life 21〔領民に上げる頭はございません〕
日中の光も届かない路地の陰で、さらに深い影が立っている。
装束に身を包んだその人物は、まるで最初から居たかのよう。
微動だにせず。
「アヤネ様は今も、とある人物共々ご存命です」
「それは分かっておる、さっさと居場所を告げよ」
キッパリと、雰囲気を断ち切る神獣。
シロは少し気まずさを感じ。
「……、――とある人物とは……?」
「……はい。とある人物としか、言えません」
何だソレは。
「何だそれは、いいからハッキリと言え。さもなくば五体を引き裂き、」
「神獣様っ」
「ぬ、――何だ? 白騎士よ」
「ここはボクが、代わりにこの方とお話しますっ」
「何故だ? 我ではダメなのか?」
「ぇっと、こ、この方は少しシャイな方なので! 同じ人のボクのほうが話しやすいと思いますっ」
「……なるほど。確かに、これほど布で肌を隠す人の子は見たことがない……。同族であればという意見も同感だな。――よし、我は下がって見ていよう。頼んだぞ、友よ」
「はいっ!」
そして応えるように、少年が一歩後ろに下がる。
その動作だけでも、場の空気は一気に変わった。
細長い視界と、目を合わせるシロ。
「……申し訳ございません」
「い、いえ、――それでお話というのは……?」
良かれと思ったが、逆にシロは忍びない気持ちとなりつつも問い合わせる。
「はい、実は拙者は大臣の任でアヤネ様を捜索することとなった、忍びの者なのですが。おそらく、アヤネ様と一緒に居られる方は我が国にとっても重要な人物でして」
「重要な人物ですか……」
「はい。それで、言い難い事なのですが……、是非ともお二人のお力をお借りしたいのです……」
思わぬ共同の誘いに、刹那シロの思考が停止する。
が、直ぐに頭を働かせて。
「ボク達が、ですか……?」
「はい。お二人に」
てっきり、アヤネの情報を伝えに来たのだと思っていた門衛騎士。
戸惑いは隠せず、しかし他に本人へと続く当ても無い。
「そういうコトなら……、ですが、一体なにをすれば……?」
「本当ですかっ、助かります! 拙者、助かります! ――ぁ」
次いで謎の沈黙。
二人の間に、不可思議な空気が漂う。
それを断ち切ったのは、やはり。
「話は済んだか? であれば、アヤネのニオイが向かった先へと行くとしよう」
二人が同時にエと声を出す。そして顔を見合わせた後、片側の代表が――。
「――……分かるのですか?」
「うむ。我の鼻をもってすれば簡単だ。先程まではアヤネの痕跡が薄く、確かではなかったが、今はある方向へと向かったのが分かるぞ。……ただ、なんだ、アヤネのニオイに混じって酸っぱい臭いがするのだ、……何だ?」
当然の様に二人が首を傾げる。
その僅かなニオイは、神獣にしか察知する事が出来ていないからだ。
「……何でしょうか?」
「ううむ……、まあよい。とにかくアヤネの方へと行くぞ、――ほいっと」
予備動作もなく、ふわりと地を蹴って、シロの肩に飛び乗る少年。
あたふたとしながらも、肩車の安定は保たれる。
と同時に一つの疑問を口にする。
「ぇ、……またボクが?」
「ほれほれ、あっちぞー」
急かす少年の足。
「わわっ」
走り出す、もう止められない。
「其処の者もついて参れ! わっはっは」
先を行く二人の背中が、騎士の脚力にて予想以上の速さで遠ざかっていく。
忍びは慌てて地を蹴り、呼吸を乱さぬ歩行で、その後を追う。
楽しげな少年の笑い声。
応えるように、なりふり構わず踏み出す騎士。に、忍びの静かな疾走が追いつく。
「そこを右ぞ!」
「――ひぃ」
…
焼けるような肺を震わせ、ついに目的の場所で騎士は足を止めた。
今まで耳元で鳴っていた風の音は消え、代わりにさらさらという低い川のせせらぎが入り込んでくる。
ただソレも、現状のシロには爆音で鳴る心臓の所為で殆どが呼吸の下。湿り気を帯びた川のニオイでさえも、穏やかには流れてこない。
続いて忍び装束の影が、せせらぎに溶け込むようにぴたりと歩みを止める。
息も絶え絶えのシロ、の肩に乗っていた少年は、合図を待たず独自の世界でふわりと宙へ身を投げ出し、一気に飛び降りると、勢いそのままに数歩タタッと地面を駆けて、石橋の欄干へと歩み寄る。
「――うむ、ここだな。アヤネのニオイが強く残っておる」
その言葉が耳に届き、騎士の動きがわずかに止まる……。
「……ぇでも、アヤネ様の事件があったのは、ここでは……?」
「ソレは拙者達の方で、捜査の手間が増えないために行った誘導ですよ」
感情を削ぎ落とした、低く、けれど氷のように透き通った声。
シロの前で静かに言葉を紡ぐ忍びの者。その傍らで、別の世界にいる少年が四つん這いになり、石橋に鼻を寄せている。
クンクンと、獲物の痕跡を追う犬さながらの勢いで、古い石に染み付いた“何か”を貪欲に嗅ぎ取っている……。
「……神獣様?」
「――コレは人の子が乗り物としている、ええと、車輪のついたアレだ……」
「馬車ですか?」
「そうソレだ。ソレに乗り、この辺りからアヤネは移動したようだな」
……凄い。
「アヤネ様は、ここから何処に?」
忍びが淡々とした口調で、短めに問う。
「ふむ。馬車とやらは二つある、一つは北へ、もう一つは東の方へと向かったみたいだな。アヤネは東の方角だ。そこから先は行ってみないと分からぬな」
「――分かりました。ではさっそく馬車を手配します。お二人はここでお待ちください」
そう言って、忍びがわずかに身を沈めたかと思った瞬間、網膜に焼き付いていたその影が、陽炎のようにふっと掻き消え。
居なくなった……。
と、少しだけ、その幻想的な存在感を羨ましく思う門衛騎士。
「――白騎士よ」
「ェ、ぁ、ハイ。何でしょうか……?」
「アヤネは酒をあまり飲まぬと聞いておったが、――どうだ?」
「ぇっと、そうですね。ボクも、アヤネ様が飲んでいるところは見たことがありません」
「ふむ、……そうか」
不思議そうに首を傾げる少年。その愛らしい姿を、シロは近寄り難い存在として認識しながらも、瞳で、愛でる。その心は――。
――自分には尻尾が見える。だった。
*
一夜が明けて。
私達は客人として、もてなされる立場になっていた。
石造りの壁には精緻なタペストリーが掛けられていて。
厚手の絨毯は、歩くたびに足裏を優しく包み込むような弾力がある。
目の前にある机の上には、まだ湯気を立てているハーブティーと、銀の皿に盛られた色鮮やかな果実……。
そしてソレを躊躇する事なく口に運ぶ、隣の中年おやじ。
今居るこの空間が、全力で、招かれた者を温かく迎え入れている。
イヤ、なんでよ。
私達さらわれたんだよね? そうだよね?
何で何処ぞの館その一室で、ティータイムをしているの? していられるの? ねぇ!
誰でもいいから教えて。
そんな私の悲鳴を聞いてか、聞かずか。
部屋の入り口がある方から、迷いのない足音が近づいてきた。
「ようやく、お出でか」
隣で中年おやじが呟く。
まさか、心当たりが……?
ついに部屋の扉が、私達の居る内側へと押し開かれる。
緊張して振り返ることもできず。
ただ黙って、俯き。
正面に、その人物が辿り着き、流れるような動作で対面するソファへと深く腰を下ろす。
――脚だけを見る。と。
……お酒の香り?
ふいに鮮やかなアルコールの匂いがした。
「ベルジック陛下、遥々我が館にお越しいただき光栄であります」
全く冷淡ではない。むしろ穏やかな声色。
「陛下はよい。で、とんだ招待の仕方であったな、ロエンよ」
ロエン……? 誰だろう。
「はは、少々陛下には刺激が強過ぎましたか? 普段飲まれているお酒と同じ辛めにしたのですが、お口に合いませんでしたか……」
「わしがではない。――の?」
雰囲気的にだけど、今私は二人から見られている気がする。
「……そちらは?」
「アヤネと言う名だ。其方が知らぬ訳はなかろう」
「まさか、……そんな。あの?」
どの、でしょう。
「お、お顔をお上げくださいっ、アヤネ様。わたしのような一領主に下げる頭など、村人のあなたにはございませんよ!」
――な訳なかろう。ははーっ!




