005_現代_別れ(都合のいい女)
「ねえ、もし私が明日、遠くに行っちゃうって言ったらどうする?」
深夜のファミリーレストラン。
ドリンクバーのジンジャーエールをストローでかき混ぜながら、向かいに座る彼に、できるだけ軽いトーンで問いかけた。
彼はスマホの画面から目を離さないまま、「また変なこと言って」と鼻で笑う。
「どうもしないよ。せいぜい、お土産に美味しいものでも買ってきてって頼むくらい」
「冷たいなぁ」
私はおどけて肩をすくめてみせる。
彼をからかう時の、いつものお決まりのやり取り。
―― 冗談だと言ったけど、本当は本気かも知れない。
明日、本当にこの街を出ていくこと。
もう二度と、こうして夜中に呼び出されても会いに来られないこと。
全部、本当の話だ。だけど彼の前では、どうしても「本気」の顔ができなかった。
「まあ、冗談だけどね」
私が笑うと、彼も満足したように「だろ?」と頷き、またスマホの画面に視線を戻した。
いつでも自分が呼び出せば、私がすぐに駆けつけると思っている。
自分の都合のいい時だけ優しくして、私の都合にはこれっぽっちも興味がない。
そんな彼の、甘えた横顔を見つめる。
きっと彼は、私がこれからもずっと、彼の引き立て役として側に残り続けると信じ込んでいるのだろう。
―― 思い通り動く程の優しさはあたしには無いよ。
もう、あなたの都合のいい女の子はやめる。
「じゃあ、私、明日早いから先帰るね」
伝票を掴んで立ち上がると、彼は「え、もう?」と初めて驚いたような顔で私を見上げた。
その視線を背中で受け止めながら、私は二度と振り返らずに、店の自動ドアをくぐった。




