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あの日、何かが壊れた  作者: 涼宮絵梨花


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2/4

開いてはいけない部屋

“知らない方がいいことも、確かに存在する。”


引っ越してから、一週間が経った。


築年数は古いけど、家賃は安い。

駅からも近くて、特に不満はなかった。


——あの部屋を除けば。


「なあ、この部屋ってさ…」


ダイニングで、ふと不動産の資料を見返す。


間取り図。


1LDK。


でも、実際は——


“もう一つ”部屋がある。


廊下の一番奥。


鍵がかかったままの、小さな扉。


「……」


内見の時は、確かに説明されていた。


『そこは物置みたいなもので、普段は使えません』


軽く流していた。


どうせ使わないと思っていたから。


でも——


気にならないわけがない。



その夜。


風呂から上がり、タオルで髪を拭きながら廊下を歩く。


足が止まる。


例の扉の前。


静かすぎる。


この部屋だけ、空気が違う気がする。


(……開けてみるか)


ポケットから、もらっていた鍵を取り出す。


“使わないでくださいね”


そう言われていた鍵。


少しだけ迷う。


でも——


カチャ。


音が鳴った。


開いてしまった。



ゆっくりと扉を押す。


ギィ、と嫌な音が響く。


中は暗い。


電気のスイッチを探して、手を伸ばす。


パチ。


明かりがついた瞬間。


思わず息を呑んだ。


何もない。


本当に、何もない部屋だった。


家具も、荷物も。


ただの空間。


「なんだよ…」


拍子抜けする。


こんなことで、変に怖がってたのか。


そう思った、その時。


——カタッ。


後ろで音がした。


振り返る。


扉が、ゆっくりと閉まっていく。


「……え?」


慌てて駆け寄る。


ドアノブを掴む。


引く。


——開かない。


「おい、ちょっと待て…!」


力を入れる。


びくともしない。


さっきは普通に開いたのに。


「なんでだよ…!」


ドン、と扉を叩く。


音が、やけに響く。


まるで、この部屋だけが別の場所みたいに。


「誰か…!」


叫ぶ。


もちろん、返事はない。


スマホ。


ポケットから取り出す。


圏外。


「……は?」


そんなはずはない。


さっきまで普通に使えていた。


壁にもたれる。


呼吸が荒くなる。


落ち着け。


ただの故障だ。


扉だって、何かの拍子で——


ふと、気づく。


床。


違和感。


目を凝らす。


うっすらと、何かが見える。


これは——


文字?


しゃがみ込む。


手で埃を払う。


そこにあったのは。


無数の、引っかき傷。


そして、同じ言葉が何度も刻まれていた。


“あけるな”


“あけるな”


“あけるな”


「……っ」


背筋が凍る。


その時。


部屋の奥。


暗がりの中で、何かが動いた。


「……誰かいるのか?」


声が震える。


返事はない。


でも。


確かに、“いる”。


じっと、こっちを見ている何かが。


一歩、下がる。


足がもつれる。


視線を逸らせない。


暗闇の中で——


“それ”が、少しずつ形を持つ。


人のようで。


でも、人じゃない。


顔が、ない。


代わりに——


無数の、引っかき傷。


まるで、さっきの床と同じように。


「やめろ…来るな…」


後ずさる。


壁にぶつかる。


逃げ場はない。


その瞬間。


耳元で、声がした。


「だから言ったのに」


——開けるなって。



次に目を開けた時。


俺は、廊下に立っていた。


あの扉の前。


閉まっている。


何事もなかったように。


震える手で、ドアノブに触れる。


鍵は、かかっていない。


ゆっくり開ける。


中は——


空っぽだった。


ただ一つ。


床に、新しい傷が増えていた。


“みたな”


読んでくれてありがとう。


開けてはいけないもの。

触れてはいけないもの。


それは、すぐそばにあるのかもしれない。


次回——

「増えていく写真」


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