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030_別れ(忘れられない過去)533字
夜が更けるたびに、部屋の静寂があなたの記憶を連れてくる。
簡単に忘れられると思った。
別れの間際、強がりを並べた自分を思い出しては、今さらながらその浅はかさに苦笑してしまう。
恋を終わらせることなんて、連絡先を消して、思い出の品を箱に詰めるだけの簡単な作業だと思っていたのだ。
けれど、現実はそんなに甘くなかった。
ふとした瞬間に記憶の蓋が開く。
雨の日の匂い、駅前の雑踏、冷え込んだ夜の空気。
そんな些細なきっかけで、あなたの幻影が鮮明に蘇る。
思い出すたびに、あなたの体温は暖かく、まるでまだそこにいるかのように私の肌を焦がす。冷え切った私の手を温めてくれた、あの大きくて不器用な手の感触が、今も消えてくれない。
そして、耳の奥で再生される記憶。
あなたの声は狂おしく、あたしの名を呼ぶ。
ただの記号に過ぎなかった私の名前が、あなたの唇から零れ落ちるたび、特別な意味を持つ呪文のようになっていた。切なげに、愛おしそうに、何度も、何度も。
「……バカだなぁ、私」
誰もいない部屋で、ぽつりと呟いてみる。
体温も、声も、すべてはもう「過去」なのに。
私の心はまだ、あの暖かな季節に囚われたまま、引き返せずにいる。




