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037_別れ(見えない未来を捨てるとき)社会人、彼氏はアイドル、1698字


 『あ、やっぱりね』


 「若手実力派アイドル・Aと、清純派女優・Bの深夜密会!」

 コンビニで、彼の顔がデカデカと載った週刊誌の表紙を見つけたのに、私の心は微塵も動揺しないかった。


 『ま、どうせ今撮ってるって言ってたドラマの番宣だろうな』

 そう思えるようになっちゃったのはいつからだろう?


 彼と両想いになれた。

 その事実は、かつて一人の熱狂的なファンだった私にとって、奇跡だった。


 でも、当然だけど世間には絶対の秘密。


 デートは、いつだって彼の部屋。

 どこかに遊びに行くどころか、外を一緒に歩くことも、手を繋ぐことも、記念日におしゃれなレストランに行くこともできない。

 そのくせ、テレビをつければ彼はみんなの王子様として笑顔を振りまき、別の週刊誌を開けば違う女の子と「お似合いの二人」と言われている。



 『はぁ……私、何やってるんだろうなぁ

  もう26才だよ。りりこもまゆも結婚しちゃった。

  みんな私にはずっと恋人いないと思ってる。

  このまま何年、何十年、息を潜めていればいいんだろう。

  世間一般で言われる「恋人」にさえなれないんだよ。

  この先に「結婚」なんてあるわけないじゃない。


  付き合っている意味、あるのかな?』


 もう、何度も何度も考えてきた。


 一人のファンとして、遠くから彼を追いかけていた時の方が、ずっとずっと毎日が楽しかった。

 あの頃は、テレビで彼を見れただけで幸せだった。

 ライブで、同じ会場にいるだけでドキドキした。

 彼のグッズを集めるのに情報収集は欠かさなかったし、バイトも必死でがんばった。


 でも今の私はどうだろう?


 バレる恐怖に怯え、常に周囲を気にして、勝手にすり減って。

 楽しい以上に辛いことが大きすぎる。



 『もう、終わりにしよう』



 その日の夜、いつものように彼の部屋に呼ばれた。

 「お疲れ様」と出迎えてくれた彼は、少し疲れてはいるけれど、紛れもなく私の大好きな笑顔を浮かべていた。


「ねえ、話があるの。……私、もう別れたい」


 玄関から靴も脱がずに言うと、彼の笑顔が凍りついた。

 そして焦ったように、求めてもいない言い訳を始めた。


「待って、あれは違うんだ! 本当にただの仕事の付き合いで、あの時はマネージャーも一緒だったし、誤解だから!」


 必死に弁明する彼の姿を見ても、私の決意は揺るがなかった。


「分かってるよ。本当に、1ミリも疑ってない。信じてる」

「じゃあ、なんで……?」

「……彼女でいることに、疲れちゃったんだ」


 彼が悪いわけじゃない。

 彼の恋人でいることに、私が耐えられなかったのだ。


「ごめんね。今までありがとう」


 合鍵をシューズクロークの棚に置くと、引き止める彼の声を無視して、私は走って外に出た。



「ーーよしっ! 飲むぞーーー!」


 自宅のワンルームに戻り、部屋着に着替え、近所のスーパーで買い込んできた缶ビールと大量のおつまみをテーブルにぶちまける。


 プシュー、と小気味いい音を立てて缶を開け、一気に煽る。

 喉を突き抜ける苦味が、胸の中に溜まっていたモヤモヤを一緒に洗い流してくれるようだ。


「ぷはぁー! 美味いっ!!」


 寂しくないと言えば嘘になる。

 泣きたい気持ちはないと言えば、それも嘘だ。

 だけど、それ以上に圧倒的な解放感が、体中を満たしていく。


「あーあ、大恋愛だったな!」


 一人でケラケラと笑いながら、ポテトチップスを口に放り込む。

 完全にふっきれた。

 私の恋は、今日ここで綺麗に終わったのだ。


「よし、決めた」


 ビールの缶をテーブルにトントン、と叩きつける。


「今度付き合うなら、絶対に『普通の生活』ができる人にしよう。手を繋いで街を歩いて、親にも友達にも胸を張って紹介できて、ちゃんと結婚を考えられる人!」


 明日、さっそく婚活サイトに登録しよう。

 りりこたちにも誰か紹介してって言おうかな。


 あー久しぶりに飲みすぎちゃったかな。

 今日はすっごい安眠できそう。


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