第十話「失われた友」
本作は『聖魔剣戦記』の外伝です。
本編では語られなかった人物たちの過去や、物語の裏側で起きていた出来事を描いていきます。
彼らが何を経験し、何を思い、どのような道を歩んできたのか。
本編とはまた違った視点から、『聖魔剣戦記』の世界を楽しんでいただければ幸いです。
それでは、外伝の物語をお楽しみください。
聖魔剣戦記 外伝 ― 被験体201番
村の教会の地下にある秘密研究施設。
そこでは、教団の一部の者たちによって、極秘の研究が進められていた。
人工聖剣の開発。
その目的は、子供たちの魔力を糧として人工的に聖剣を生み出し、最終的には人工聖剣を量産して、それを扱う部隊を組織することだった。
枢機卿が求めていたのは、聖剣に匹敵する力を持つ兵士たちによる部隊だった。
長い研究の末、人工聖剣そのものの製造には成功した。
しかし、それを宿した子供たちの精神が、次第に蝕まれていくという問題が発生した。
感情の制御を失い、周囲の人間に襲いかかる子供たち。中には、手にした人工聖剣で人を殺める者まで現れた。
人工聖剣の力は確かに強大だった。
だが、その力を扱うはずの子供たちは、もはや研究者たちの手に負えなくなっていた。
◇
王都、枢機卿の執務室。
「資金と時間をかけて、たった十人。しかも精神汚染されているだと?」
報告を聞いた枢機卿は、苛立ちを隠そうともせずに声を荒らげた。
「申し訳ございません。しかし、人工聖剣の製造と核の移植には成功しております。精神汚染についても、現在原因を調査しているところです。もう少し時間をいただければ、制御方法を見つけられる可能性があります」
報告に来た研究員は、必死に説明を続けた。
「可能性だと? 私が苦労して二百一人もの子供を送り込んだんだぞ。それなのに、残ったのはたった十人。その十人さえまともに制御できないというのか!」
「申し訳ございません……」
「実験はしばらく中止だ。追って沙汰を下す」
「しかし、もう少し研究を続けることができれば――」
「もうよい。下がれ」
枢機卿に言葉を遮られ、研究員はそれ以上何も言えなかった。
「……失礼いたします」
研究員が部屋を出ていく。
その直後、部屋の隅に控えていた黒衣の男が口を開いた。
「枢機卿、お話がございます」
「何だ?」
「教皇の側近が、この件に勘づいたようです」
枢機卿の表情がわずかに険しくなった。
「どこまで知られている?」
「詳しいことまでは分かりません。しかし、秘密裏に進められている研究の存在を疑っているようです」
「……そうか」
枢機卿はしばらく考え込んだ後、男に告げた。
「例の部隊を動かせ。研究員はもちろん、計画に関わった者は一人も残すな」
「承知しました」
黒衣の男は静かに頭を下げた。
◇
王都を離れ、研究施設へ戻る途中。
先ほど枢機卿に報告した研究員は、町の人々の会話に耳を傾けていた。
「教団の部隊が、村の方へ向かっているらしいぞ」
「何かあったのか?」
「さあな。詳しいことは分からないが、かなりの人数らしい」
その話を聞いた研究員の顔から血の気が引いた。
枢機卿の冷たい態度。そして、研究の中止を告げられたこと。
それらを考えれば、部隊の目的は一つしかない。
研究施設と、そこにいる者たちを始末するつもりなのだ。
「急がなければ……!」
研究員はすぐに早馬を手配した。
施設に警告を知らせる手紙を託し、自分も王都を離れようとする。
しかし、その行動を見逃す者はいなかった。
研究員が町を出た直後、黒衣の者たちがその後を追い始めた。
◇
村の教会、地下秘密研究施設。
「研究長! 大変です!」
研究室の扉が勢いよく開かれた。
駆け込んできた研究員は、息を切らしながら報告した。
「王都に研究報告に行った研究員から、警告の手紙が届きました。枢機卿は我々が実験を失敗したと判断したようです。村に秘密裏に部隊が派遣されているとのことです!」
「……何だと?」
「おそらく、我々を始末するつもりです!」
研究長はしばらく黙り込んだ。
やがて、机を強く叩いた。
「ふざけるな……! 枢機卿の命令で研究していたんだぞ。量産化人工聖剣部隊を作ってほしいと言ったのは、あの方ではないか!」
彼は怒りに顔を歪めた。
「研究資料を持ち出せ! 失敗したとはいえ、人工聖剣自体は完成しているのだ! 実験を続ければ、いつか制御できたものを……枢機卿め!」
研究員たちは慌ただしく資料をまとめ始めた。
誰一人として、子供たちを救おうとはしなかった。
彼らにとって子供たちは、研究成果を生み出すための実験材料にすぎなかったのだ。
逃げる時間を稼ぐため、研究長は最後の指示を出した。
「子供たちを解放しろ」
「しかし、あの子たちは危険です。制御できません!」
「だからこそだ。村に出せ。追っ手も混乱する。その隙に我々は逃げる」
研究員たちは一瞬ためらったものの、すぐに命令に従った。
こうして、十人の子供たちは、それぞれ人工聖剣を手に施設の地下から解き放たれた。
彼らに何が待ち受けているのか。
誰も気に留めなかった。
◇
地上へ出た子供たちは、村の中へと散らばっていった。
そのうちの何人かは、村人たちに襲いかかった。
「きゃあああっ!」
「な、何なんだ、あの子供たちは!」
悲鳴が上がり、平穏だった村は瞬く間に惨劇の舞台へと変わっていった。
一方、別の場所では、子供たちと黒衣の集団が遭遇していた。
それは、研究施設の関係者を始末するために送り込まれた無明の者たちだった。
「子供だと……? 報告にあった被験体か」
無明の者たちは剣を構えた。
しかし、目の前の子供たちが持つ力は、彼らの想定を超えていた。
◇
その頃、研究施設では、研究員たちが持ち出す資料をまとめ終えていた。
「準備はできたか!」
「はい! 残っていた研究記録はすべて回収しました!」
「よし、すぐに施設を出るぞ!」
研究長が声を上げた、そのときだった。
施設の入口付近から、複数の足音が響いてきた。
「……何だ?」
研究員たちの動きが止まる。
次の瞬間、警備に当たっていた研究員の悲鳴が聞こえた。
「侵入者だ! 敵襲――!」
声は途中で途切れた。
扉が開き、黒い衣装をまとった者たちが姿を現す。
「なっ……!」
研究長は息をのんだ。
「お前たちは……?」
「枢機卿の命令だ。ここにいる者は一人も生かして帰すな、とのことだ」
無明の一人が淡々と告げた。
「ま、待て! 我々は枢機卿の命令で研究をしていたのだぞ!」
「その研究が失敗した。お前たちも、もう必要ない」
「そんな馬鹿な……!」
研究長は後ずさった。
「待ってくれ! 研究資料ならここにある! 人工聖剣の製造方法も、核の移植に関する記録もすべて――」
「必要ない」
無明の男が一歩踏み出した。
「ひっ……!」
研究長が逃げようとした瞬間、黒衣の男の剣が閃いた。
研究長の身体が崩れ落ちる。
「研究長!」
研究員たちが叫んだ。
しかし、彼らに逃げる時間は与えられなかった。
「逃げろ!」
一人の研究員が資料を抱えたまま、奥の通路へ駆け出した。
別の研究員は机の陰に身を隠し、命乞いを始める。
「待ってくれ! 私は命令に従っただけだ! 何も知らない!」
無明の者たちは答えなかった。
ただ静かに、一人ずつ研究員を始末していく。
研究室には、短い悲鳴と足音だけが響いた。
床に散らばった研究資料を踏み越え、黒衣の者たちは奥へと進んでいく。
やがて、研究施設の中から人の気配が消えた。
所長も、研究員たちも、誰一人として生き残らなかった。
彼らが必死に守ろうとした研究資料も、無明の手によって次々と処分されていった。
◇
その頃、王都を離れた研究員にも、無明の追手が迫っていた。
施設へ警告を送った研究員は、馬を走らせていた。
「くそっ……! 何とか逃げ切らなければ……!」
だが、背後から複数の馬の蹄の音が近づいてくる。
振り返った彼の目に、黒衣の集団が映った。
「まさか……!」
研究員は馬を急がせた。
しかし、追手との距離は縮まるばかりだった。
やがて一人の黒衣の男が追いつき、研究員の前に立ちはだかった。
「お前が研究施設へ警告を送った者か」
「なぜ、それを……!」
「余計なことをしたな」
男が剣を抜く。
「待て! 私はただ――」
言葉は最後まで続かなかった。
研究員は馬から落ち、そのまま動かなくなった。
施設へ送られた警告の手紙だけが、彼の最後の仕事となった。
◇
その頃、ルカもまた、村の中をさまよっていた。
「う……ああ……!」
彼の精神は人工聖剣の影響によって深く蝕まれていた。
周囲の状況を正しく認識することもできず、ただ目の前に現れる者へと剣を振るう。
そこへ、四人の黒衣の男たちが現れた。
「いたぞ。被験体だ!」
「取り押さえろ!」
四人は一斉にルカへ襲いかかった。
だが、ルカは彼らの動きを気にする様子もなかった。
ただ手にした人工聖剣を振り下ろす。
その一撃から放たれた魔力が、周囲を激しく揺らした。
「ぐあっ!」
「何だ、この力は……!」
ルカは洗練された剣技を使っていたわけではない。
人工聖剣からあふれ出す膨大な魔力と、強化された身体能力。その圧倒的な力で、相手をねじ伏せていた。
やがて、四人の男たちは次々と倒れていった。
しかし、ルカの暴走は止まらなかった。
「増援を呼べ! 一人では手に負えん!」
無明の男たちは、さらに四人の仲間を呼び寄せた。
増援の四人は、ルカを取り囲むように位置を取った。
「正面からまともにぶつかるな。連携して動きを封じろ!」
四人は互いに連携しながら、少しずつルカを追い詰めていった。
ルカは圧倒的な力で応戦したが、精神を蝕まれた状態では、相手の連携に対応しきれなかった。
「ぐっ……!」
攻撃を受け、ルカの身体が大きく傾く。
そこへ、四人の剣が一斉に襲いかかった。
ルカは抵抗しようとした。
だが、その身体はもう限界だった。
やがて、彼の手から人工聖剣が滑り落ちた。
ルカはその場に倒れ、二度と動くことはなかった。
◇
「ルカ……?」
少し遅れて、その場にたどり着いたルミナは、目の前の光景に足を止めた。
そこには、倒れたルカの姿があった。
「……ルカ?」
返事はない。
ルミナはゆっくりと彼に近づいた。
「ねえ……起きてよ……」
彼女はルカの身体に触れた。
しかし、温もりはほとんど残っていなかった。
「どうして……?」
ルミナの視線が、周囲に立つ四人の男たちへと向けられた。
「お前たちが……?」
男たちは剣を構え直した。
「もう一人いたか。こいつも被験体だ!」
次の瞬間、ルミナの中で何かが弾けた。
「……許さない」
彼女の身体から、膨大な魔力があふれ出す。
「ルカを……返してよ!」
四人の男たちが一斉に動いた。
「来るぞ! 囲んで――」
その言葉が終わる前に、ルミナの姿が消えた。
いや、正確には、彼らの目が追いつかなかったのだ。
次の瞬間、一人目の男の目の前にルミナが現れた。
人工聖剣が一閃する。
男が剣を構える間もなく、その身体が大きく吹き飛ばされた。
「なっ……!」
二人目が反応して剣を振り上げる。
しかし、ルミナはすでにその懐へ入り込んでいた。
剣の光が走る。
二人目もまた、一瞬で地面へと叩きつけられた。
「速すぎる……!」
残る二人が慌てて距離を取ろうとする。
だが、逃げることはできなかった。
ルミナの剣から膨大な魔力が放たれる。
光が二人を包み込んだ。
次の瞬間、二人の身体はその場から弾き飛ばされ、地面に崩れ落ちた。
わずか数秒。
四人の男たちは、誰一人として立っている者はいなかった。
無明の者たちを圧倒したその力は、ルミナ自身の意思によるものなのか、それとも人工聖剣の力なのか。
彼女には、もう分からなかった。
「……ルカ」
ルミナは剣を手にしたまま、再びルカのそばへ膝をついた。
「ルカ……ねえ、お願い……」
涙が頬を伝う。
「一人にしないでよ……」
返事はなかった。
ルミナはルカの身体に寄り添い、声を上げて泣いた。
そのとき、胸に埋め込まれた人工聖剣の核が、不気味な光を放ち始めた。
「……え?」
身体の奥から、今まで感じたことのない力があふれ出してくる。
ルミナの魔力と人工聖剣の力が激しく反応し、彼女の精神を揺さぶった。
「いや……やめて……!」
ルミナは必死に抵抗した。
しかし、人工聖剣の力は彼女の意思を押しのけるように膨れ上がっていく。
剣が、彼女の手を動かした。
ルミナは泣きながら、その動きを止めようとした。
けれど、身体は思うように動かなかった。
◇
村の別の場所でも、子供たちと無明の戦闘が続いていた。
人工聖剣を宿した子供たちの力は、無明の者たちにとっても予想外のものだった。
その混乱の中、ルミナの人工聖剣はさらに強い光を放ち始める。
周囲の魔力が、彼女の剣へと集まっていった。
「いや……もう、やめて……!」
ルミナの声は、膨れ上がる魔力の中にかき消されていく。
そして――
村を包み込むほどの巨大な光が、すべてを飲み込んだ。
第十話「失われた友」 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の外伝では、『聖魔剣戦記』本編では語られなかった物語をお届けしました。
本編では描ききれない人物たちの過去や、それぞれが歩んできた道。その裏側にある出来事を知ることで、物語の世界をより深く楽しんでいただけたら嬉しいです。
これからも、本編では描かれない物語や人物たちの知られざる一面を、外伝を通してお届けしていきたいと思います。
少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ感想や応援をいただけると励みになります。
これからも『聖魔剣戦記』をよろしくお願いします!
三國ユウ




