかなか外へ出ようとしなかった。


 施設での出来事が、まだ心に残っていたのだ。


 突然の物音に身体を震わせたり、知らない人の姿を見ると不安そうにアルヴィンの後ろへ隠れたりすることもあった。


 アルヴィンは、そんな彼女を急かすことはしなかった。


「ゆっくりでいいんだよ。少しずつ慣れていこう」


 そう言って、毎日そばにいてくれた。


 食事を用意し、一緒に食卓を囲む。


 天気の良い日には家の前で日向ぼっこをする。


 少しずつ外へ出られるようになると、二人で近くの市場へ買い物に行くようになった。


「アルヴィン、あのお店は何?」


「パン屋さんだよ。焼きたてのパンを売っているんだ」


「いい匂い!」


「帰りに買っていこうか」


「うん!」


 そんな何気ない会話が、少しずつ増えていった。


 ルミナの表情にも、以前のような笑顔が戻り始めていた。


     ◇


 ある日の夕方。


 食事を終えた後、アルヴィンはルミナと向かい合って座っていた。


「ルミナ……少し話をしてもいいかな」


「うん。どうしたの?」


 アルヴィンは一度うつむいた。


「僕は……君たちを救うことができなかった」


 その声は震えていた。


「一緒にいた子供たちも、みんな……。僕は何もできなかった」


 彼は両手を強く握りしめた。


「僕は酷い男だ。君達を実験動物のように扱ってきた」


 目から涙がこぼれ落ちる。


「本当に……すまなかった」


 アルヴィンは顔を伏せた。


 ルミナは何も言わず、彼の言葉を聞いていた。


 しばらくの沈黙が流れる。


 やがて、ルミナが小さく口を開いた。


「……違うでしょう」


 アルヴィンは顔を上げた。


「ルミナ……?」


「私、アルヴィンが初めてお菓子をくれた時、すごい救われたの」


 ルミナは、あの頃のことを思い出すように微笑んだ。


「あのとき、アルヴィンが私にお菓子をくれたでしょう? すごく嬉しかったんだよ」


 彼女にとって、あのお菓子はただの食べ物ではなかった。


 檻の中で過ごす毎日の中、自分のことを気にかけてくれる人がいた。


 それが、どれほど嬉しかったことか。


「だから、アルヴィンは酷い人なんかじゃないよ」


「ルミナ……」


「私を助けてくれたのは、アルヴィンだよ」


 アルヴィンは何も言えなかった。


 ただ、目の前にいる少女を見つめていた。


 自分がしてきたことは決して許されるものではない。


 それでも、ルミナは彼を責めなかった。


 彼は涙を拭い、静かにうなずいた。


「ありがとう……ルミナ」


     ◇


 それから少し経ったある日。


 アルヴィンはルミナを呼び止めた。


「ルミナ、このお守りを受け取ってくれないか?」


 彼が差し出したのは、小さな袋に入ったお守りだった。


「お守り?」


「ああ。君に持っていてほしいんだ」


 ルミナは不思議そうにお守りを見つめた。


「どうして?」


「いつか、僕に何かあったときのためだよ」


「アルヴィンに何かって……?」


 ルミナの表情が少し曇る。


 アルヴィンは安心させるように微笑んだ。


「心配しなくていい。今すぐどうこうなるわけじゃない。ただ、もしものときのために持っていてほしいんだ」


 彼はお守りをルミナの手にそっと握らせた。


「中には手紙が入っている。もし僕に何かあったら、そのときに読んでほしい」


「今は読んじゃだめなの?」


「ああ。今は読まなくていい。必要になったときに読んでくれればいいんだ」


 ルミナは少し考えた後、お守りを大切そうに胸元へ抱いた。


「うん。分かった。大切にするね」


「ありがとう」


 アルヴィンは彼女の頭を優しく撫でた。


 その手つきは、まるで本当の父親のようだった。


     ◇


 それから、数年の月日が流れた。


 アルヴィンとルミナは、王都から離れた小さな村で暮らし続けていた。


 二人の生活は穏やかなものだった。


 朝になるとアルヴィンが先に起き、朝食の準備をする。


 ルミナも少しずつ家事を手伝うようになり、食事の支度や掃除を一緒にすることも増えていった。


 買い物に出かけるときは、二人で市場を歩き、夕食の材料を選ぶ。


 ルミナが何かを欲しがれば、アルヴィンは理由を聞き、できる限り買ってあげた。


 そんな何気ない日々が、二人の間に少しずつ家族としての絆を育てていった。


 ルミナは学校にも通うようになった。


 最初は不安そうにしていたが、やがて友達もでき、学校での出来事を楽しそうに話してくれるようになった。


 アルヴィンにとって、それは何より嬉しい変化だった。


 一方で、アルヴィンは研究施設から持ち出した資料の整理も続けていた。


 元の研究記録や実験データを確認しながら、新しい紙に一つずつ書き写していく。


 文字や数字を間違えないよう、何度も元の資料と照らし合わせる。


 作業は簡単ではなかった。


 それでも、ルミナが眠った後や、学校へ出かけている間を使って、少しずつ進めていった。


 彼にとって、研究資料を整理することも、ルミナとの生活を守ることも、どちらも大切なことだった。


     ◇


 一方、その頃。


 無明では、研究施設から回収した資料の確認と捜索が続けられていた。


「新しく入った被験体の研究結果リストは、まだ見つからないのか?」


「はい。周辺の施設や関係者も調べましたが、手掛かりはありません」


「生き残りが持ち出した可能性は?」


「否定できません。村の周辺も捜索しましたが、すでに姿を消しているようです」


 責任者は険しい表情で報告を聞いていた。


「引き続き捜索しろ。資料が外部に渡っていれば、面倒なことになる」


「承知しました」


 しかし、彼らはアルヴィンとルミナの行方を突き止めることができなかった。


 アルヴィンはすでに王都を越え、遠く離れた村で暮らしていた。


 無明の捜索は続いていたが、二人の生活を脅かすものは、まだ現れていなかった。


     ◇


 それから数年後。


 アルヴィンは、机の上に積み重ねられた資料を見つめていた。


 長い時間をかけて続けてきた書き写し作業が、ようやく終わったのだ。


 彼は最後の一枚を確認すると、ゆっくりと息を吐いた。


「……やっと終わった」


 机の上には、研究施設から持ち出した原本と、それを一枚ずつ書き写した写しが並んでいた。


 アルヴィンは原本を丁寧にまとめ、封筒へと収めた。


「この原本は、友人のアルベルトの元に送ろう」


 彼は封筒を見つめながら、静かにつぶやいた。


「彼なら、きっとこの研究資料を適切に扱ってくれるはずだ」


 この資料には、研究施設で行われていた実験の記録が残されている。


 人工聖剣の製造方法だけでなく、被験体となった子供たちの情報や、実験の経過、そして精神汚染に関する記録も含まれていた。


 教団にとって、これらの資料が外部へ流出することは決して許せないはずだ。


 もし原本を送ったことが知られれば、アルベルトまで危険にさらしてしまうかもしれない。


 それだけではない。


 送付の経路を調べられれば、アルヴィン自身の居場所が知られる可能性もある。


 そして何より、ルミナを危険に巻き込むわけにはいかなかった。


 アルヴィンは、隣の部屋にいるルミナに目を向けた。


(この子との生活を失うわけにはいかない……)


 しばらくの間、彼は封筒を手にしたまま考え込んでいた。


 原本を送らず、自分だけで保管するという選択肢もある。


 だが、それでは研究資料が自分とともに失われてしまうかもしれない。


 この研究で何が行われたのか。

 子供たちに何が起きたのか。


 それを知る者がいなくなれば、同じ悲劇が繰り返される可能性がある。


「……それでも、残しておかなければ」


 アルヴィンは決意した。


 アルベルトなら信頼できる。


 危険を承知のうえで、彼に託す価値はあるはずだ。


 一方、書き写した写しは自分の手元に残しておくことにした。


 いつか教団が研究資料の行方を調べ、アルヴィンのもとへ回収に来るかもしれない。


 そのとき、手元に何もなければ、資料をどこへやったのか追及されることになる。


 アルベルトへ送ったことが知られれば、彼まで危険にさらしてしまう。


 そこでアルヴィンは、写しを原本と同じ形式に整え、教団に見せるための資料として保管することにした。


 もし教団の人間が訪ねてきたら、この写しを原本だと偽って見せる。


 そうすれば、教団は資料を回収したと思い込み、本物の原本がアルベルトのもとにあることには気づかないはずだ。


 簡単に見破られないよう、記載内容だけでなく、形式や記録の並びも可能な限り原本に合わせていた。


 原本はアルベルトへ送り、写しは自分の手元に残す。


 二つの資料には、それぞれ異なる役割があった。


 アルヴィンは写しをまとめ、原本とは別の場所に保管した。


「これなら、万が一のことがあっても……」


 彼は小さく息を吐いた。


 ルミナとの生活を守るためにも、アルベルトを危険に巻き込まないためにも、この準備は必要だった。


 アルヴィンは封筒をもう一度見つめた。


「頼んだよ、アルベルト……」


 その言葉には、友人への信頼と、資料に託す未来への願いが込められていた。


     ◇


 アルヴィンは机の上の資料を片づけると、窓の外に目を向けた。


「さて、そろそろあの子が帰ってくる時間だ」


 彼は椅子から立ち上がり、軽く背伸びをした。


「夕食の用意をしよう」


 そう言って台所へ向かう。


 今日の夕食は何にしようか。


 ルミナは何を喜んでくれるだろう。


 そんなことを考えながら、アルヴィンは食材を取り出し、料理の準備を始めた。


 やがて、家の中に食事の香りが広がっていく。


 しばらくすると、玄関の方から足音が聞こえてきた。


「ただいまー!」


 元気な声が家の中に響く。


「おかえり、ルミナ」


 アルヴィンは台所から顔を出した。


「アルヴィン、今日ね、学校で――」


 ルミナは帰ってくるなり、その日の出来事を楽しそうに話し始めた。


 アルヴィンは手を止め、彼女の話に耳を傾ける。


「そうか。それはよかったね」


「うん! それでね、明日は――」


 ルミナの笑顔を見つめながら、アルヴィンも自然と頬を緩めた。


「さあ、手を洗っておいで。もうすぐ夕食ができるよ」


「はーい!」


 ルミナは弾むような足取りで洗面所へ向かった。


     ◇


 夕食の準備が整うと、アルヴィンは二人分の料理を食卓に並べた。


「お待たせ。今日はルミナの好きな料理を作ってみたよ」


「わあ! おいしそう!」


 ルミナは目を輝かせながら椅子に座った。


「それじゃあ、いただきます!」


「いただきます」


 二人はそろって食事を始めた。


 ルミナは一口食べると、嬉しそうに笑った。


「おいしい! アルヴィンの料理、大好き!」


「それはよかった。たくさん食べて大きくならないとね」


 アルヴィンは微笑みながら、ルミナの皿に料理を取り分けた。


「ほら、これも食べなさい」


「ありがとう!」


 ルミナは嬉しそうに受け取った。


 しばらくすると、今度はルミナがアルヴィンの皿を覗き込んだ。


「アルヴィン、それあんまり食べてないよ?」


「私は大丈夫だよ。ルミナがたくさん食べてくれる方が嬉しいからね」


「だめだよ。アルヴィンもちゃんと食べなきゃ!」


 そう言って、ルミナは自分の皿から料理を少し取り分け、アルヴィンの皿に乗せた。


「はい、アルヴィンの分!」


「……ありがとう。いただくよ」


 アルヴィンはその料理を口に運んだ。


 何気ないやり取りだった。


 けれど、彼にとっては何よりも温かい時間だった。


 食事をしながら、ルミナは学校であった出来事を次々と話してくれる。


 友達と遊んだこと、授業で褒められたこと、帰り道で見つけた珍しい花のこと。


 アルヴィンは一つひとつに相づちを打ち、ときには笑いながら話を聞いた。


「明日も楽しい一日になるといいね」


「うん! 明日も帰ったらお話しするね!」


「ああ。楽しみにしているよ」


 アルヴィンは穏やかな笑顔を浮かべた。


 かつて彼は、研究のために多くの子供たちを傷つけてしまった。


 その罪が消えることはない。


 それでも、今は目の前にいるこの子を守り、笑顔で過ごせる日々を大切にしたい。


 食卓に並ぶ二人分の食器。


 楽しそうに話すルミナの声。


 そんな当たり前の光景が、アルヴィンにとって何よりもかけがえのないものになっていた。


「ごちそうさまでした!」


 ルミナが満足そうに手を合わせる。


「お粗末さま。お腹いっぱいになったかい?」


「うん! とってもおいしかった!」


「それならよかった」


 アルヴィンはルミナの頭を優しく撫でた。


 ルミナはくすぐったそうに笑う。


 その笑顔を見つめながら、アルヴィンは心の中で静かに願った。


(この笑顔だけは、何があっても守ってみせる)


 研究施設にいた頃には、想像もしなかった日々。


 帰ってくる場所があり、待っていてくれる人がいる。


 二人にとって、そんな当たり前の毎日が何よりも大切だった。


  第十二章「父と娘の日々」 完

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


今回の外伝では、『聖魔剣戦記』本編では語られなかった物語をお届けしました。


本編では描ききれない人物たちの過去や、それぞれが歩んできた道。その裏側にある出来事を知ることで、物語の世界をより深く楽しんでいただけたら嬉しいです。


これからも、本編では描かれない物語や人物たちの知られざる一面を、外伝を通してお届けしていきたいと思います。


少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ感想や応援をいただけると励みになります。


これからも『聖魔剣戦記』をよろしくお願いします!


三國ユウ

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