023_冷め(恋の賞味期限)社会人、1169字
カチ、カチ、と部屋に響く時計の音が、いつもよりやけに大きく聞こえる。
さっきから、スマホの画面には彼からのメッセージが表示されたままだ。
「今日もお疲れさま! 明日、どこ行こっか?」
いつも通りの優しい言葉。いつも通りの、私を気遣う絵文字。
数ヶ月前の私なら、これを見ただけでベッドの上でゴロゴロ転げ回って喜んでいたはずなのに。今の私は、画面を眺めたまま、指一本動かす気になれない。
ふぅ、と小さくため息がでた。
―― 恋の賞味期限は切れた、あの時の熱はもうない。
認めちゃえば、驚くほどすんなりと胸に落ちてきた。
冷めてしまったんだ、私。彼のことが、もう好きじゃない。
あんなに大好きだったのに。
彼の手が少し触れるだけですっごいドキドキして、LINEの返信が遅いだけで世界が終わったような気分になっていたのに。
彼の髪型も話し方も笑った時に下がる目尻もそのすべて、四六時中彼のことで頭がいっぱいだったのに。
それが今じゃ、隣を歩いていても、なんのときめきもなく、ただ知っている人と歩いているような感覚しかしない。
彼が楽しそうに話す趣味の話も、前は「もっと知りたい!」って思って聞いていたのに、今は「へえ、そうなんだー」と相槌を打つだけ。
手を繋がれても、「温かいな」と思う前に「汗ばんでるな」なんて冷めた感想が頭をよぎる。
彼が悪いわけじゃない。彼は何も変わっていない。
ただ、私の中の何かが、静かに、でも確実に終わってしまっただけ。
―― 恋はいつか冷めるもの。
本で読んだことはあったけど
でも、まさか自分の熱が、こんなに綺麗に
跡形もなく消え去るなんて思ってもみなかった
冷めていく過程は、グラデーションみたいだった。
最初は小さな違和感で、その次は会う約束が少しだけ億劫になって、
そして気付けば、彼と過ごす時間よりも、一人で部屋で動画を見ている時間の方がずっと心地よくなっていた。
「明日、どこ行こっか?」
もう一度、携帯を見る。
このまま「どこでもいいよ」って返して、明日も彼を好きなフリして笑うことはできる。器用な女の子なら、そうやってやり過ごすのかもしれない。
でも、それは彼に対して不誠実だ。
私の冷めきった心の温度に、彼はいつか気付いて傷つくだろう。いや、もう薄々気付いているからこそ、あんなに健気に優しいメッセージを送ってくるのかもしれない。
胸がちくっと痛む。罪悪感はある。だけど、一度消えてしまった火は、どんなに薪を足したって、もう二度と燃え上がらない。
「ごめんね」
声に出して、誰にも届かない謝罪を口にする。
私は画面をタップして、文字を入力し始めた。明日、ちゃんと会って、この恋の終わりを告げるために。




