028_not恋愛(めんどくさい自分)社会人、友情の終わり、1204字
夕暮れのファミレス。
ドリンクバーのメロンソーダはすっかり氷が溶け、薄緑色の濁った液体に変わってしまった。
私の右手は、無意識に左手のささくれを毟り続け、爪のきわから、ぷつりと赤い血の玉が浮かび上がった。
指から滲み出るものを止める術が無い。
じくじくと痛む指先をティッシュで押さえながら、私は目の前で「ねえ、聞いてる?」と無邪気に首を傾げる真央を見た。
高校からの親友。そう呼べるのは、きっと昨日までのことだった。
―― いつから、わたしと彼女の考え方に
これほどの溝が出来てしまったんだろうか
私が仕事の人間関係で完全に心を病み、休職を考えていると打ち明けたとき、真央はいつもの眩しい笑顔のまま、こう言ったのだ。
「大丈夫だよ! 人生に無駄な経験なんてないし、これも神様がくれたステップアップのチャンスだよ。前を向いていれば、絶対に良い方向にいくから!」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で何かが完全に冷え切った。
彼女にはもうこれから先も、わたしの気持ちは解らないと思った。
それは、彼女とわたしの環境と経験の違い。
真央は裕福な家庭に育ち、大手の企業で順調にキャリアを積み、来月には愛する人と結婚する。挫折や、理不尽に叩き潰されることなんて知らない。
そんな彼女のような、なんでも綺麗な円に戻そうとする人の言葉など、信用できない。
そう、思ってしまった。
ぐちゃぐちゃに歪んで、もう二度と元には戻らない歪な形をした私の絶望を、彼女は「綺麗な形」に整形しようとしている。
唯ポジティヴに考えることに、どれだけの意味があるんだろう。
前を向けないから、今こうして泥の中で溺れているのに。ポジティブという名の言葉の刃が、容赦なく私の傷口を抉ってくる。
「……うん、そうだね」
私は適当に相槌を打ち、話を切り上げた。これ以上ここにいたら、彼女を酷い言葉で罵ってしまいそうだったから。
駅の改札で「また連絡するね!」と手を振る真央の背中を見送りながら、私は一人、夜のホームに佇んでいた。
胸の奥を占めるのは、彼女への怒りだけではない。もっとどろどろとした、暗い自己嫌悪だった。
あきらめに似た冷たさの中で、私は自分に問いかける。
―― でも、わたしは、なんて言われれば満足だったんだろう
「大変だったね」と同情してほしかったのか。
「会社なんて辞めちゃえ」と無責任に背中を押してほしかったのか。
それとも、ただ私と同じ泥の中に、一緒に落ちて泣いてほしかったのだろうか。
どんな言葉をかけられても、結局私は「あなたに何がわかるの」と心を閉ざしていたかもしれない。
傷口から滲む血は、ティッシュを赤く染め続けている。
真央との間にできた溝の深さに怯えながら、私は自分の面倒くささに、ただただ途方に暮れていた。




