027_すれ違い(大事な境界線)社会人、同棲、1081字
深夜二時。誰もいないリビングで、私は冷え切ったハーブティーのカップを両手で包み込んでいた。
秒針の音だけが、やけに大きく部屋に響いている。
数時間前、彼がこの部屋を出て行った。最後にどんな言葉を交わしたのか、もう判然としない。ただ、お互いの放った感情の残骸だけが、澱のようにこの空間に沈殿している。
ソファーの背もたれに頭を預け、天井の木目をじっと見つめながら、私は心の中で何度も同じ自問自答を繰り返していた。
―― 言うべきことを言わない
言わなくていいことを言う
重罪はどっちなんだろう
彼は前者で、私は後者だった。
彼はいつも、肝心なところで口を閉ざした。波風を立てないため、私を傷つけないためという、彼なりの優しさだったのかもしれない。けれど私にとっては、それはただの逃避にしか見えなかった。
だから私は、彼の頑なな沈黙をこじ開けようとして、いつも余計な一言を重ねてしまった。言わなくてもいい彼の欠点、過去のいざこざ、それらを言葉の刃を剥き出しにして、彼の領域を踏み荒らしたのは、間違いなく私のほうだ。
静寂の中で、ぽつりとため息がこぼれる。
―― いつまで経っても
言わなくていいことの境目の付け方が合わない気がする
他のことはほぼ同じなのに、これだけはなんで合わないんだろう
本当に、不思議なほどに私たちは似ていた。
笑うタイミングも、心地よいと感じる部屋の明るさも、休日のだらだらした過ごし方も。まるで双子であったかのように、ぴったりと寄り添い合える関係だったはずなのに。
それなのに、言葉を「どこまで差し出すか」という、人間関係の最も根源的な境界線だけが、どうしても噛み合わなかった。私の「本音」は彼の「攻撃」になり、彼の「配慮」は私の「拒絶」になった。
どれだけ愛し合っていても、その一箇所のズレだけで、人はこんなにも致命的にすれ違ってしまう。
冷めきったお茶を一口だけ飲み、私はそっと目を閉じた。
今頃彼は、夜の街をどんな気持ちで歩いているのだろう。
私を憎んでいるだろうか。それとも、ただただ疲れ果ててしまっただろうか。
「……望んでいたのはこういう状況ではないよ」
声に出した独白は、誰に届くこともなく、暗い部屋の空気に溶けて消えた。
ただ、普通に笑い合いたかっただけ。
ただ、一番近くで味方でいたかっただけ。
そんなささやかな願いの行き着いた先が、この凍りついた静寂だという現実が、ひどく冷たく、私の胸を締め付けていた。




