033_片思い(恋は先手必勝)学生、自分→幼馴染→他の子、1463字
「ちょっと、いつまで見てるのよ。穴が開いちゃうでしょ」
図書室の窓際、静まり返った空間で、私はわざと呆れたような声を意識して出した。
私の視線の先にいるのは、さっきから生返事ばかりの幼馴染。そして彼の視線の先にいるのは、離れた席で熱心に参考書をめくっている我がクラスの委員長 綾瀬さんだ。
「いや、見てないって」
「嘘おっしゃい。耳まで赤くなって。そんなに好きなら、さっさと話しかけに行けばいいじゃない」
私はシャーペンの頭をトントンと机に叩きつけた。
……本当は、そんなこと言いたくない。
彼が私のことだけを見てくれたらいいのに、なんて、少女漫画みたいな淡い期待をずっと抱いている。
だけど、彼の目に映っているのはいつも私じゃなくて綾瀬さんなのだ。
彼は、どこにでもいる平凡な男の子かもしれない。
でも、私にとっては誰よりも特別で、誰よりも幸せになってほしい人だった。
彼がウジウジ悩んで暗い顔をしているくらいなら、大好きな人と結ばれて笑っている姿を見ていたい。
それが私の、強がりの混じった本音だった。
「準備ってものがさ」なんて言い訳を並べる彼を見て、私はふうっと深いため息をついた。
このままだと、彼は絶対に後悔する。
そう確信した私は、彼のノートの端っこにサラサラと文字を書き殴った。
『恋は先手必勝っていうし、のんびりしてると誰かに取られちゃうよ?』
彼を焦らせるための言葉。
だけど、それは自分自身にブーメランのように突き刺さる。
先手必勝。
じゃあ、ずっと近くにいたのに先手を打てなかった私は、最初から負けていたんだろうか。
胸の奥のチクリとした痛みを誤魔化すように、私は顎でクイッと図書室の入り口を示した。
そこへ入ってきたのは、サッカー部のエース。
案の定、彼は真っ直ぐ綾瀬さんの席へと歩いていき、親しげに話しかけた。
綾瀬さんが、嬉しそうに微笑む。
それを見た彼の顔が、みるみるうちに強張っていくのが分かった。
今にも泣き出しそうな、焦りと悔しさが混ざった顔。
―― そんな顔しないで
言えない想いに胸が苦しくなった。
「……結衣」
「ん?」
「消しゴム、持ってない?」
突然、彼が真剣な目で私を見た。
「持ってるけど…」と差し出すと、「ありがと」とだけ言い残して、彼は勢いよく椅子を引いて立ち上がった。
その背中は、知らない人の背中に見えた。
彼はそのまま真っ直ぐ綾瀬さんのもとへ歩いていき、男子との会話の合間に、お世辞にも上手とは言えない口実で話しかけた。
「話してるとこごめん。あの、綾瀬さん。この前の数学のプリント、ここがどうしても分からなくて……」
綾瀬さんはちょっと驚いた顔をした後、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべて「いいよ」と席を詰めた。
「……バカ。私の消しゴム持ってっちゃったら、私が勉強できないじゃん…」
私は一人、小さく呟いた。
二人の距離が、ぐっと縮まる。
彼が綾瀬さんの隣で、緊張しながらも本当に嬉しそうな顔をしているのが分かる。
胸がツンと痛んで、視界が少しだけ滲みそうになった。
だけど、私はそれをぐっと堪えて、ちらっと振り返った彼に向けて「よくやった」と言わんばかりに、親指を立ててニヤリと笑ってみせた。
これでいい。彼が幸せなら、私の恋も、少しは報われる。
そう自分に言い聞かせながら、私は一人、ノートの余白をシャープペンで塗りつぶした。




