007_現代_別れ(最後の言葉)
窓の外は、あの日と同じ静かな雨が降っている。
部屋の隅に置かれた、あなたのいない机。そこに残されたノートの端に書かれた、あなたの最後の筆跡をなぞる。
もう何年も前のことなのに、その言葉はずっと、今でも私の胸の中で鮮烈な温度を保って生き続けている。
―― 一生無くならないもの、あなたがあたしにくれた最後の言葉。
―― 忘れる筈がない。憎んでなどいない。
あの日、あなたは泣きそうな顔で「ごめんね」と言った。私を一人置き去りにしていくことを、自分勝手だと責められるのを恐れるように。だけど、私があなたを憎むことなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。
だって、あなたが私にくれたものは、そんなちっぽけな感傷を遥かに超えていたから。人を心から愛する喜びも、誰かのために流す涙の温かさも、夏と冬の空の青さの違いも、すべてあなたが教えてくれたものだ。
―― それは、あたしの身が朽ちるまで消えることのないものを、両手じゃ足りないくらい与えてくれたあなたが、最後に残してくれたあたしだけのものじゃないか。
あなたがくれた無数の輝きに比べたら、最後の別れの寂しさなんて、ほんのささやかなスパイスに過ぎない。あなたの最後の言葉は、私とあなたが確かにここで生きて、お互いを必要としていたという、世界で唯一の証なのだ。
風の噂で、あなたが新しい街で、新しい誰かと笑い合っていると聞いた。
私の存在なんて、もうあなたの記憶の隅に追いやられて、いつかは消えてしまうのかもしれない。
だけど、それでいい。
―― あなたは忘れていい。あたしが覚えているわ。
あなたが前を向いて歩いていけるなら、過去の思い出なんてすべて、私一人がこの胸に抱えて生きていく。
雨が上がり、雲の隙間から柔らかな光が差し込んできた。
私はノートをそっと閉じ、小さく微笑む。
あなたがくれたすべての消えないものを道標に、私もまた、一歩を踏み出すために。




