第十三章「父の最期」
本作は『聖魔剣戦記』の外伝です。
本編では語られなかった人物たちの過去や、物語の裏側で起きていた出来事を描いていきます。
彼らが何を経験し、何を思い、どのような道を歩んできたのか。
本編とはまた違った視点から、『聖魔剣戦記』の世界を楽しんでいただければ幸いです。
それでは、外伝の物語をお楽しみください。
聖魔剣戦記 外伝 ― 被験体201番
教団には、表向きの組織とは別に、枢機卿直属の秘密組織が存在していた。
彼らは教団内部のさまざまな部署に潜入し、情報を集め、枢機卿の命令に従って秘密任務を遂行する。
司祭や司教、聖剣を扱う者、さらには一般職員に至るまで、その構成員は教団のあらゆる場所に紛れ込んでいた。
彼らは決して自らの正体を明かさない。
同じ部署で働く者でさえ、隣にいる人間が仲間だとは知らないこともある。
そして、正体が露見しそうになった場合には、奥歯に仕込んだ毒を使い、自ら命を絶つことも辞さなかった。
彼らは、教団の秘密任務を遂行する組織。
――神託の執行者。
その通称を、無明という。
教皇もまた、この組織の存在に気づいていた。
信頼できる側近たちに調査を命じていたが、その全容をつかむには至っていなかった。
◇
教団の輸送倉庫。
そこでは、各地から運ばれてきた物資の確認と積み込み作業が行われていた。
職員たちは忙しそうに動き回り、商人や運搬人たちも出入りしている。
その中に、一人の男がいた。
彼はごく普通の教団職員として働いていた。
しかし、その正体は無明の構成員だった。
男は周囲に不審な様子を見せることなく、いつも通り業務をこなしていた。
そのとき、近くで荷物の受け渡しをしていた行商人が、職員の一人と世間話を始めた。
「そういえば、以前よく通っていた村があったんですがね」
「へえ、どちらの村です?」
「リーベル村ですよ。王都から少し離れたところにある小さな村です。少し前に襲撃されてしまったんですがね」
「リーベル村ですか……あれは、大事件でしたね」
「ええ。私も驚きましたよ」
商人は少し残念そうな表情を浮かべた。
「あの村には、よくお菓子を買いに来てくれる人がいたんですがね」
「そうなんですか」
「白衣を着た男性でね。よく私の店に来て、お菓子を買ってくれたんです。村が襲撃されたと聞いたときは、彼も亡くなったものだと思っていました」
「それは悲しいですね……」
「ところが、少し前に別の村で、その男性によく似た人を見かけたんですよ」
「別の村ですか?」
「ええ。エルデ村というところです。本人かどうかは分かりませんでしたし、そのときは時間がなかったので、声をかけることもできなかったんですよ」
「そうでしたか」
「次に会ったときは、声をかけてみますよ」
「ええ、そうするといいですね」
職員は何気ない様子で返事をした。
商人との会話が終わると、彼は再び作業へ戻った。
しかし、その頭の中では、先ほどの話が繰り返されていた。
(リーベル村にいた白衣の男……)
あの村には、かつて研究施設が存在していた。
そして、そこから持ち出された研究資料の一部が、今も見つかっていない。
(もしや、研究データを持ち出した生き残りかもしれない……)
男は周囲に気づかれないよう、静かにその場を離れた。
◇
無明の本部。
一人の構成員が、輸送倉庫で得た情報を責任者に報告していた。
「我々が襲撃した村にいた白衣の職員に似た男を、エルデの村で見かけたというのか」
「はい。商人は、以前リーベル村で何度も買い物にきた白衣の男に似ていたと話しています」
「白衣をきた男かどうかは分からないのだな?」
「はい。声をかけたわけではないそうです」
責任者はしばらく考え込んだ。
「もしその男が、研究資料を持ち出した生き残りだとしたら……枢機卿様に知られれば、我々も殺されるぞ」
「では、すぐに調査を?」
「なんとしてもその男を調査しろ。可能であれば、研究データを回収し、その男の存在も消せ。教皇派の人間も我々の動きを嗅ぎ回っている。大人数を動かせば目立つ。二人で行け」
「承知しました」
こうして、二人の無明の構成員がエルデ村へ向かうことになった。
◇
エルデ村。
その日の朝、アルヴィンはいつも通りルミナを学校へ送り出していた。
「いってきます!」
「ああ。気をつけて行くんだよ」
「うん!」
ルミナは元気よく返事をすると、学校へ向かって歩き出した。
その姿が見えなくなるまで見送った後、アルヴィンは家の中へ戻った。
今日は食料品を買いに市場へ行く予定だった。
彼は必要なものを確認すると、外へ出た。
◇
同じ頃、エルデ村に到着した二人の無明の構成員は、持参した資料を確認していた。
そこには、かつて研究施設で働いていた職員たちの情報がまとめられている。
「まずは市場を調べる。村人に聞き込みをすれば、余計な情報を広めることになる」
「分かりました」
「目撃情報だけで判断するな。必ず資料と照合しろ」
二人は人目につかないよう、別々の場所から市場の様子を確認し始めた。
しばらくして、一人の男が目に留まった。
「……待て。あの男、昨日確認した研究員リストに載っていた人物に似ていないか?」
もう一人も男の顔を確認する。
「確かに……」
「慌てるな。まずは確認だ」
二人は手元の資料を開き、男の顔と記録されている人物の情報を照らし合わせた。
やがて、一人が小さくうなずいた。
「間違いない。アルヴィンだ」
「研究施設から逃げた人間が、こんな村に潜んでいたとはな」
「研究データを持っている可能性が高い。慎重に後を追うぞ」
二人はアルヴィンに気づかれないよう、距離を保って後をつけた。
◇
買い物を終えたアルヴィンは、荷物を手に自宅へ戻っていた。
その後ろを、二人の男が静かに追っている。
アルヴィンは自宅の扉を開け、中へ入った。
しばらくして、二人も家の周囲へと近づいていく。
そして、一人が扉を開けた。
「誰だ?」
突然入ってきた男たちを見て、アルヴィンは警戒した。
「アルヴィンだな。まさか、我らから逃げおおせていたとは……」
「お前たちは……」
「研究データはどこだ?」
アルヴィンは相手の正体を察した。
研究施設の仲間達を殺害した。
教団の秘密組織だった。
「そんなものは知らない」
「とぼけるな。お前が研究施設から持ち出した資料のことだ」
「僕は何も持ち出していない」
「ならば、家の中を調べさせてもらおう」
男たちが近づいてくる。
その瞬間、アルヴィンは手元にあった小さな装置を床へ投げつけた。
強烈な光が室内を満たす。
「ぐっ……!」
二人が一瞬ひるんだ隙に、アルヴィンは机の下から一丁の銃を取り出した。
「何だ、それは?」
アルヴィンは答えず、銃を構えた。
次の瞬間、銃口から魔力を帯びた弾丸が放たれる。
男の一人が素早く身をかわした。
「ほう……何だそれは?」
もう一人も距離を取る。
「面白い物を持っているな。研究員のお前が、こんな武器を開発していたとは」
男たちは銃を警戒しながら、アルヴィンを取り囲むように動いた。
「その武器も回収させてもらおう」
「誰がお前たちに渡すものか!」
アルヴィンは銃を構え直した。
しかし、相手は二人。
銃の扱いに慣れていないアルヴィンでは、二人を同時に相手にすることは難しかった。
銃撃をかわされ、少しずつ距離を詰められていく。
「もう終わりだ。研究データの場所を教えろ」
「断る」
「ならば、力ずくで聞き出すまでだ」
アルヴィンは追い詰められていた。
だが、彼にはまだ一つだけ手が残されていた。
研究資料の保管場所を、あえて相手に見つけさせること。
そこに置いてあるのは、原本ではない。
アルベルトへ送った原本をもとに、アルヴィンが時間をかけて作った写しだった。
形式も記載内容も、可能な限り原本に合わせてある。
無明の人間に見せても、簡単には見破れないはずだった。
「分かった……。研究データは、あそこにある」
アルヴィンは部屋の奥にある保管場所へ視線を向けた。
二人は互いに目配せをする。
「よし。動くな」
一人がアルヴィンを警戒しながら、もう一人が保管場所を確認した。
そこには、まとめられた研究資料が置かれていた。
「これか……」
男は資料を手に取り、内容を確認する。
「間違いない。回収するぞ」
無明の構成員たちは、それが写しであることに気づかなかった。
原本がすでにアルベルトのもとへ送られていることも、知る由はなかった。
◇
「これで研究データは回収できた」
一人の男がアルヴィンへ近づいた。
「次は、その銃を渡してもらおう」
「……断る」
「まだ抵抗するつもりか?」
男は銃へ手を伸ばした。
アルヴィンは銃を強く握りしめる。
「僕の研究を、お前達に絶対に使わせるものか!」
アルヴィンは銃の側面にある調整機構を操作した。
それは、魔法銃の内部に蓄えられた魔力を制御するための機構だった。
アルヴィンは安全装置を解除し、魔力の流れを意図的に乱す。
「何をするつもりだ?」
銃の内部から異音が響き始めた。
魔力の流れが不安定になり、銃身が赤く焼けていく。
「まさか、自壊させる気か!」
次の瞬間、魔法銃の内部で魔力が暴走した。
激しい光と爆発音が室内に広がる。
アルヴィンの手にあった魔法銃は、原形をとどめないほど粉々に砕け散った。
床には、焼け焦げた小さな破片だけが残されていた。
「小賢しい奴め……」
男はアルヴィンを睨みつけた。
「消えろ」
次の瞬間、アルヴィンの身体を無明の聖剣が突き刺さる。
「ぐっ……!」
アルヴィンはその場に倒れ込んだ。
身体に力が入らない。
視界が少しずつ暗くなっていく。
「研究データは回収した。任務完了だ。行くぞ」
二人は資料を持ち、家を後にした。
その場には、倒れたアルヴィンだけが残された。
◇
アルヴィンの意識は、少しずつ遠のいていた。
身体を動かそうとしても、もう指先すら動かせない。
彼の脳裏に浮かんだのは、ルミナの笑顔だった。
初めてお菓子を渡したときの笑顔。
一緒に暮らし始めた頃の、少し不安そうな表情。
学校から帰ってきて、その日の出来事を楽しそうに話してくれる姿。
食卓で笑いながら食事をする、いつもの光景。
どれも、アルヴィンにとってかけがえのない思い出だった。
(ルミナ……)
もう一度、あの笑顔を見たかった。
もう一度、あの声を聞きたかった。
だが、それは叶わない。
アルヴィンは静かに目を閉じた。
(どうか……幸せに……)
第十三章「父の最期」 完




