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断罪の裏側で~シスル視点~

「お母さん、お姉ちゃん、私やっと……」


 沈みゆく意識の中で、シスルは宙に呟く。

 瞳を閉じた瞼の裏で、空色の髪をした母親と瑠璃色の瞳をした姉を思い出そうとしたはずなのに、脳裏に浮かんだのは全く違う青年の顔だった。



「シスル、君を愛している」

「ミムラス様、私も貴方のことを愛してしまいました。ですが私は……」


 婚約破棄騒動の前日に、学園の裏庭で一輪のシロツメクサの花を差し出しながらミムラスから伝えられた告白に、シスルは本当のことを伝えるわけにもいかず言い澱んだ。

 シスルが言葉を濁した原因がアネモネとの婚約だと勘違いしたミムラスが優しく微笑む。


「心配いらないよ。アネモネとは婚約破棄するから。彼女の家は違法な奴隷売買をして利益を荒稼ぎしていたんだ。それに15年前の隣国との戦争も、侯爵家が武器を売りたくて父上を唆して始めたという情報がある。そんな卑劣な家を許せるわけがない。だが父上に訴えても有耶無耶にされてしまった。だから皆の前で断罪するしかないんだ」


 力強く言い切ったものの、ミムラスの顔は酷く歪んでおり、これが苦渋の決断であったことを物語っていた。


「アネモネ様に罪はないのでは?」

「あんなに嫌がらせを受けていたのに、シスルは優しいね。……アネモネは幼い頃から奴隷の子供を何人も甚振っていたそうだ。隣国はあの戦争で焦土と化してしまったから、行く宛の無い戦争孤児を騙して奴隷として売り出そうと言いだしたのも彼女らしいよ……」


 知っていますとは言えずに、シスルは不安そうな表情を浮かべるしかできない。


 シスルは、アネモネもその父親である宰相の罪も全て知っていた。両名共シスル達の復讐のリストに名を連ねている。

 そしてこのミムラスも、だ。


 戦争当時まだ3歳だった王太子に直接的な罪はない。

 けれども王族の一員として国が犯した失態の責任をとることは当然のことであり、シスルは復讐のための布石としてミムラスを誘惑したのだ。


 復讐のためシスル達の描いた筋書きはこうである。


 まずアドニスが爵位を得る財を為すため遮二無二働き、貴族令嬢となったシスルは王太子に近づき宰相の罪を暴かせ、その娘であるアネモネと婚約破棄をするように仕向ける。

 国王は宰相と癒着しているので宰相の断罪が覆されるのは予想でき、そうすれば王太子を溺愛する国王は醜聞の罪をシスルに着せようとするのは明白だった。

 冤罪を掛けられたシスルが罰として嫁がされる相手をグルナードしかいない状況に追い込み、且つ宰相と王族への不信感を民衆に抱かせる。


 そのために正義感が強いと評判の王太子ミムラスへ近づいたに過ぎず、彼の心など、どうでも良かった。


 しかしミムラスはあの無能な国王の息子とは思えないほど誠実だった。

 親しく会話をする間柄になっても必要以上の交流は控え、キスはおろか、手を繋ぐこともしなかった。

 執拗に執着してくるアネモネに嫌気はさしていたようだが、きちんと婚約者としての務めは果たし、対するシスルには惹かれているようでも一線をきちんと引いていた。


 そんなミムラスの正義感につけ入り、シスルはこの国の闇を見せていった。

 手始めに15年前の戦争が自国の利益を得るための侵略行為だったことを気づかせ、時には父親であるアドニスやクロッカス男爵家で使用人として雇っている復讐の仲間達と協力して、アネモネが侯爵家の所有する奴隷船で子供を甚振る現場を見せたり、宰相が手に染めた違法な武器や奴隷売買の証拠へと誘導したりした。


 当初ミムラスは、クロッカス侯爵家が違法な奴隷売買で法外な利益を得ていることを知って、酷くショックを受けているようだった。

 しかし自身の正義感に駆られ、父親へ過去の戦争に大義名分がなかったことを糾弾したり、侯爵の罪を訴えたりと行動を起こした。だが国王に、いつものらりくらりと躱されてしまい、次第に懊悩するようになっていった。


 今まで信じていた国王である父親の煮え切らない態度や不正を糺そうとしない姿勢は、ミムラスから良心を削りとり憔悴させてゆく。

 シスルはそんなミムラスを徐々に自分に依存するように仕向けていった。

 そこに愛はなかったはずだった。

 思いつめた顔で告白をしてきたミムラスに、自分も愛しているとうっかり返事をしてしまったことにシスルだって驚いたほどだったのだ。


 シスルの返事にミムラスは久方ぶりに笑った。

 そして件の婚約破棄騒動を起こしたのである。


 ミムラスはクロッカス侯爵の罪を白日の元に晒し、アネモネを完膚なきまでに貶める代償に自分は王太子を廃嫡になるつもりだった。

 だが蓋を開けて見ればシスル達が画策した通り、ミムラスが考えるよりずっと国王が彼に甘かったせいで、シスルだけに罪が被せられたのだった。


 シスルはそのことに、少しだけ安堵してしまっていた。

 これから自分は復讐のために憎い男の妻となる。愛だの恋だのは邪魔でしかない。

 国王や宰相、アネモネにはまだこの復讐劇に登場してもらわねばならないが、ミムラスの役目は終わったのだ。

 そう割り切ってシスルは悲鳴をあげる心を無理やり……殺した。


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