004_現代_恋愛中(伝えるということ)
改札口へと向かう人波の中で、私は彼のコートの袖を、ほんの少しだけ強く引っ張った。
脇によって立ち止まった彼が、不思議そうにこちらを振り返る。
そのまっすぐな瞳に見つめられると、何日も前から準備していたはずの言葉が、喉の奥に詰まって出てこない。
「あのね、私……」
好き、という、たった二文字。
それだけなのに、声にしようとすると別の感情が混ざって、言葉がひどく不器用になってしまう。
嫌われたくない、今の関係を壊したくない、でも気づいてほしい。
そんな臆病な気持ちが、私の口を閉ざさせる。
伝えるということはとてつもなく難しいことだ。
ただの記号としての言葉なら、誰にだって言える。
でも、この胸の奥にある、もどかしくて、苦しくて、それでも愛おしい熱量を、そのまま相手の心に届けるのはどうしてこんなに難しいんだろう。
私は深く息を吸い込み、彼の目を見つめ直した。
今度は言葉を飾らず、自分の声の震えも隠さずに、一番シンプルな想いだけを口にする。
「……あなたと一緒にいる時間が、世界で一番、特別なの」
静かに響いた私の声に、彼は一瞬目を見開いた。
やがて、彼の耳の後ろがじわじわと赤くなっていく。
今度こそ、正確に、私の気持ちが伝わっただろうか。
彼は小さく、でもしっかりと頷くと、私の手をそっと握り返してくれた。
言葉がやっと、二人の間を繋いだ瞬間だった。




