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私だけが村人のスローライフ  作者: プロット・シン
第一章【村人発見】
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28/30

life 28〔三つの死地、鳴り響く〕

「っ……!」


 ――大柄なメイドの無骨な一撃。

 まともに受ければ、骨ごと砕かれるのではと思えるほどの破壊力、を間一髪で躱す――ものの、息をつく暇はない。

 左右からは小柄の姉妹メイドが、素早い散開から連携攻撃を仕掛けてくる。

 さらに当初から相対していたメイドも淡々と、隙を的確に狙って短刀を振るう。

 圧倒的な数の不利である四対一、反撃の糸口すら掴めず、ただ必死に逃げ回るしかなく。

 幾度となく、刃が肌を掠め、奇跡的とも言える身のこなしで生き延びている。

 が、それも、もはや限界――。

 荒い息を吐きながら後退し、背中が何かにぶつかった。

 振り返らなくともわかる。そこには、――ただ呆然と立ち尽くす妹のエイミーがいる。

 これ以上の退路はない。逃げ場すらも、完全に失ってしまった……。

 再び迫り来る四つの殺意の前に、自身の体力もまた限界を悟る。

 もう、持ち堪えることすらできない。

 でも、せめて、妹だけでも。

 その思いだけで、背後にエイミーを隠すように今一度、立ちふさがる。


「待ってください……! ボクは、ボクはどうなってもいい……! だからっ、せめて妹だけでも見逃してくださいっ!」


 薄暗い廊下に、自分の悲痛な懇願が響き渡る。

 しかし、当初から居るメイドが、冷たい瞳でこちらを見据えて、冷淡な声で言い捨てるように告げた。


「アナタ方の事情など考慮しません。アヤネ様のため、ここで確実に排除させていただきます――」


 無情な却下の言葉を、合図に。――メイド達の凶器が一斉に振り上げられる。


「……お姉ちゃん」


 背後から、かすかに震える声が届いた。

 なすすべもなかったボクは、最期を覚悟した妹の呟きに、思わず、視線を後ろへと向けてしまう。

 ごめんね、エイミー。そう、心の中で謝ろうとした視界の端に、あるものが映り込む。

 妹のすぐ後ろ、の壁。そこにあったのは、手を伸ばせば届く距離にある――扉、だった。

 ――まだ。

 考えるよりも先に、体の方が動く。

 反射的な速度で、取っ手へ手を伸ばし、勢いよく手前に引き開ける。


「ぇ、なに――っ?」


 驚く妹の腕を掴み、そのまま部屋の中へと強引に引っ張り入れる。

 すぐさまバタンッと音を立てて、――扉を閉ざした。


「“お姉ちゃんッ?”」


 部屋の中から、戸惑いと悲痛が混じった妹の声が聞こえてくる。

 エイミーが外へ出てこられないよう。ボクは、扉に背を強く押し当てて全体重をかけた。

 これで、妹は、安全だ。

 一つだけ深く息を吐き出し、前を向く。

 ボクは背中で扉越しに妹の存在を感じながら、再び迫り来る四人のメイド達へと決意の視線を向けた。

 震えそうになる足に強く力を込め、金属の重みを掌に感じ、再び盾を構え直す。

 次いで剣の柄を握り込んだ瞬間、ボクの中で、門衛騎士の闘志が戻ってくるのを感じた。

 ボクは“門衛”騎士だ。

 護るべき門があるのなら、決して退くわけにはいかない。

 大柄なメイドが正面から力強く踏み込んでくる、その手は、純粋な破壊のナックル。

 それでも、後ろに控えていたメイド達も、容赦なく襲いかかってきている。

 先陣を切る拳が、空気を裂いて――迫る。

 この場での回避は完全に不可能。

 その場に居る誰もが、そう確信するほどの圧倒的な死地。

 まともに受ければ、盾ごと、背後の扉すらも粉砕して吹き飛ばされるであろう、破滅の一撃。が逃げ場のない一直線の軌道で騎士へと、――激突する。

 ガギィィィンッツ!

 すさまじい金属音と共に、暴力的な衝撃の火花が散る。

 次の瞬間。

 追撃を仕掛けようとしていた三人のメイドはおろか、拳を振り抜いたはずの大柄なメイドまでもが、驚きのあまり、ピタリと動きを止めた。

 目の前で起きている現実が理解できず、彼女たちの表情が、ありありと困惑に歪む。

 それは――。

 吹き飛ばされ、無残に叩き潰されているはずの相手が一切動じることなく、立ち止まっていたから。

 ――けれども盾の表面は凹み、一時的に、腕の感覚が麻痺するほどの凄まじい手応えはあった。

 でも、ボクは一歩も引いていない。

 足の裏で絨毯を踏みしめ、微動だにせず、その必殺の一撃を受け止めた。

 特性としては知っていたが、実戦を経験するのはこれが初めてのコト。

 門衛――。


“その職を得た者は、自らの背後に門となる状況を背負った際、本領を発揮する”


 ――騎士としての持ちうる力の全てが、今、冴え渡る。

 驚愕に目を見開く大柄なメイド、――その瞬間を見逃さず。

 衝撃を受け止めた体勢から、凹んだ盾を力強く前へと突き出す。

 渾身の、シールドバッシュが――無防備な巨体を的確に捉えて、先ほどよりもより凄まじい音を放つ。

 それを受けて、屈強な体はたまらず大きくよろめき、後退していった。


「……!」


 屈強を誇るメイドが、信じられないものを見るかのように目を剥く。

 四人のメイドは、明らかに狼狽え、警戒を強めているのがわかる……。

 しかし、当のボク自身は、この状況が決して有利になったとは思っていなかった。

 背後には妹のエイミーもいる。この扉を護り抜くために、絶対に、この場を離れるわけにもいかない。

 つまりは、……下手に動くことができない。

 結果として回避という選択肢を完全に捨て、場に立ち続けなければならない状況は、かえって動きづらく、自身をひどく窮屈な現状へと追い込んだのと同じ事。

 そんな、膠着しかけた空気を破ったのは、当初からの、他三人のメイドを先導していたメイドだった。


「……なぜ、そこまで自らを追い込めるのですか?」


 氷のように冷たかった彼女の表情がわずかに歪み、不可解な面持ちで視線を向けている。

 その質問に対し、ボクは真っ直ぐに相手を見据え――。


「――ボクは、門衛騎士である以上に、大切な人を護りたいと思っているだけです」

「大切な人……。それは、後ろの扉へ隠した方のことでしょうか?」


 メイドの問いに、ボクは首を横に振ることはなく、けれども、ハッキリと。


「もちろん、妹のエイミーも。……けど、今ボクが護るべき人は、アヤネ様ですっ!」


 アヤネという言葉を聞いた瞬間、メイドの冷ややかな瞳が大きく揺らぐのが見えた。

 思えば彼女も先ほど、アヤネ様のコトを口にしていた。


「……わたくしは、何か……誤解を?」


 メイドの構えている短刀が僅かに下がる。

 次いで唇が開きかけた、その時だった。

 ――ドドドドドドォォォォンッ。


「『えっッ?』」


 唐突に、館全体を揺るがすほどの激しい揺れが襲いかかった。

 廊下の窓の外からは、目を焼くようなまばゆい閃光が、辺り一帯を真っ白に覆い尽くす。

 ボクは咄嗟に身を屈め、手にしていた盾で顔を覆い隠――。


  *


 壁を蹴り、上部へと跳ぶ。

 直後に実体を持った刃が直前の空間を切り裂く。

 眼下の、館の主、領主ロエンが忌々しげに、忍びを見据える。

 見た場所に実体を持った剣を創り出し、対象を切り裂く厄介な魔導書の力……。

 その凶刃を、躱し続けることはできているものの、決定的な反撃には及べず、防戦一方の状況が続いている。

 ……このままでは時間だけが徒ずらに過ぎていく。

 アヤネ様の身に危険が迫っているやもしれぬこの状況で、これ以上の足止めは危惧すべき事態だ。

 ――なれば、いちかばちか。

 攻撃に転じる、決意を固める。

 ロエンの追撃を間一髪で躱すと同時に、大きく身を翻して彼の視界の外へと完全に脱す。

 すぐさま、印を結び、忍びの技を発動させる――分身の術、だ。

 生み出された数体の分身が共に死角から飛び込み、領主へと一斉に攻撃を仕掛ける。

 だが。


「……分身とは、驚きましたね」


 領主の視線、その一瞥の一線で、実体剣が生み出され、突撃した分身たちは瞬く間にすべて切り裂かれ――消え去っていく。


「しかし、配置が単純過ぎて、全く意味をなしていませんよ」


 余裕を含む声で告げる領主ロエン。

 が次の瞬間、――彼の表情から余裕は消え去った。

 自分に向かって単純に襲いかかってきた分身たちの配置、斬り捨てられた後に残る違和感の像、軌跡――そこに隠された真の狙いに、ロエンは気付いたのだろう。

 既に遅し。

 拙者が並べた単純配置の分身体は、その目で一直線に実体の剣を創り出させるための囮。

 今もまだ、空中に出現している一時の実体剣、それが床に落とす影――へ、拙者の影渡りが中を滑るように転移し瞬く間もなく領主ロエンの、背後へと瞬間的に移動する。

 気づいた時には、すでに遅し。

 完全に背後をとり、領主の首筋へと刃を押し当てる。

 自らの敗北を悟ったか、動きは完全に止まった。

 まさにその時だった。

 ――ドドドドドドォォォォンッ。

 激しい揺れが襲いかかった。

 辺りを、真っ白な光が――。


  *


 陽光が燦々と降り注ぐ庭を跳びはね、少年の姿をした神獣は、警備兵たちの捕獲をひたすらに避け続けていた。

 月狼の力をもってすれば、それは容易かった。

 しかし、徒労を強いられる警備兵たちの苛立ちは限界に達していた。


「クソッまるで犬みたいにすばしっこい……!」


 一人の警備兵が苛立たしげに吐き捨てた、その言葉が、突如として庭の空気を震わせる。

 跳びはねていた少年の足が、ピタッと止まった。


「……犬、だと?」


 月光色の髪を僅かに揺らし、少年がゆっくりと警備兵たちへと振り返る。

 無遠慮にガチャガチャと鳴っていた鎧の音すらも消え失せ、庭は完全な静寂に包まれていく。その、圧倒的な強者の気配に、誰も一歩を踏み出すことすら許されず、警備兵たちは現状を保ったまま、ただ立ち尽くす――。

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