017_現代_片思い(人生はマラソンだ)
「人生はマラソンだ」
昔、就活のCMか何かでそんなフレーズを聞いた気がする。
長い道のりを、自分のペースで、一歩一歩。
だけど今の私には、その言葉がちっともキレイ事に聞こえない。だってマラソンには、明確な「順位」と「ゴール」がある。
居酒屋のバイト先。
私の視線の先には、洗い場でテキパキとジョッキを片付ける拓海さんがいた。
シフトが被るようになって半年。私は拓海さんが好きだ。
だけど、私たちの距離は遠い。
物理的な距離じゃない。シフト中は軽口を叩き合えるし、おすすめのラーメン屋の話だってする。でも、それはあくまで気の合うバイト仲間の距離。一歩踏み込もうとするたびに、見えない透明な壁に阻まれる。
彼はいつだって誰にだって優しくて、私を特別扱いしてくれない。
そんな、足踏みばかりしている私のレーンに、突然とんでもないスピードのランナーが乱入してきた。
「ねえ先輩、拓海さんって彼女いるんですか? 私、拓海さんのこと、いいなって思ってて」
先週入ってきたばかりの女子高生、ゆいちゃんが、休憩室で無邪気にそんなことを言ってきた。
若さ特有のみずみずしさ、そして、自分の好意を隠そうともしない真っ直ぐな眩しさ。
「あ、いや……彼女はいない、と思うけど……」
「本当ですか!? やったぁ、じゃあ私、ガンガン話しかけちゃお!」
濁した私の返事なんて気に留める様子もなく、ゆいちゃんは嬉しそうにスマホを握りしめた。
その姿を見た瞬間、胸の奥が痛んだ。と同時に、ひどい焦燥感が波のように押し寄せてくる。
私は半年の時間をかけて、ようやくちょっと仲の良い後輩のポジションを手に入れたのに。
彼女はスタートラインに立った瞬間から、全力疾走を始めようとしている。
―― 負けるかな
そんな言葉が頭をよぎる。
私の方が先に彼を好きになったのに、そんなの、なんのアドバンテージにもならない。
恋愛というレースにおいて、私の半年間は、彼女の若さと行動力にあっさりと追い抜かれてしまうのだろうか。
「……何やってんだろ、私」
トングを握りしめたまま、小さくため息をつく。
人生はマラソンだーとかいうけれど、だからといって勝負じゃないはずだ。
誰かと競って、誰かを蹴落として、一番に彼の隣にゴールする。
恋愛をそんな風に捉えたくなんてなかった。彼への気持ちは、誰かに勝ち誇るための道具じゃない。
だけど、そうやって割り切れないのが、今の私。
「あ、拓海さん! さっき言ってたお菓子、これですよ!」
「お、わざわざ持ってきてくれたの? ありがと」
ホールから、ゆいちゃんの弾んだ声と、拓海さんの少し照れたような笑い声が聞こえてくる。
私の足は、まだすくんだままだ。
人生がマラソンなら、私はまだ中間地点。
だけど、負けたくない、と思ってしまったのも事実。
ゆっくりと深く息を吸い、エプロンの紐を結び直す。
勝負じゃない。でも、ここでリタイアするわけにはいかない。
大丈夫、私の道には私のゴールがある。
私は私のペースで、でも今度は少しだけ歩幅を広げて、彼のいる場所へ向かった。
元ネタは2012年…古すぎる




