消えた既読
“見えているものが、すべてとは限らない
朝、目が覚めてすぐにスマホを手に取る。
癖になっていた。
画面を開く。
《美咲:おはよう》
昨日の夜、23時に届いていたメッセージ。
(…返信、してなかったか)
軽く息を吐いて、指を動かす。
《おはよ》
送信。
数秒後、既読がついた。
いつも通りだ。
何もおかしくない。
…はずなのに。
なぜか、胸の奥に小さな違和感が残った。
⸻
昼休み。
コンビニのイートインで、もう一度スマホを開く。
《美咲:今日、何時に終わる?》
時間は12時03分。
さっき届いたばかりだ。
(…早いな)
そう思いながら返信する。
《18時くらい》
既読。
…すぐに、既読。
(こんなにタイミング合うか?)
たまたまだろう。
そう思い直して、スマホをポケットにしまう。
⸻
仕事終わり。
時計は18時を少し回っていた。
外は、もう暗い。
歩きながら、スマホを開く。
《美咲:迎えに行こうか?》
時間は、17時52分。
(…なんで分かった?)
背中に、冷たいものが走る。
いや、偶然だ。
いつもこのくらいに終わるって、話したことはある。
そう、偶然。
そう決めつける。
《大丈夫。もう帰る》
送信。
既読。
やっぱり、すぐに既読。
⸻
帰宅。
玄関のドアを開けた瞬間、妙な静けさに気づく。
…こんなに静かだったか?
靴を脱ぎながら、リビングを見る。
誰もいない。
当たり前だ。
一人暮らしなんだから。
「……はぁ」
無意識にため息が漏れる。
スマホが震えた。
《美咲:おかえり》
その一言に、足が止まる。
(なんで…)
時計を見る。
19時12分。
俺が家に入った、ちょうどそのタイミング。
《今、帰ったの?》
打つ。
送る。
既読。
…既読。
《うん》
短い返事。
それだけ。
⸻
その夜。
どうしても気になって、通話をかけた。
コール音が鳴る。
1回。
2回。
3回。
ガチャ。
「もしもし?」
いつもと同じ声。
少しだけ、安心する。
「なあ…」
言葉を探す。
でも、うまく出てこない。
「今日さ、なんか…」
言いかけた瞬間。
彼女が、先に口を開いた。
「ねえ」
声のトーンが、少し低い。
「なんで気づいたの?」
——え?
「え、何が…」
思考が追いつかない。
沈黙。
そして、ゆっくりとした声。
「だって」
その一言で、空気が変わる。
「ずっと見てたのに」
心臓が、強く打つ。
「朝も、昼も、帰りも」
息が止まる。
「ちゃんと全部、見てたよ」
——どこから?
喉が乾く。
声が出ない。
「ねえ」
彼女の声が、すぐ近くで聞こえた気がした。
「今も」
背後で。
「見てるよ」
その瞬間——
後ろで、“何か”が動いた。
⸻
振り返る。
誰もいない。
でも。
リビングのテーブルの上。
俺のスマホとは別の、もう一台のスマホが置かれていた。
画面が光っている。
そこには——
“通話中”
そして、映っていた。
震える手。
怯えた顔。
後ろを振り返る——
俺の姿が。
読んでくれてありがとう。
日常の中にある「少しの違和感」。
それに気づいた時には、もう遅いのかもしれない。
次回——
「開いてはいけない部屋」




