星の成れ果て
隕石とは、流れ星が大気圏で燃え尽きず地上へ落ちてきたものをいう。世界中に隕石を探すハンターがおり、御神体として祀られていることもある貴重な石だ。
外来語では”空に現れるもの“といった意味の名前で呼ばれているらしい。
そんな貴重な石を、竜泪の曾祖母は偶然拾ったのだそうだ。
それは一九三三年のこと。記録にも残るジャコビニ流星群が大出現したその日、決してあり得るはずのない隕石が曾祖母の住む家の裏山に落ちたのだった。
きょうだい達と流星群を眺めていた曾祖母は、流れ星のひとつが落ちてくる様もしっかりと確認していた。
「お星さまが落ちてきた!」
強い光と大きな音に、爆弾でも落とされたかと慌てて家を出てきた彼女の父親に、子どもたちは口を揃えて空を指さしたという。
翌朝、父と共にさっそくと入った山の中には、抉れた地面と小指の先ほどの小さな石が落ちていたそうだ。持ち上げてみれば、大きさのわりにずしりと重い。
きっとこの石が昨日落ちてきたお星さまに違いない。そう確信した曾祖母は、拾った石を大切に裁縫箱の中へと仕舞ったのだった。
あくる日、ふと裁縫箱を覗いてみると、拾った石が磁石へくっついているのを発見した。その様子に、やはりこれは特別な石だと曾祖母は確信を持ち、手持ちの中で一番綺麗な布で石を包み大切に保管したという。
――これは、とっても特別な石なんだよ。どうか捨てずに、大切にしておくれ。
亡くなる間際まで大事に仕舞われていた隕石は、曾祖母の遺言と共に娘へと受け継がれ、竜泪の母、理子の目に入ることとなった。
理子は仏壇に大切に飾られた隕石へ、ことある毎に話しかけていたという。それはまるで友人のようであり、きょうだいのようであり、記憶にもない曾祖母へと話しているかのようであった。
長い間大切に飾られてきた星の欠片は、ぼんやりと理子の話を聞いていたという。意思というものがあったのかは定かではない。けれど理子の話す人の生活に、少しずつ興味を覚えていったのは確かであった。
それは理子が大人になり、変わらず星へと話しかけた夜のこと。
――ねぇ、ぼくをヒトとして産んでよ。
夢に現れた淡い光の球体が理子にそう頼んだという。
どこまでも広がる暗がりの中で、明滅を繰り返すその光に理子は星が夢告に来たのだと理解した。
自分の腹に、星の子が宿るのだと。
「どうやって?」
声はトンネルの中のように響いていた。
――僕を飲み込む。それだけ。
理子は首を傾げた。星から容易に告げられた言葉の意味が、よく分からなかったのだ。それを逡巡と判断したのだろうか。淡い光の球体は続けて言った。
――どうせ消え損ねた欠片なんだ。この場に在り続けるのにも飽きたからさ。ヒトとして生きて、星として消えたい。
「そっか。よく分かんないけど、いいよ。私の子として産んであげる」
理子がそんな星の願いに頷いたのは本心、興味からだった。人として生きて星として死ぬとは、どういうことなのだろうと。その様を見てみたくて。
理子は大切に受け継がれてきた星の欠片を飲み込んだのだった。
「で、そうして生まれたのが僕ってわけ」
エアコンの効いた室内で、竜泪は事も無げにそう話を締めくくった。
秋にはいなくなる。さも当然のように話した竜泪が、理由を知りたがる私にこんな昔話を語って聞かせたのだ。
人を馬鹿にするのも程があるだろう。ひとまずの感想はそれだった。
隕石を拾った話はまだいい。けれどそれを飲み込んで人が生まれてくるのはお伽噺が過ぎるだろう。
信じられるはずがない。
なのに、天文学をほんの少しでも齧り強い興味を覚えた心は、彼の話に好奇心と疑問を膨らませていた。
例えば、ジャコビニ流星群は大気圏で燃え尽きると読んだはずだけれど、竜泪のような例外は他にもあるのか、だとか。
どうして隕石が人と成り得たのか、だとか。
隕石であった頃から意思があったと言うのならば、それは未知の生物ないしアルゴリズムの証左なのではないだろうか。
そして人として生き、星として死ぬとはどういうことなのか。
感情と乖離した探究心に、我ながら腹が立ってくる。今すぐ大声で叫びたいのに頭の中はひどく冷静なのだ。
胸の真ん中だけが深く痛んでいる。
大混乱の渦の中で、深く息を吸って吐いた。
「本気で言ってるんだよね。嘘だったら許さないから」
声は震えていた。
「嘘じゃないよ。作り話でもない。本当の話」
答える竜泪の瞳の奥は流星群を見た後だからか、いつもよりも星が瞬いているようだった。
その所為だろう。
彼の話が本当かもしれないと思ってしまうのは。
「じゃあホントに秋に消えるって言うの?」
「うん。ほんとに」
「なんで?」
なんで消えるの? と、問いたいわけではない。
訊きたいのは、なんで消えることを選ぶのかだ。そんなにもあっさりと、なんの未練もなく、消えることを選べるのか。
痛む心臓はそればかりを知りたがっていた。
きっと竜泪にはこの苛立ちも悲しみも分からないのだろう。困ったように眉を下げるも、謝罪の内容はてんで筋違いであった。
「今年はジャコビニ流星群が大出現するでしょ? 次はいつかまではさすがに分からないし。だから、僕も今年一緒に消えようかと思っていてね。……まぁそういう理由で、冬の約束はできないんだ」
そんなことはもう既に重要なことじゃあないのだ。いや、大事なことなのだけれど。なぜ、彼は分かってくれないのか。
胸の内で渦巻く感情を理解してほしいと願いながら、どう説得すれば良いのかも分からない。何度目かの苛つきを大きなため息と共に吐き出した。
「ごめんね、和子ちゃん。まさか、話すとは思ってなかったの」
申し訳なさそうに眉を曇らせたのは理子の方である。母親、と呼んでいいのだろうか。一応は生みの親である彼女のそんな顔つきすら、竜泪は不思議そうに眺めていた。
「いつかは悲しませるのは分かっていたんだけどね。竜泪に彼女が出来たって聞いた時には私も嬉しくて判断を間違えてた。私たちの事情に、私たち以外を巻き込むべきじゃ無かったの。今まで通り、深い付き合いはせずに過ごしていればよかった。本当に、ごめんなさい」
そう言って深々と頭を下げる。理子は、真摯な姿勢で言葉を続けた。今すぐ耳を塞いでしまいたいほど真摯に。
「いま聞いた事は全て嘘だと思ってもらって構わないわ。こんな嘘つきと付き合ってられないと思ってもらってもいい。和子ちゃんがこれ以上苦しむ前に、竜泪から離れてもらっても構わないと私は思ってるから。どうか大切な学生生活を楽しく過ごせる時間にして」
実質、竜泪と別れた方がいいと言われたようなものだろう。素晴らしい、オトナの言い分である。それでいて、反抗期真っ盛りの子どもには、全く理解の出来ない言葉の羅列であった。
「嫌です」
声は冷たい刃のよう。真っ直ぐに刃先を理子へと突きつけた。ふざけるなと。真っ青な火が燃えている。
「そんなの、絶対に嫌だ。ぜんぜん意味分かんない。竜泪くんが消えるってのも、理解は、出来ていない、ですけど、」
言いながら涙が頬を伝った。悲しいからじゃあない。心底、怒れたからだ。
秋には消えるだとか、だから別れろだとか。どうしてそんな事を言うんだと。竜泪と理子、二人に対して怒りが沸いていた。
どうして私の心を蔑ろにするんだと。
ごちゃ混ぜの感情の中でただひとつ、確かな思いを口にした。
「竜泪くんが星として消えるのを、見れないのは嫌だ」
ひとまず寝ましょう。理子の提案にその日は、用意してもらっていたベッドへと潜り込んだ。もちろんすぐに眠れるはずもない。
改めて考えてみたところで、さっぱり意味は分からないのだ。
どうして飲み込んだ隕石から人が生まれたのか。人として生きて星として終わりたいとはどういうことなのか。流星群の夜にどんな風に消えるというのか。
それから。
竜泪がどうして自分と付き合ってくれたのか。
デートなんかして、どういうつもりだったのか。
浮かれた私をどんな目で見ていたのか。
……私と一緒に、もっとずっと生きたいとは思ってくれなかったのか。
ぐるぐる、バターになりそうな思考が眠りをどんどんと遠ざけていく。
それは、今も夜空を走っているだろう流れ星のように、現れては消えていく。
思考がまたひと筋、閃いては傷を残した。
もしかしたら、と。
チリリと胸を焼く。
もしかしたら。
私が竜泪を好きになったのは、彼がイケメンだったからでも、少女漫画みたいなシチュエーションにときめいたのでもなく。
――彼が、星だったからなのかもしれない、と。
ならばこれは、恋なのだろうか。
強烈な、好奇心と何が違うのだろうか。
ふらりと立ち上がり、カーテンを開けて眺めた。
星空は、やはり竜泪の目のようであった。




