036_家族(選ばれなかった私が選んだもの)双子の姉妹、1759字
「ミアちゃんは本当に可愛いわね。将来はモデルさんかしら?」
「ユアちゃんって普通だよね。ミアちゃんと双子なのに全然似てないし。」
物心がつく前から、そういう風に言われてきた。
双子のミアと私。ミアは誰もがかわいいっていう女の子で、私はどこにでもいる普通の子。
それだけの理由で、親も、祖父母も、親戚も、みんなミアを優先した。
誕生日プレゼントも、旅行の行先も、夕食のメニューも、すべてはミアが決める。
私の世界で唯一の味方は、母の姉であるユリコ伯母さんだけだった。ユリコさんは留学中に出会ったアメリカ人のトム伯父さんと結婚したという理由で、祖父母から「日本を捨てた」と邪険にされていた。
友だち関係も、綺麗に分かれた。
ほとんどは、ミアの可愛さと派手さに惹かれ、私から離れてミアの方へ行った。
残りの大半は、ミアの方へ行ったものの、彼女のわがままに愛想を尽かしたのか、結局私からも彼女からも離れていった。
最後に残った友人たちは、自分が友だちになったのは私だと言って、ずっと側にいてくれた。
その友人たちが、私の支えだった。
小学生の時、大好きなケーキをミアに目の前で横取りされ、怒る気力すら失って「もういいよ」と諦めた私に、ユリコさんは言った。
「ユア。この家を出たい? 出たいなら、誰も文句が言えない道を自分で掴みなさい」
その日を境に、私の戦いが始まった。
中学の3年間、私はそれこそ血の滲むような猛勉強を重ねた。
ミアが「ユア、私の宿題やって」「私の代わりに部屋の掃除して」とわがままを言っても、
「今、自分の勉強で忙しいから」とあしらえる強さを身につけた。ミアは「生意気!」と怒って親に告げ口したが、私の成績が学年トップを取るようになると、親も口出しできなくなった。
やがて私は、実家から新幹線を使わなければ通えないほどの距離にある、全国屈指の超難関校に合格した。親は「女の子なのにそんな遠くの学校なんて」と渋ったが、その高校の近く暮らしていたユリコさん夫婦が「うちに居候させれば学費だけで済むわよ」と言ってくれ、私はついに、あの息苦しい家を出ることに成功したのだ。
高校での3年間は、まるで暗闇から光の中に飛び出したように自由だった。
ユリコさんとトム伯父さんは、私をひとりの人間として尊重し、温かく迎えてくれた。ミアのわがままに振り回されることも、親の偏愛に傷つくこともない。
私はさらに勉強し、日本の大学ではなく、アメリカの大学を目指した。
そして、見事に合格した。
渡米を目前に控えたある日、ユリコさんが1枚の書類を差し出した。
それは、アメリカの法的な手続きも視野に入れた、私とユリコさん夫婦との「養子縁組届」だった。
「ユア。これであなたは名実ともに私たちの娘よ。あの家とは、もう完全に縁を切っていいの」
涙が溢れて止まらなかった。私が欲しかったのは、ただ「あなたがいい」と選んでくれる家族だった。私はその書類に、迷わず自分の名前をサインした。
日本を発つ当日。空港でスマホを取り出して実家のグループLINEに1通のメッセージを送信した。
ユア:
これから飛行機に乗ってアメリカの大学へ出発します。
それから、18歳になったのでユリコさんと養子縁組をしました。
私の荷物はすべて処分してください。
もう日本には戻りません。さようなら。
すぐに既読がついた。
母から「どういうこと!?」「冗談はやめなさい!」と怒涛の着信が入る。続いて、ミアからも「そんな勝手なこと言って、何様のつもり!?」と身勝手なメッセージが飛んでくる。
私はふっと笑って、携帯の電源を落とし、ショップのリサイクルボックスに入れた。
友達の連絡先は控えてある。それ以外に未練はない。
「ユア、準備はいい?」
振り返ると、ユリコさんとトム伯父さんが優しい笑顔で待っていた。
「うん!行こう」
パスポートを握りしめ、私はゲートに向かって歩き出す。
高校も、大学も、養子縁組も、全部、あの日ユリコさんと立てた計画だった。
自分で選んだ、自分の道、自分の家族。
私の新しい人生が、今ここから始まるのだ。




