034_片想い(10センチの境界線)学生、先輩後輩、脈あり、1753字
神様がいるなら、ちょっとそこに座らせて、小一時間 問い詰めたい。
どうして私は今日、よりによってこの女子力皆無の、底の平べったい履き古したスニーカーを選んでしまったのだろう。
「あ、お疲れ。……って、どうかした? そんな地面睨みつけて」
頭上から降ってきた聞き慣れた声に、心臓が跳ね上がる。
ゆっくりと視線を上げると、そこにはサークルの先輩で、私が密かに片思いをしている、ゆうじ先輩が立っていた。
白のTシャツに洗いざらしのデニムというシンプルな格好なのに、高身長でスタイルのいい先輩が着ると、まるで雑誌のモデルのようだ。Tシャツがドラえもんなところも、先輩のかわいいところが出てて好き。
「あ、ゆうじ先輩……。お疲れ様です。いや、別に、なんにもないんですけどね…」
私は慌てて一歩下がり、自分の足元を隠すようにした。
今日の私は、寝坊したせいで髪は適当にまとめただけ、メイクも最低限。おまけに足元は、走りやすさを重視したスニーカーだ。
―― ヒールの高い靴はいてくればよかった……!
胸の中で、激しい後悔の嵐が吹き荒れる。
いつもはそれなりに気を使って、いつ先輩に見られても恥ずかしくないように、ヒールの高い靴はいてるのに。なんでこんな日に限って会っちゃうんだろう。
我ながら運の悪さは一級品だと思う。
「なんだよそれ、怪しいなぁ。あ、もしかして、また何か落とし物でもした?」
「違います! もう、からかわないでくださいよー」
ぷっと吹き出す先輩を見上げて、私は小さく唇を尖らせた。
スニーカーを履いた今の私は、いつもよりさらに背が低い。180センチある先輩と並ぶと、頭一つ分以上の身長差がある。
見上げる首が少し痛い。だけど、それ以上に、自分の子供っぽさが強調されているような気がして、たまらなく恥ずかしかった。
「冗談だって。これから学食? よかったら、一緒にどう?」
「えっ、あ、はい! 行きます!」
断る理由なんて、世界のどこを探したって見つからない。
長い脚ですたすたと歩く先輩の斜め後ろを、私は小走りでついていく。歩幅の違いが、そのまま二人の距離のようでもどかしい。
先輩の後ろ姿を見つめながら、私はポケットの中でぎゅっと拳を握りしめた。
きっと先輩は私のことを、ただの後輩としか思っていない。それは、普段のサークルでの扱いを見ていれば痛いほど伝わってくる。
だからこそ、会うときはいつも完璧な自分でいたかった。
ヒールを履いて、少しでも大人っぽい雰囲気を纏って、「可愛いな」って、一瞬でも女の子として意識してもらいたかったのに。
「そういえばさ」
先輩がふと足を止め、振り返った。
「今日、なんかいつもと雰囲気違うよな」
ドクン、と心臓が大きな音を立てる。
やっぱり、手抜きなのがバレただろうか。がっかりされただろうか。
「あー あの、今日はちょっと寝坊しちゃって……その、髪とか服とか適当なんですよねー、すみません」
俯く私に、先輩は少しだけ目線を合わせるように屈んだ。
「いや、謝ることじゃないだろ。っていうか、そっちの方がいいなと思って」
「え?」
「いつもはさ、なんかすっごい高い靴履いてるだろ? 見てて転びそうでハラハラするんだよね。今日の方が、なんていうか……その、小さくて、なんか可愛い」
先輩は最後の方を少し照れくさそうにモゴモゴと言って、すぐに前を向いて歩き出してしまった。
私はその場に、完全にフリーズして取り残される。
―― 今、先輩は何て言った?
小さくて、可愛い、って。
「ほら、置いてくぞー」
少し先で、先輩が振り返ってひらひらと手を振っている。その耳の端が、ほんのりと赤くなっているように見えたのは、私の欲目のせいだろうか。
「待ってください、先輩!」
私はスニーカーの紐をきゅっと結び直し、先輩の背中に向かって思い切り走り出した。
ヒールがなくても、この靴ならどこまでだって走っていける。
あと10センチの境界線は、まだ超えられそうにないけれど。今日のこのお気に入りのスニーカーなら、少しだけ先輩の心に近づけたような、そんな気がした。




