life 22〔予告状は要りません、何故ならただの村人だからです〕
「ロエンよ、相変わらず良い酒を隠し持っておるな!」
「滅相もございません、陛下。お口に合いましたのなら、わたしも報われます」
「だから陛下はよいと言っておるであろう!」
木々の枝から溢れる陽光が、館の広い応接室をあたたかく満たしているような、穏やかな午後……?
目の前では一国の王であるベルジック陛下と、この地を治める領主ロエン様が、昼間っから楽しげに盃を傾けている。
部屋のなかに漂うのは、芳醇な香りと、上質な燻製肉の香ばしい匂い。
グラスのチリンという涼やかな音が響くたび、二人は満足そうに揺れ、笑い声は部屋を震わせる……。
……――帰りてぇ。
都にではなく、私の村に。
来た当初は久しぶりの都と浮かれていたが、今や昼下がりのぬるい空気に二人の熱気で居心地も悪い。
というかさ、高級っぽい肉や魚の料理が続々と運ばれてきて机の上に――ハーブティーや銀の皿をおしのけて並ぶのだけど。
ただの村人である私には、関係ないよね……?
「どうされましたか? アヤネ様。それらは全て、この国の村人であるあなたの為だけに作らせているのです、どうかお召し上がりください。そのほうがこの館の料理番も生まれてきた甲斐を実感するでしょう」
なんでよ。どういう教育をしたら、そんな庶民派のシェフになる。
まぁ、でも……。
折角だし――。
「――……それなら、お言葉に甘えて……」
「ええ。もしもお口に合わなければ、即解雇をいたしますので、ご遠慮なく」
そんなコト言われたら味も消え去るわ。
……ああ。誰か、私を助けに。――白馬の王子様は、いずこ……?
「ウマい! もう一杯だっ!」
おっさんは臓器を労わってやれよ。ホントに……。
*
ゴトゴトと一台の馬車が街道を突き進む。
御者台で手綱を握るのは、忍び。その無駄のない手さばきに応えるよう、馬の蹄が乾いた音を立てて規則正しく、ついに森の中へと吸い込まれていく。
「してシャイの者よ、キサマの名を告げよ」
シロの頭の上でしきりに鼻を動かしていた、少年の姿をした神獣が唐突にきりだす。
それはほとんど肩車のような格好で、シロの髪を容赦なく掴みながら、身を乗り出して尋ねている……。
「……拙者は、カグヤと申します。以後お見知りおきを」
「ふむ。なにゆえ覚えておく必要があるのだ?」
「……それは」
途端に首の痛みで顔をしかめつつ、シロが御者台の方へと顔を向ける。
「神獣様、それはさすがに失礼ですよ……」
「失礼? ナゼだ? それよりも、我の鼻を外側に向けねばアヤネの匂いがハッキリとは追えぬぞ」
「ぁ、スミマセンっ」
ぐるりとシロの顔が元の、馬車荷台の側面へと正面を向けなおす。
「――クンクン、スン……。うむ、やはりこの森の奥にアヤネの匂いは向かったようだ」
「森の奥ですか……? どうしてアヤネ様はそんな所に……」
首を傾げる、シロ。その所為で神獣は若干落ちそうになるが、堪える。
「この先は、この地域を治める領主の館がございます。そこに向かわれたとしか……」
「……領主の館、ですか?」
「はい。たしかお名前はロエン、ロエン・ハルフォード様だったかと存じます」
「……ハルフォード」
「――ご存じでしたか?」
「知っている、と言いますか……。その、この辺りでは有名な御領主様なので……、でも、どうしてアヤネ様はそんな領主様の、所に……」
「そうですね。拙者の知るかぎりでは悪い噂を、あまり聞かない方ですが」
「……それなら安心、なのでしょうか……」
そう呟きながらもシロの心は晴れない。
馬車が森のさらに奥へと進むにつれ、頭上を覆う青葉の擦れ合う音もザワザワと騒ぎ始める。湿った土と、木々の濃厚なニオイもまた、鼻をつく。
「フン、人の子とてオスなれば君臨するものぞ」
「ぇ?」
「オスである以上、極上のメスは自らを高める贄や証。アヤネほどの村人が領地に入ったと知れば、手をこまねくはオスの恥ぞ」
「で、では、アヤネ様は領主様の、貢ぎ物としてさらわれたのですか……?」
「十中八九それしかないではないか?」
……そんな。
「むろんそんなコトは我が許さぬ。アヤネは我のものぞ、人の子でなくとも、月狼の支配下にあるものは果たし合って手にするのが流儀。礼儀を知らぬ者には相応の罰を下さねばならぬ」
「……神獣様」
「案ずるな、白騎士よ。必ずや我がアヤネを取り戻してやる。キサマはこの荷車で休んでおるがよい!」
そう言って、少年の姿をした神獣が、シロの頭の上で腕を組む。
ただ門衛騎士は、頭皮も引っ張られて、地味に痛かった……。
*
「――ガハハ!」
室内に響き渡る中年おやじの笑い声。
もはや耳にタコができるのを通り越し、イカでも寄ってきそうなほど同じ話を繰り返す。
このままでは、私の貴重な昼下がりが生ぬるいアルコール臭で汚染されてしまう……。
自ら限界を察して、すっと立ち上がる。
「……あの、お話の途中ですみません。少々、お手洗いに……」
「おっと、これは失礼。アヤネ様、部屋を出て右の廊下をまっすぐ進み、二つ目の角を左です。その突き当たりに、ございます」
領主のロエン様が、すかさず紳士的な笑みを浮かべて教えてくれる。
「ありがとうございます。……では、失礼します」
一礼し、部屋の扉へと――そして開け。息苦しかった空間から、――脱出する。
パタンと扉を閉める瞬間、背後から再び「ガハハ!」と声が聞こえた。
ふぅ……。――生き返った。
すぐに大きく深呼吸をする。
部屋とニオイから解放され、今度は廊下に漂う絨毯の上品な匂い。
さて、と。言われた通り、右へ。
トストスと弾力のある絨毯の上、館の廊下を歩く。
それにしても、広い……。
さすがは領主様の館と言うべきか、天井は高く、壁には誰だか分からない肖像画が等間隔で並び。こちらを見下ろしているみたいで、ちょっとだけコワい。
一つ目の角を通り過ぎ、さらに直進。
ええと、二つ目の角を左だったよね……。
自分の足音だけが、静まり返った廊下に吸い込まれていく。
ん? 今、二つ目の角だったよね?
目の前に広がった、さっきと同じような、けれど微妙に違うっぽい。
――まだ続く、廊下。
突き当たりって、どこよ……。
あると言われた扉は見当たらず、代わりに左右にいくつもの同じデザインのドアが並んでいる。
あれ? そもそも、扉があるとは言われていない気もする。けど……。
足を止めて、ひとまず回れ右をしてみる。
あれ? 私って、どっちから歩いてきたっけか?
前後で同類の壁紙と、窓から差し込む陽光が廊下でキラキラと輝いている。
迷った。これは、迷子というやつだ。
次いで冷や汗がじわりと首筋を伝う。
誰もいない静寂が、余計に焦りをも煽ってくる。
とにかく、誰か使用人でも通らないのかと、気休めに近くの壁に手を伸ばす。
しかし壁に手の平が触れた瞬間。
カチリ。
ぇ?
続いて、カコンと手を乗せていた壁が――くるりと回る。
うわっ! っと、とっと、と。
予想外の移動に逆らえず、壁が回る勢いに乗って動く。
直後の暗がり、が明るくなって、ガコンと背後で音も鳴る。
……ぇ?
慌てて振り返り、今しがた通り抜けた壁を見る。
壁は、完全に閉じるでもなく、中途半端に半分ほど回転したところで停止していた。
これっていわゆる、隠し扉? というコトは、今居るこの場所は――。
「――……隠し部屋だ」
一旦状況は考えない事とし、室内を見渡す。
少しひんやりとした空気。
広さは、ちょっとした物置か、シングルルーム程度で。窓はなく、異様な存在感を際立たせている。
そして。
部屋のちょうど真ん中あたりに、ポツンと石の台座があった。
上には、鈍い光を放つ一体の銅像。
「……なに?」
吸い寄せられるように、トストスと台座の方へと、近づいていく。
台座の手前まで迫り、その銅像の顔でも覗いてみようとした、その時――。
カチッ。
――足の裏から、何とも嫌な感触が伝わってきた。
案の定。
ジリリリリリリリリッツ!
やっちまったよ、とっつぁん……。




