第二話「番号で呼ばれる子供たち」
本作は『聖魔剣戦記』の外伝です。
本編では語られなかった人物たちの過去や、物語の裏側で起きていた出来事を描いていきます。
彼らが何を経験し、何を思い、どのような道を歩んできたのか。
本編とはまた違った視点から、『聖魔剣戦記』の世界を楽しんでいただければ幸いです。
それでは、外伝の物語をお楽しみください。
聖魔剣戦記 外伝 ― 被験体201番
研究員に連れられ、十人の子供たちは長い廊下を歩いていた。
壁は冷たい石で造られ、等間隔に設置された魔石の灯りが、薄暗い通路を照らしている。
窓は一つもなかった。
「ねえ、ここって本当に研究施設なの?」
少女の近くを歩いていた女の子が、小さな声で尋ねた。
「そう聞いてるけど……」
少女はそう答えたものの、自信はなかった。
廊下ですれ違う研究員たちは、子供たちにほとんど目を向けない。
まるで、彼らが人間ではなく、運ばれてきた荷物であるかのようだった。
やがて、一行は大きな部屋へ案内された。
部屋の中には長机が並び、その上には書類や小さな金属板が置かれていた。
「全員、そこに並べ」
研究員が指示する。
十人の子供たちは互いに顔を見合わせながら、言われたとおりに並んだ。
研究員は書類を確認し、一人ずつ金属板を手渡していく。
「192番」
一人目の子供が前へ出る。
「193番」
続いて、次の子供が呼ばれた。
「194番、195番……」
番号が一つずつ告げられ、子供たちは順番に金属板を受け取っていった。
「199番」
そして、残る二人の番になった。
「200番」
少年が前へ出た。
研究員から金属板を受け取り、刻まれた数字を見つめる。
最後に、少女の番が来た。
「201番」
少女は一瞬、反応できなかった。
「……私?」
「お前だ。前へ出ろ」
少女はおそるおそる歩み出た。
研究員から金属板を受け取る。
そこには、数字が一つだけ刻まれていた。
201
「これからは、その番号で呼ばれたら返事をしろ」
研究員は淡々と告げた。
「施設内では全員、番号で管理する。名前は必要ない。自分の番号を忘れるな」
「……はい」
少女は小さく答えた。
名前は必要ない。
その言葉が、少女の胸に重くのしかかった。
ここへ来るまでは、当たり前のように名前で呼ばれていた。
それなのに、この場所では名前を呼ばれることすら許されないらしい。
少女は金属板を握りしめた。
その後、子供たちは施設内での生活について簡単な説明を受け、それぞれの部屋へ案内されることになった。
廊下を歩いていると、先ほど200番と呼ばれた少年が少女の隣に並んだ。
「お前、201番か?」
「……うん」
「俺は200番だ。番号が近いな」
少年は少し困ったように笑った。
「これからよろしくな、201番」
「うん。よろしく、200番」
少女も笑い返した。
けれど、すぐに表情を曇らせた。
「……ねえ」
「ん?」
「名前で呼んでもらうことは、もうできないのかな」
少年は少女の顔を見つめた。
「俺も嫌だよ。今まで普通に名前で呼ばれてたのに、急に番号で呼べって言われてもな……」
少年は手の中の金属板に目を落とした。
しばらく考えたあと、周囲に研究員がいないことを確かめる。
「なあ、201番。二人だけの秘密にしないか?」
「秘密?」
「ああ。本当の名前を教え合うんだ。ここでは番号で呼ばなきゃいけない。でも、俺たちまで自分の名前を忘れる必要はないだろ?」
少女は驚いたように目を見開いた。
「……いいの?」
「もちろん。ただし、ほかの奴には内緒だぞ」
少年は小指を差し出した。
少女はその小指を見つめ、やがて自分の小指を絡めた。
「約束ね」
「ああ、約束だ」
二人は小さくうなずき合った。
「じゃあ、俺からな」
少年は少し照れくさそうに笑った。
「俺の名前は、ルカだ」
「ルカ……」
少女は、その名前を大切にするように繰り返した。
「うん。いい名前だね」
「そうか? ありがとな」
ルカは嬉しそうに笑った。
今度は少女の番だった。
「私の名前は、ルミナ」
「ルミナか。いい名前だな」
「ありがとう……」
少女の頬が、ほんの少し赤くなった。
施設に来てから、初めて心から笑えた気がした。
「なあ、ルミナ」
「なに、ルカ?」
名前で呼ばれた少女は、嬉しそうに顔を上げた。
「二人きりのときは、名前で呼び合おうぜ」
「うん!」
ルミナは力強くうなずいた。
「約束だからね、ルカ」
「ああ、約束だ」
そのとき、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
二人は慌てて離れた。
研究員が姿を現す。
「おい、200番。何をしている?」
ルカはすぐに表情を変えた。
「何もありません」
「なら、さっさと部屋へ戻れ」
「はい」
研究員が少女に目を向けた。
「201番、お前も部屋へ戻れ」
「……はい」
ルミナはうつむき、研究員の指示に従った。
それぞれの部屋に戻り、重い扉が閉じる。
ルミナはベッドの端に腰を下ろし、手の中の金属板を見つめた。
201番。
けれど、心の中では違った。
自分には、ちゃんと名前がある。
ルミナ。
そして、この施設の中に、その名前を覚えていてくれる人が一人できた。
ルミナは胸元に手を当て、小さくつぶやいた。
「……絶対に忘れないから」
自分の名前も。
ルカと交わした約束も。
どんなことがあっても、忘れたくなかった。
その夜、ルミナはなかなか眠れなかった。
廊下の向こうから、時折、誰かの足音が聞こえてくる。
そして、遠くの部屋から、かすかな物音が響いた。
ルミナは布団を握りしめた。
「……大丈夫。きっと、大丈夫」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
まだ、この施設で何が始まるのかは分からない。
ただ一つ確かなことがあった。
ここでは、192番から201番までの十人が、名前ではなく番号で呼ばれる。
それでも、ルミナは自分の名前を失ってはいなかった。
そして、ルカもまた、彼女の本当の名前を知っている。
二人だけの秘密を胸に、少女は静かに目を閉じた。
第二話「番号で呼ばれる子供たち」 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の外伝では、『聖魔剣戦記』本編では語られなかった物語をお届けしました。
本編では描ききれない人物たちの過去や、それぞれが歩んできた道。その裏側にある出来事を知ることで、物語の世界をより深く楽しんでいただけたら嬉しいです。
これからも、本編では描かれない物語や人物たちの知られざる一面を、外伝を通してお届けしていきたいと思います。
少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ感想や応援をいただけると励みになります。
これからも『聖魔剣戦記』をよろしくお願いします!
三國ユウ




