008_現代_片思い(の傍観者)(理論上の恋)
放課後の図書室は、西日に照らされてオレンジ色に染まっていた。
私は、新着図書の棚の陰から、少し離れた席に座るクラスメイトの森下さんをじっと見つめていた。
森下さんが見つめているのは、私の幼馴染であり、この学校のサッカー部エースでもある赤星くんだ。赤星くんは今、別の女子生徒と親しげにノートを覗き込んでいる。その女子生徒こそが、赤星くんの恋人だった。
私は赤星くんがずっと彼女を好きだったことを知っている。先月の県大会優勝の後、告白が成功したことを聞いていた。
私はその時、気付いてしまった。
森下さんが、赤星君を好きでいることに、気付いてしまった。
私と森下さんは、特に仲がいいわけでもなく、そんな話をしたこともない。グループが一緒になったときに、ほんの少し会話する程度の関係だ。
なのに、なんとなくそう思っていたものが、確信に変わった。
森下さんは、赤星くんが図書室にいるときは必ず、用もないのに図書室に現れる。赤星くんが使った後の椅子に座り、彼が推薦図書として図書委員の新聞に書いた本を、必ず借りていた。
唯、自分の好きな相手に少しでも関わるものならば何でも接触していたい。そういう彼女の行動は、私にも覚えがある。
かつて私も、叶わない恋をしていた時期があった。好きな人の視線の端に映るためだけに、彼の趣味を必死に調べ、彼のテリトリーの周辺を不自然にうろついていた。
今の森下さんの姿は、あの頃の私そのものだった。はたから見て、こういう風に見えていたのかと、気恥ずかしくもなる。
赤星くんが恋人と笑い合うたび、森下さんの指先が、本の表紙をもつ手が震えていた。切なげに歪む彼女の横顔を見て、私の胸にも、じわじわと痛みが伝染してくる。
―― 森下さんはそれで満足なのかな。
絶対に手に入らないことを(多分)わかってて、
あんなにつらい思いをしてでも、
それでもただそばにいられれば充分なのかな。
森下さんを横目にしながら、そんなことを考えた。
赤星くんの隣には、もう誰も入れない特別な人がいる。それは誰の目にも明らかだ。なのに彼女は、今日もその痛々しいほどの視線を彼に送り続けている。
万が一、億分の一の確率、「理論上は有り得なくは無い」というかすかな望みで、彼らが別れて自分に順番が回ってくるかもしれない。そんな、奇跡を、彼女は信じているのだろうか。
胸の奥が、酷くきしんだ。
こんなにも苦しくなるのは、彼女の願いが叶えられることは絶対にないと知っているからだろうか。
それともだた、そういう感情を持つ彼女をうらやましく思うからだろうか。
きっと、両方だ。
絶対に報われない彼女の未来が透けて見えるからこそ、胸が締め付けられる。そして同時に、すでに誰かをそれほど盲目的に想う熱を失ってしまった私にとって、傷つきながらも輝いている彼女の純粋さが、どうしようもなくまぶしく、うらやましかった。
チャイムが鳴り、赤星くんたちが席を立つ。
森下さんは、彼らが通り過ぎたあとの、まだ微かに温もりの残る空間を、愛おしそうに見つめていた。その横顔があまりにも綺麗で、私はただ、夕暮れの図書室で立ち尽くすことしかできなかった。




