029_恋愛(一生分の勇気)社会人→学生、告白、1924字
ガタガタと揺れる朝の通勤快速で、私は今日もこっそり彼を見ていた。
始まりは、数ヶ月前の最悪な朝。
オールの酔っ払いに絡まれていた私を、彼はすっと間に入って助けてくれた。
当然、私は一瞬で恋に落ちた。
だけど、私の恋は早々に破れる。
彼はいつも、綺麗な女の子と二人で通学していたからだ。
「……やっぱり彼女いるよねぇ。あんなに格好いいんだもん」
声をかける勇気なんて最初からなかった。
私はただ遠くから彼を見つめるだけの、モブにすぎないのだ。
季節が変わり、いつの間にか彼は一人で電車に乗るようになっていた。
あんなにいつも一緒にいた彼女の姿が、どこにもない。
―― もしかして、別れた……?
心臓がドクドクする。
チャンスかもしれない。話しかけるなら、今かもしれない。
だけど、チキンな私は「もし違ったら」「急に話しかけたら迷惑かも」と自分で自分に言い訳して、結局何もできないまま、ただ時間だけが過ぎていった。
そんな私のヘタレっぷりに罰が当たったのか、しばらくして、彼の隣にまた別の女の子が現れた。
今度は、某若手女優そっくりのすっごいかわいい女の子で。
二人が親しげに笑い合っている姿を見て、私の心はバキバキに砕け散った。
―― 新しい彼女、できちゃったんだ……
視界がじんわりにじむ。
あのとき、フラれるの覚悟で、ダメ元でもいいから告白しておけばよかった。
何もしなかったのは自分なのに、彼らを見る度心が沈み、朝の電車を1本早いのに変えた。
3月の終わり、携帯を取りに戻って電車に乗り遅れた私は、久しぶりに彼を見かけた。
彼は一人で電車に乗っていた。
―― 今日は一人なんだ。
一瞬思っただけ。別に期待したわけではない。でも一応。
翌日も前と同じ時間の電車に乗った。
彼は今日も一人だった。
―― えっ、もう別れた……!? 早すぎない?
混乱しつつも、私はしばらく様子を見ることにした。
だけど、あのかわいい女の子が現れることはなく、4月になった。
その日は、珍しく、帰りの電車で一緒になった。
あの痛烈な後悔が頭をよぎる。
―― 今動かなかったら、もう二度と告白なんてできない
心臓が口から出そうなくらいバクバクしていた。
彼が電車を降りる、その後を必死で追った。
そして、改札を出て人混みが少し途切れた時、一生分の勇気を出した。
「あの、すみません!」
彼は驚いたように足を止め、振り返った。
「夏に、電車で酔っ払いから助けてもらった者です!
ずっと好きでした! もし彼女がいなかったら、付き合ってください!」
彼の目を見つめて、返事を待つ。差し出した手に全神経が集中する。心臓の音がうるさくて、周りの雑音が何も聞こえない。
彼がどんな表情をしているのか確かめるのが怖くて、ぎゅっと目を瞑った。
「……驚いた」
降ってきたのは、低くて少し震えた声だった。
恐る恐る目を開けて彼を見上げると、彼は目を見開いたまま、耳まで真っ赤にして私と、私の差し出した手を見ていた。すごく緊張しているみたいだった。
「ごめん、びっくりして……でも、すごく嬉しい」
「え……?」
「君、俺のこといっつもチラチラ見てただろ? 」
頭が真っ白になった。気づかれていた。恥ずかしさで死にそうになる私に、彼は優しく目を細めた。
「俺も、あの時から君のこと可愛いなってずっと思ってて。目が合うたびに気になってたんだ。だから、夢かと思った」
「え、でも……彼女さん、いましたよね? 最初の綺麗な人と、そのあと、すっごいかわいい子……」
私が戸惑いながら尋ねると、彼はハッとしたようにポンと手を叩いた。
「ああ、そういうことか! 最初の人はただの幼馴染。大学が同じだから一緒に通ってただけなんだ。で、二人目のすっごいかわいい子って……こいつのこと?」
彼はスマホを取り出し、写真を見せてくれた。そこには、あの小柄でかわいい女の子がピースサインをして写っている。
「これ、俺の妹。大学入試のために2月いっぱい俺の家に泊まり込んでたんだ。受験が終わったから実家に帰って、今は別のとこ住んでる」
「妹さん……!?」
「そう、ただの妹。だから、俺はずっとフリー」
彼はそう言って、私が差し出したままだった右手を、大きな手で握り返した。
「というわけで――俺の方こそ、よろしくお願いします」
手から伝わる温かさに胸がいっぱいになる。
心の中で、勇気を振り絞った自分を、精一杯ほめたおした。




