第八話 「目覚め始めた力」
本作は『聖魔剣戦記』の外伝です。
本編では語られなかった人物たちの過去や、物語の裏側で起きていた出来事を描いていきます。
彼らが何を経験し、何を思い、どのような道を歩んできたのか。
本編とはまた違った視点から、『聖魔剣戦記』の世界を楽しんでいただければ幸いです。
それでは、外伝の物語をお楽しみください。
聖魔剣戦記 外伝 ― 被験体201番
増幅剤の投与が続いていた。
仲間を二人失ったルミナたちに、休息の日々は訪れなかった。
朝になると検査室へ連れていかれ、薬を投与される。
そして、身体に現れる変化を記録される。
それが、この施設での毎日だった。
*
「……また、身体が痛くなってきた」
検査室へ向かう途中、ルミナが小さくつぶやいた。
増幅剤を投与された直後ほどではないものの、身体のあちこちに痛みが残っている。
ルカも自分の腕をさすっていた。
「僕もだよ。でも、前より走るのは速くなった気がするんだ」
「本当?」
「うん。昨日、部屋で少し走ってみたんだ。前ならあんな速さでは走れなかったと思う」
ルカはそう言って、少しだけ笑った。
自分たちの身体が強くなっている。
それは、二人にもはっきりと分かることだった。
しかし、素直に喜ぶことはできなかった。
強くなるために、あんな痛みを何度も味わわなければならない。
そして、仲間が二人も命を落としている。
「……ルカ」
「ん?」
「わたしたち、これからどうなるんだろうね」
ルカはすぐには答えなかった。
やがて、ルミナの手をそっと握る。
「分からない。でも、二人で一緒にいよう」
「……うん」
二人は短くうなずき合った。
*
検査室では、いつものように測定が始まった。
「次、201番。水晶に触れろ」
研究員に指示され、ルミナは魔力量を測定する水晶の前に立った。
彼女はそっと手を伸ばし、水晶に触れる。
次の瞬間。
水晶が強い光を放った。
「……!」
研究員たちの視線が、一斉に水晶へと集まる。
光はすぐには収まらなかった。
以前の検査でも、ルミナの魔力量はほかの子供たちを大きく上回っていた。
だが、今回はそれ以上だった。
「測定値を確認しろ!」
「数値が上昇しています!」
「投薬前の記録と比較しろ。どれだけ変化している?」
研究員たちは慌ただしく記録を確認し始めた。
ルミナは戸惑いながら、自分の手と水晶を交互に見つめた。
「……わたし、何かしたの?」
もちろん、本人には何が起きているのか分からない。
ただ水晶に触れただけだった。
それなのに、周囲の大人たちは驚いたように騒いでいる。
「201番の魔力量は、投薬によってさらに増加している可能性があります」
研究員の報告に、責任者は記録を受け取った。
「引き続き測定を続けろ。変化を正確に把握するんだ」
「承知しました」
責任者の目には、ルミナへの関心がはっきりと浮かんでいた。
彼女の魔力量は、ほかの被験体とは明らかに異なっている。
増幅剤によって、もともと備わっていた力が目覚め始めているのかもしれない。
だが、それがどこまで成長するのかは、まだ誰にも分からなかった。
*
検査が終わり、ルミナたちが部屋へ戻ったあと。
一人の研究員が、先行グループの記録を確認していた。
彼は人工聖剣の製造に深く関わった研究員だった。
研究そのものに興味を持つ一方で、人工聖剣が子供たちの精神に及ぼす影響を、どうにか抑えられないかと考え続けている。
そのための研究は、まだ十分な成果を上げていなかった。
彼は記録から顔を上げ、廊下の向こうを見た。
先行グループの生き残り四人が、壁際に立っている。
相変わらず、その瞳には感情の乏しい光しか浮かんでいなかった。
しかし、ルミナが通りかかると、そのうちの一人がわずかに顔を上げた。
ほかの三人も、彼女の姿を目で追っている。
その様子は、これまでにも何度か確認されていた。
ルミナが近くにいると、彼らの緊張が和らぎ、うつろだった瞳に一瞬だけ光が戻ることがある。
研究員は、手元の記録を見つめた。
「……やはり、201番が関係しているのか?」
小さくつぶやく。
だが、すぐに首を横に振った。
まだ、判断するには早い。
偶然かもしれないし、ほかに原因がある可能性もある。
彼は決めつけることなく、確認できた事実だけを記録に残した。
それでも、胸の奥には小さな期待が生まれていた。
もし、この現象に何らかの規則性があるのなら。
人工聖剣による精神汚染を抑える手がかりになるかもしれない。
彼はもう一度、先行グループの四人を見つめた。
*
その夜。
責任者は、増幅剤に関する報告書を読み終えた。
身体能力の上昇は確認されている。
魔力量にも変化が現れていた。
しかし、副作用の危険性は依然として残っている。
「……経過を観察しながら、投薬を継続する」
責任者は書類を閉じた。
研究員の一人が、ためらいがちに尋ねる。
「今後の実験については、どのように進めるのでしょうか」
「まずは、被験体の身体と魔力量の変化を見極める。それから次の段階へ進む」
「承知しました」
会話は、それだけで終わった。
研究員たちの視線の先には、まだ幼い子供たちの記録が並んでいる。
彼らの身体は、少しずつ変化していた。
そして、その変化を確認するたびに、施設はさらに先へ進もうとしていた。
*
部屋に戻ったルミナは、ベッドに腰を下ろした。
今日も身体は痛かった。
検査室で見た水晶の光が、まだ頭から離れない。
自分の中に、何かがある。
そんな気がした。
けれど、それが何なのかは分からない。
「ルミナ、どうしたの?」
ルカが隣に座った。
「……ううん。何でもないよ」
ルミナは微笑んだ。
心配をかけたくなかった。
それに、自分でも説明できないことを、どう話せばいいのか分からなかった。
彼女は両手を見つめる。
その小さな身体の奥で、まだ本人も知らない力が、静かに目覚め始めていた。
第8話「目覚め始めた力」 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の外伝では、『聖魔剣戦記』本編では語られなかった物語をお届けしました。
本編では描ききれない人物たちの過去や、それぞれが歩んできた道。その裏側にある出来事を知ることで、物語の世界をより深く楽しんでいただけたら嬉しいです。
これからも、本編では描かれない物語や人物たちの知られざる一面を、外伝を通してお届けしていきたいと思います。
少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ感想や応援をいただけると励みになります。
これからも『聖魔剣戦記』をよろしくお願いします!
三國ユウ




