絶望
「痛い……もうやめてくれ……許してくれ……もう死なせてくれ……」
この部屋へ連れてこられたグルナードが、もう何度懇願したのかしれない。
骨を折られ、身体を切り刻まれ、釘で打たれて、熱湯を浴びる。そんな外的損傷だけではなく、思い出すのも悍ましい屈辱的な拷問も繰り返され、矜持や尊厳などは当に消えてなくなった。
けれど何度自分の正当性を訴えても誠心誠意謝罪しても、この拷問が終わることはない。
シスルに絶望の底へ叩き落されてから、グルナードは使用人達によって地下室へ連れてこられていた。
乱暴に転がされグルナードが視線をあげた先に見たのは、地下室の隅に蹲った肉塊だった。
その肉塊が身に着けているのが以前街で絡んできた元部下の服であることを思いだし、グルナードは愕然とする。
辺りを見回せば、元部下以外にも既に顔も性別も判別がつかない肉塊が転がっていた。
肉塊が纏っている服や辺りに散らばった髪色から自分の部隊にいた者達が、この部屋へ連れてこられ、口にするのも憚られるようなことをされて絶命したことが容易に察せられ、グルナードは恐怖に震えた。
「戦争を始めたのは自分ではない! 俺がこんな目にあうのは理不尽だ!」
耐えがたい責め苦に、何度そう訴えたことだろう。
身体は痺れていても、痛覚はそのままで意識もしっかり覚醒している。けれども顔面は麻痺しないため、自分の叫ぶ声や、涙や鼻水を垂れ流し糞尿を漏らす様が視認でき、グルナードの自尊心を削ってゆく。
自分がやられて初めて人は己の過ちを知るという。
グルナードが隣国の人間にしていたことは、まさに鬼畜の所業であった。
けれど軍人であるグルナードにとって上官の命令は絶対だったのだ。
手柄をあげるためやり過ぎてしまった所はあったが、元はといえば戦争を始めた王家や宰相に全責任があり、復讐ならば彼らにするべきだと思った。
婚約破棄騒動を起こした王太子は廃嫡の憂き目にあっているが、自分や元部下に比べたら相当に軽い罰といえるし、宰相も娘が王太子に傷つけられたとはいえ自身の地位はゆるぎないままである。しかも彼らが最も恨むべき国王に至っては何の罰も与えられていない。
そんなのは不公平だと、終わらない苦渋の拷問の合間に必死に言い募った時、使用人の一人に呆れたような返事をされた。
「旦那様とお嬢様が奴らに復讐をしないわけがないだろう。お前は、仮にもお嬢様と結婚していたのにそんなことも解らないんだな。お嬢様は、やるといったらやる。真っすぐな人なんだよ。お前らさえ侵略してこなければきっと幸せになったはずなのに……」
使用人の言葉にグルナードの絶望に染まっていた心が浮上する。
後半の言葉は聞いてはいなかった。
終わらない苦痛の中、自分だけが理不尽な目に遭うわけではないと考えるとそれだけで愉快になったからだ。それが恋敵だと思っていた王太子なら尚更である。
「くっ……ハハハ! 結局王太子も騙されていたのか」
最期に見た王太子のシスルへ縋るように叫ぶ姿が瞼に浮かぶ。
『シスル! まさか私を愛していると言ったのは嘘だったのか? 一生私だけだと、私のことだけを愛してゆくと言ってくれたではないか!』
「王太子ともあろう者がみっともなく縋って泣いて、何とも惨めなものだったな」
腹を抱えて嗤いたくなったが、痛みは感じるが生憎痺れているためどこに力を入れていいのかわからない。
「ざまぁみろ、復讐のためとはいえシスルが結婚したのは俺で、あいつは結局いい様に使われて終わりだった。つまり俺の方が愛されていたはずだ!」
どうでもいい優越感に浸り、いい気味だと心の赴くまま全てを吐き出す。
「学園で仲良くだぁ? 全部嘘っぱちだったんだよ! それなのに未練がましく押しかけてきて、シスルから愛していると言われたなどと……」
地下室に連れてこられてから、こんなに流暢に話したことなどなかったグルナードは、これまでに溜まった鬱憤を吐くようにミムラスを罵っていたが、その口がピタリと止まった。
「…………愛していると言われた?」
『私、嘘はつきません。だって嘘をついたらいけませんって、子供の時に大好きな母と約束したんですもの』
『私、貴方を愛してるだなんて一言も言った覚えはありません』
『私は嘘なんて吐いていませんわ』
鼓膜に脳裏に心中に、シスルの言葉が木霊する。
「まさか、まさか、まさか、まさか……!」
シスルは嘘を吐かない。現にグルナードへも妻になりたいとは言ったが、愛しているとは言っていないと侮蔑をこめて言われた。
確かに幾ら思い返してみてもグルナードはシスルから愛していると言われたことがない。
ではミムラスが言っていたシスルからの愛の言葉は?
「うわああああああっ!」
意味不明な独り言をブツブツと呟いていたグルナードが突然叫び出したことで、使用人達が顔を見合わせる。
「やっと壊れたのかしら?」
「そうみたい」
「あそこで転がってる部下達よりは長持ちしたな」
「腐っても英雄ですものね」
「はっ! ただの卑劣な犯罪者だろ」
使用人達の冷たい会話が、虚ろなグルナードの耳を通り抜けてゆく。
「そういえば、ここの死体はどう処分する?」
「まとめて宰相の所有する船にでも放り込んでおきましょう」
「こいつはまだ使い道があるんだっけ」
「最後の仕上げだそうよ」
「そうか、やっと終わるんだな」
「終わりか……ねぇ、私達に未来ってあるのかな……復讐は果たしたけれど虚しさだけが広がるの。傷つき過ぎて、ぽっかり空いてしまったこの心はどうすればいいんだろう……」
ポツリと零した誰かの声に、応える者は誰もいなかった。
壊れてしまった心と遠くなる意識の中で聞こえた会話を、グルナードが認識できたかどうかは解らない。
だが次に気が付いた時には、焼けつくような腹部の痛みを覚え、そのままぶっつりと彼の意識は途絶えたのだった。




