第七話「終わらない実験」
本作は『聖魔剣戦記』の外伝です。
本編では語られなかった人物たちの過去や、物語の裏側で起きていた出来事を描いていきます。
彼らが何を経験し、何を思い、どのような道を歩んできたのか。
本編とはまた違った視点から、『聖魔剣戦記』の世界を楽しんでいただければ幸いです。
それでは、外伝の物語をお楽しみください。
聖魔剣戦記 外伝 ― 被験体201番
仲間を二人失った翌朝。
ルミナたちは、ほとんど眠れないまま朝を迎えていた。
同じ部屋にいたはずの仲間が、もう二度と戻ってこない。
その事実が、子供たちの心に重くのしかかっていた。
「……今日は、どうなるんだろう」
誰かが不安そうにつぶやいた。
ルミナは答えられなかった。
隣にいるルカも、いつものように明るい言葉をかけることができずにいた。
やがて、扉が開く。
「192番から201番まで。全員、検査室へ移動しろ」
研究員の声が響いた。
「……また、検査?」
子供の一人が小さく尋ねる。
「本日も増幅剤を投与する。速やかに準備しろ」
その言葉に、部屋の空気が凍りついた。
「でも……昨日、二人が……」
「実験は継続する。指示に従え」
研究員はそれ以上説明せず、子供たちを検査室へと連れていった。
*
検査室には、昨日と同じように薬と測定器具が用意されていた。
研究員たちは子供たちを番号で呼び、一人ずつ投薬を進めていく。
ルミナの番が来た。
目の前に差し出された薬を見つめ、彼女は一瞬だけためらった。
昨日、仲間が苦しみながら倒れた光景が頭をよぎる。
「……飲まないと、だめなの?」
「投与は全員に実施する。早く飲め」
ルミナは唇をかみ、薬を飲み込んだ。
ルカも、ほかの仲間たちも同じだった。
全員への投薬が終わると、研究員たちは測定器具を確認し始めた。
「脈拍、測定開始」
「体温を記録します」
いつもと変わらない事務的な声。
だが、その直後だった。
「……っ!」
ルミナの身体に、突然激痛が走った。
「痛っ……! なに、これ……!」
腕から肩へ、背中から脚へ。
全身の筋肉が引き裂かれるような痛みが広がっていく。
ルミナは立っていられず、その場に膝をついた。
「ルミナ!」
ルカもまた、身体を押さえてうずくまっていた。
「うあああっ……!」
ほかの子供たちからも悲鳴が上がる。
身体の奥から熱が湧き上がり、筋肉や関節が激しく痛む。
息をすることさえ苦しく、子供たちは床に倒れ込んでいった。
「全員の脈拍を確認しろ!」
「筋肉の活動量が急上昇しています!」
「魔力反応にも変化が見られます!」
研究員たちは慌ただしく測定を続けた。
苦しむ子供たちを前にしても、責任者の目は測定器の数値から離れなかった。
「身体能力の強化が進んでいるのか……」
彼は記録を確認し、静かに指示を出す。
「数値を記録しろ。変化を見逃すな」
子供たちの悲鳴が、検査室に響き続けた。
*
どれほど時間が経ったのか、ルミナには分からなかった。
やがて、全身を襲っていた激痛が少しずつ和らいでいく。
「……はぁ、はぁ……」
ルミナは荒い息を吐きながら、床に手をついた。
身体はまだ痛む。
それでも、先ほどまでの耐え難い苦しみは落ち着き始めていた。
「ルミナ……大丈夫?」
ルカが心配そうに声をかける。
「うん……たぶん。でも、身体が……」
ルミナはゆっくりと立ち上がろうとした。
その瞬間、違和感に気づく。
身体が軽い。
痛みは残っているのに、手足には今まで感じたことのない力がみなぎっていた。
試しに手を握る。
指先から腕にかけて、力が伝わってくる感覚があった。
「……なんだろう。さっきまで、あんなに痛かったのに」
ルカも自分の手を見つめていた。
「僕もだよ。身体はまだ痛いけど……なんだか、すごく力が出る気がする」
ほかの子供たちも、少しずつ身体を起こしていた。
苦しみは消えていない。
それでも、彼らは自分たちの身体に起きた変化を感じ取っていた。
以前とは違う。
明らかに、自分たちの身体は強くなっている。
けれど、その力を喜ぶ余裕など、誰にもなかった。
昨日、二人の仲間が命を落としたばかりなのだから。
*
検査室の入口付近には、先行グループの生き残り四人が立っていた。
彼らもまた、かつて増幅剤を投与され、身体を強化された子供たちだった。
そして、その後に行われた人工聖剣の実験によって、心に深い傷を負っていた。
十人いた仲間のうち、今も生きているのは四人だけ。
薬の副作用で命を落とした者もいた。
人工聖剣の精神汚染によって心を壊され、その末に命を落とした者もいた。
彼らは、そのすべてを経験していた。
だからこそ、目の前で苦しむ新しい被験体たちを見ても、すぐには言葉をかけられなかった。
うつろな瞳が、床に座り込むルミナたちを見つめる。
その表情には、ほとんど感情が浮かんでいなかった。
だが、ルミナが顔を上げたとき。
彼女と目が合った一人の子供の瞳に、かすかな光が戻った。
「……」
その子は、自分の変化に気づいていないようだった。
ただ、ルミナを見つめている。
ほかの三人も、彼女のそばにいる間だけ、胸の奥にわずかな安らぎを感じていた。
理由は分からない。
自分たちの心に何が起きているのかさえ、うまく理解できなかった。
「……あの子たちも、痛いのかな」
ルミナが小さくつぶやいた。
先行グループの子供たちは答えなかった。
それでも、そのうちの一人が、ほんのわずかに視線を動かした。
その反応を、研究員の一人が見逃さなかった。
彼は手元の記録を確認しながら、先行グループの四人とルミナを交互に見つめた。
以前にも、同じようなことがあった。
ルミナがそばにいると、先行グループの子供たちの様子に変化が現れる。
偶然なのか。
それとも、何か別の要因があるのか。
まだ断定することはできない。
だが、人工聖剣の精神汚染を抑える方法を探していた彼にとって、それは見過ごせない変化だった。
研究員は、誰にも気づかれないように記録を残した。
*
その日の夜。
責任者は、投薬後のデータを確認していた。
「身体能力の上昇は確認できたか」
「はい。複数の被験体で筋力と魔力量の上昇が見られます。ただし、全身の激痛など、強い反応も確認されています」
「引き続き観察を続けろ。次回の投与も予定どおり実施する」
「……承知しました」
報告を終えた研究員は、机の上に置かれた記録を見つめた。
身体は強化されている。
その成果は確かに現れていた。
だが、その裏で子供たちは苦しみ、すでに二人が命を落としている。
このまま投薬を続ければ、さらに犠牲者が出るかもしれない。
それでも、実験は止まらない。
研究員は静かに拳を握った。
何かを変えなければならない。
そう思いながらも、今の彼には、まだ何もできなかった。
そして、施設の奥では、次の実験に向けた準備が着々と進められていた。
子供たちは知らない。
自分たちの身体に与えられた力が、これからどんな運命へとつながっていくのかを。
第7話「終わらない実験」 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の外伝では、『聖魔剣戦記』本編では語られなかった物語をお届けしました。
本編では描ききれない人物たちの過去や、それぞれが歩んできた道。その裏側にある出来事を知ることで、物語の世界をより深く楽しんでいただけたら嬉しいです。
これからも、本編では描かれない物語や人物たちの知られざる一面を、外伝を通してお届けしていきたいと思います。
少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ感想や応援をいただけると励みになります。
これからも『聖魔剣戦記』をよろしくお願いします!
三國ユウ




