life 23〔宿命的恐怖、だって一般人だもの〕
ガシャン!
……ぇ? と思った瞬間には遅く。
足の裏から伝わってきた不吉な感触と、警報音の後、部屋の天井から凄まじい勢いで鉄格子の柵が滑り落ちてきた。
ドゴォンッ!
派手めの衝撃と共に舞い上がる埃のニオイ。
気がついた時には、私は部屋の半分――よりによって、逃げ場のない台座側に。
しっかり、きっちり、頑丈な鉄の檻に閉じ込められていた……。
「……ウソでしょ」
ジリリリリリリリリッツ!
隠し部屋の外、廊下の方からも容赦なく大音量の警報ベルが鳴り響いている。
やってしまった。
これ、完全に現行犯逮捕のフラグだ。
冷や汗が背中を伝い、心臓も爆発しそうなほどに跳ね上がっていく。
当然、鉄格子を掴み、少し揺らしてみるもののビクともしない。
終わったわ。
これで今日から、私は立派な犯罪者の仲間入りだ。
さらば平凡な村人生活。
まさかこんな別れになるとは……。
そう、自分に言い聞かせていると、バタバタバタッと廊下を駆ける足音が近づき、中途半端に停止している部屋の扉を、通って。
「何事――ッ?」
室内に飛び込んできたのは、おそらく、この館のメイドさんだった。
彼女は鳴り響く音の中で、部屋の状況を一瞬で見渡し、そして――私と目が合う。
「あ、アヤネ様ーーーっッ?」
どうも、ごめんなさい。
案の定の展開。
うん、分かります。
その驚愕に満ちた表情は――。
部屋に無断で入り、警報を鳴らした不届き者への。
ああ何か、一応の言い訳でも、私に弁明の機会を。
「――なんてことでしょう……っ! よりによってアヤネ様を、無礼極まる装置で捕らえるなんて……っ!」
ぇ?
頭上でハテナが重複する。
そんな私を見ながら、メイドさんは両手で顔を覆い、この世の終わりかのような感情の高ぶった声を発し。
「申し訳ございません、アヤネ様! 館の防犯装置がまさか村人であるアヤネ様を誤認するだなんて……っ!」
何の誤認だ、これはしかるべき措置の結果だよ。
「――いや、その……、私が床のスイッチを踏んじゃったというか、完全に……」
「なんと、お怪我はございませんかっ?」
見たまんま、心拍数以外は正常だよ。
「ああ、今すぐにお出しいたしますので! たしか装置の解除は、地下の管理室の、隠し部屋に……っ!」
「そこは隠さなくてもいいでしょ」
しかしメイドさんは私の声など微塵も耳に入っていない様子。
で、くるりと反転し檻に背を向ける。
「今すぐ、俊足のスキルで解除して参りますので! どうかそのまま、お待ちくださいませーーーーーっ!」
「ぁ、ちょ」
何気なく引き留めるために出した私の手は、虚しく。
メイドさんが、獲物を追う獣並みのスピードで、廊下へと飛び出していった。
……残されたのは、止まぬ警報と、ただの村人。
力なく鉄格子に頭を預け、ただただ、遠い目をして床を眺め。心の内で呟く。
メイドって、俊足スキルとかあるんだ……。
*
生い茂る、物陰――。
シロは低く身をかがめながら、立派な館へと視線を走らせていた。
「……えっと、どうしましょうか?」
と、小さく息を吐いてから、周りに控える面々へと声をかける。
「――どう? アヤネのニオイは確かにこの中からだ。さっさと見つけて、連れ帰ればよかろう?」
フンと鼻を鳴らし、髪が月光色の少年――神獣が、その瞳の奥に隠しきれない野生の輝きをみせて告げる。
「見るからに脆そうな箱ではないか、我の力をもって、正面から叩き潰してくれようぞ」
「……さすがに、それは駄目ですよ……」
「ヌ、何故だ?」
すると。
「お二人とも、お静かに」
ヒトリ黙々と気配を消しているカグヤが、断固とした口調で述べる。
「神獣様、力任せの破壊はアヤネ様に危険が及ぶ可能性があります。ここは、拙者にお任せていただくのが賢明かと……」
その発言に、シロが救いを求めるような気持ちで。
「カグヤさん、何か良い案がありますか?」
「はい。拙者が、これより館の裏口へと回り、侵入経路を確保してまいります。扉の開錠が終わったら、一度ここへ戻りますので、皆での侵入はその後に……」
「なるほど……! よろしくお願いしますっ!」
「……。――では、しばしの間、お待ちを――」
――カグヤの腰がわずかに落ちる、と次の瞬間、葉の擦れる音さえ残さずその姿がふっと掻き消える。
「ホゥ。人の子にも、オモシロいのがいるのだな」
ただ少し退屈そうにも見える、少年の顔。
シロは、ゴクリと唾を飲み込み。静まり返った館を、じっと見つめ直す。
アヤネ様どうかご無事で。と、祈りながら。
*
ジリリリリリリリリッツ!
穏やかな昼下がりの歓談を切り裂くように、けたたましい音が館中に響き渡った。
芳醇な酒の香りと燻製肉の匂いが漂う応接室。
上機嫌でグラスを傾けていた一国の王、ベルジックは、眉をひそめて盃を置く。
「……む? 何の騒ぎだ?」
「――はて?」
向かいのソファで顔を赤くしていた領主ロエンも、キョトンとし天井を見上げる。
ただすぐに、彼の表情からスッと酔いが引いていく。
「この音は……館の防犯装置ですね……」
「ほう。こんな白昼堂々と、忍び込む愚か者がおるか。感心するほどの度胸よ」
「まさか、……警備の者も配置しておりますし、容易に辿り着けるような場所では――」
そこまで言いかけて、ロエンの言葉がピタリと止まる。
彼の思考に、忘れていた一つの重大な事実が、ふり返る……。
「ロエン? どうかしたのか? 顔色が悪いぞ。もしや、何か心当たりでもあったか?」
ベルジックが値踏みするような眼で見、尋ねる。
「陛下……、アヤネ様はまだお戻りになりませんね……?」
「ぬ。確かにそうだが、この音と関係があるのか?」
「分かりません。が、万が一にもアヤネ様の身に何かあっては、と……」
途端に勢いよく立ち上がるロエン、応接室の扉へと顔を向ける。
「すぐに戻りますゆえ、陛下はどうかそのままに」
「気にしすぎではないか? ぁ、おい、ロエン!」
王の制止を聞かず、領主は歩みも止めぬまま。
「すぐ戻ってまいります」
言い残し、ロエンが廊下へと出ていく。
結果、残されたベルジック王は、まだ中身の残ったグラスを手に取り、一人静かに瞬く。
「……領主にしておくには、本当に惜しい奴よ……」
ポツリとこぼした王の呟きは、ようやく鳴り止んだ警報の音と同じく空虚に無音となる。
*
微かに、しかし確かな異音がシロたちの隠れる茂みへと届く。
それに真っ先に反応したのは、やはり神獣だった。
「――ヌ?」
月光の髪を揺らし、少年が耳を澄ませるような仕草で、館の方に鋭い視線を向ける。
「どうかされましたか、神獣様?」
「聞こえぬか、白騎士よ。向こうから何やら耳障りな音が鳴り始めたぞ……」
エっと、言われて意識を耳に集中させるシロ。
応じて門衛騎士の耳にも、その音が届いてきた。
「……これは、何かの、警報の音でしょうか?」
「なんだそれは?」
「えっと。誰かがあの館に忍び込んで、見つかったのだと思います」
それを聞いて、少年の鼻が呆れたようにフンと鳴る。
「ではさっきの者が早々にヘマをやらかしたのだな。人の子とはつくづく不便なものよ」
「ぁ。ぇ、でも……」
それにしては殆ど間もない。
けれども、音は現に鳴り響いている以上、異常事態であることは――確か。
「……神獣様。カグヤさ――裏口の方へ、様子を見に行きませんか……?」
そう言って、シロが腰を浮かしかける。が。
「待て」
少年から出る低い声が、それを制止する。
「……はい、何でしょう?」
「よいか、考えなしに動くのは愚かぞ。我らがここを離れれば、正面は手薄になるのではないか?」
「確かに……」
「もしも、アヤネがこの騒ぎに乗じて姿を現した時、誰も助けることができぬのは愚策ぞ。それに、向こうから敵が出てくれば見過ごすわけにもいかぬしな」
なるほど、もっともな理屈だ。
神獣の言葉に、シロは深く頷く。
「分かりました。では正面は神獣様にお任せします。ボクは、単独で裏口へ回り、状況を探ってきます!」
「うむ、行ってくるがよい白騎士よ。手こずるようならば、盛大に鳴き、我を呼ぶのだ」
「――善処しますっ!」
そうしてシロは華やかに返答すると、草葉の擦れる音を最小限に抑えつつ館の裏手へと急ぎ足、その場を離れていった。




