025_恋愛未満(恋に恋する愚か者)学生、告白、2287字
「ねえ、次は香奈の番だよ! 誰が好きなの?」
中間テストが終わったクラスで、女子グループで恋バナが始まった。一人一人気になる人をあげていき、とうとう私の番がきてしまった。
―― どうしよう、好きな人なんていないんだけど
だけど、この空気の中で「誰もいない」なんて言えば、「隠してる」とか勘ぐられて、逆に根掘り葉掘り聞かれるだろう。面倒なことは避けたかった。
私は頭の中で、男子の顔を次々に思い浮かべ、誰の名前を出せば、一番無難にこの場をやり過ごせるだろうと考えた。結果、今までで一番名前が挙がってた男子の顔が浮かんだ。
「……えっと、山本君、かな」
山本君はサッカー部のエースで、隣のクラスの可愛い女の子と付き合っていた。彼女がいるから、私が「好き」だと言ったところで何の問題もない。そう踏んでの選択だった。
案の定、みんな「やっぱり山本君格好いいよね!」と勝手に盛り上がり、私の番は無事に過ぎ去っていった。
はずだった。
まさかその嘘が、とんでもない出来事を引き起こすとは思いもしなかった。
あの日のことはとっくに忘れ去った、ある雨の日の放課後だった。
下駄箱で靴を履き替えていると、「斉藤さん」と声をかけられた。振り向くと、そこにいたのは山本君だった。
「ちょっと、話があるんだけど…」
少し緊張した様子の彼に誘われ、私は断れずについていった。
自転車置き場の下で、山本君はまっすぐ私を見て言った。
「俺、彼女と別れたんだ。香奈ちゃんが俺のこと好きって言ってたの、友達から聞いて……。俺も、香奈ちゃんのこと可愛いなってずっと思ってた。付き合ってほしい」
頭が真っ白になった。
―― 彼女と、別れた?
あんなに仲が良さそうだった彼女を?
私が自分の名前を出したからってそんな簡単に振ったの?
嬉しいなんて感情は一ミリも湧かなかった。ただただ、目の前の男の言葉が信じられなかった。
「……ごめんなさい。付き合えない」
私の声は、自分でも驚くほど冷たかった。
山本君は驚いたような顔をして、「え? 俺のこと好きなんじゃ……」と呟いたけれど、私は「本当にごめんなさい」とだけ繰り返して、雨の中を走って逃げ出した。
翌日、クラスの女子たちに囲まれたのは言うまでもない。
「ちょっと香奈! 山本君を振ったって本当!?」
「あんなに一途だった山本君が彼女と別れてまで告白してくれたのに、なんで!?」
非難と困惑の混ざった視線。私はぎゅっと拳を握りしめ、本音を言葉にすることにした。
「……私が山本君のこと素敵だなって思ったのは、彼女のことすっごく大事にしてるって聞いたから。この間みんなも言ってたじゃない?あんな風に大事にされたいよねーって。」
周囲が静まり返る。私は続ける。
「でも、私が好きだって噂を聞いただけで、あっさりその彼女を振っちゃったんでしょ? それを見て、あ、山本君そんなに簡単に彼女捨てちゃう人なんだって思ったら、急に怖くなっちゃって。もし私が付き合っても、次の誰かが現れたら、同じようにあっさり捨てられるのかなって」
女子たちが息を呑むのが分かった。一途だと思っていた彼の、あまりにも軽い裏切り。昨日の私同様、幻滅してしまったのだろう。
「私……『山本君みたいに、彼女を大切にする人が好き』って言えばよかったんだよね。山本君に大切にされている彼女を見て、私もそんな風に誰かに特別に思われてみたいって、羨ましかっただけなんだと思う」
窓の外を見つめながら、私は小さく息を吐き出した。
「わたし、恋に恋してただけだったのかな」
その言葉は、自分の愚かさに対する自嘲だった。
恋をしている特別なシチュエーションに憧れて、調子に乗って人の名前を出してしまった。
「山本君の元彼女さんに、悪いことしちゃった」
教室はしんと静まり返った。
誰も私を責める言葉を口にしなかったけれど、気まずい空気が流れ、チャイムとともに席に散る。
もう誰もその話をすることはなかった。
その日の放課後、一人で図書室へ向かう廊下で、「斉藤さん」と声をかけられた。
振り向くと、そこには山本君の元彼女がいた。
「え、あっ……ごめんなさい!」
私は反射的に頭を下げた。私の不用意な発言のせいで、彼女を傷つけてしまった。謝っても許されることではないけれど、謝らずにはいられなかった。
しかし、頭上から聞こえてきたのは、柔らかな軽い声だった。
「ううん、いいの。斉藤さんが謝る必要なんて全然ないよ」
驚いて顔を上げると、彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
「お昼に、斉藤さんが山本君を振った理由、聞いたの。『彼女のことあっさり捨てるような人は無理』って言ってくれたんだってね。それ聞いて、なんだか嬉しくて。すっきりしちゃった」
彼女は一歩、私に近づいた。
「山本君ね、元々そういう人だったの。外面はいいけど、中身は軽かった。今回たまたま、私を振るきっかけになった相手が斉藤さんだっただけ。だから、斉藤さんは何も悪くないよ」
「でも……」
「本当だよ。むしろ、彼の本性に気づかせてくれてありがとうって言いたいくらい」
彼女のその凛とした姿に、私は胸がぎゅっと締め付けられる。
「ねえ、もしよかったら、これからお茶でもしない? 斉藤さんと友だちになりたいな」
そういって差し出された彼女の小さな手を、私は両手でそっと握りしめた。




