022_立ち直り(運命なんて信じない)社会人、1774字
カランコロンと、軽快な音を立てて喫茶店のドアが閉まる。
つい三分前、二年付き合った彼氏に「他に好きな人ができた」という、テンプレ通りの言葉で振られた。
手元に残されたのは、冷めきったカフェラテと、ぽっかり空いた心の穴。
普通ならここで涙の一滴でも流して、悲劇のヒロインを気取るべきなのだろう。少女漫画なら、外は都合よく土砂降りの雨が降っているはずだ。
しかし、窓の外を見上げれば、憎らしいほどの快晴。
「……はぁ?」
涙よりも先に、ふつふつと湧き上がってきたのは、途方もない怒りだった。
―― 何が「運命の人じゃなかったんだと思う」だ!
自分の浮気をきれいにごまかした風な言葉で言うな!
私はカフェラテを一気に飲み干し、伝票をひったくるように掴んで立ち上がった。
帰り道、駅前の交差点で、手相占いの看板が目に入った。
普段なら絶対スルーする汚れた路地裏。だけど今の私は、アドレナリンが過剰分泌されている。
「お嬢さん、今、大きな失恋をしたね?」
それっぽいローブをまとった占い師のおばちゃんが、水晶玉を覗き込みながら神妙な顔で言った。
「わかるよ。でもね、これは必要な別れだったんだ。本当の『運命の赤い糸』は、もっと別の場所に……」
「あの、すみません」
私はおばちゃんの言葉をぶった切って、机にワンコインを叩きつけた。
「私、運命なんて信じないんで!」
「えっ?」
「赤い糸がどうとか、あらかじめ決まってる未来なんて一ミリも信じられない。誰かに決められたレールの上で泣くくらいなら、自分で新しい道、ゴリゴリに舗装して進みますから!」
呆然とする占い師を置き去りにして、私は占いの館を飛び出した。
そうだ。もし運命が「お前は今、失恋して泣くべきだ」と言うのなら、私は全力で張り倒してやる。
家に帰った私は、すぐにスマホを開いた。
あいつとの思い出の写真は、フォルダごと全部ゴミ箱に入れて完全削除。
失恋=自由時間が爆誕
そう思考を切り替えた瞬間、やりたいことが怒涛のようにあふれてきた。
あいつが「派手な服は苦手」と言ったからクローゼットの奥に眠らせていた、真っ赤なワンピース。
「週末は一緒にいたい」と言われて諦めた、英会話スクール。
「よし、全部やる」
次の日から、私の反逆が始まった。
朝5時に起き、毎朝のランニングを開始。体脂肪を燃やすとともに、あいつの記憶も汗と一緒に流す。
次にイメチェン。髪をバッサリ切って、ハイライトを入れた。たったそれだけで、鏡の中の私は昨日よりずっと強そう。
そして空いた夜の時間は、ずっと興味のあったデザインの資格勉強。机に向かう時間は、誰にも邪魔されない私だけの聖域。
傷ついていないと言えば嘘になる。
夜、ふとした瞬間に胸がキリキリ痛むこともある。
だけど、そのたびに「あんなやつのために泣きたくない!」と口に出して、スクワットを10回する。
悲しみに暮れる時間を、自分を磨く筋トレの時間に変えてやった。
3ヶ月が経った頃。
私は、デザインの勉強を活かして、社内の新規プロジェクトのコンペに応募した。
結果は見事採用。
そのキックオフミーティングの席で、他部署のリーダーだという男性を紹介された。
「今回のデザイン、すごくエッジが効いててワクワクしました。よろしくお願いします、一ノ瀬さん」
爽やかに笑う彼は、あいつとは180度違う、芯の強そうな目をしていた。
「あ、ありがとうございます! がんばります!」
握手をした瞬間、ふと、あの占い師の言葉が頭をよぎった。
『本当の運命の赤い糸は、もっと別の場所に……』
いやいや、と私は心の中で首を振る。
これは運命なんかじゃない。私があの時泣き寝入りせず、頑張った結果がこの出会いを引き寄せたんだ。
「一ノ瀬さん、この後時間あります? プロジェクトの作戦会議を兼ねてコーヒー行きません?」
「あ、いいですね! 行きましょう」
私は、お気に入りの真っ赤なワンピースの裾をなびかせて、彼の隣を歩き出す。
未来がどうなるかなんて知らないし、知りたくもない。
だって、私の人生を決めるのは、運命じゃなくて私自身だ。




