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謀~国王視点~

 グルナードがクローバー男爵邸に移ってから暫く経ったころ、王都では王太子の命が風前の灯火だという噂がまことしやかに騒がれていた。

 実際ミムラスはシスルに裏切られたショックと、英雄を手に掛けた罪悪感で食事も喉を通らず、日に日に窶れていっていた。


「王太子殿下は本日も何も召し上がろうとしません」


 昼餉が過ぎて侍従から報告を受けた国王は、すっかり老け込んで見えた。


「くそっ! どうしてこんなことになった? 稀少な鉱石を得るため隣国を蛮族の国であると吹聴して侵略し、やっと裕福になったと思ったら最愛の王妃が亡くなり、あてにしていた鉱石まで枯渇した。そして今、王妃の忘れ形見のミムラスまで失いつつあるとは、何たる悲劇か!」


 苛立ちながらテーブルの上の茶器を床に叩きつけようとして思い留まる。

 現在、王家の資産は戦争前と同じくらいに乏しくなっていた。

 戦争バブルは弾けたものの、一度贅沢を覚えると元の生活水準には戻しにくい。更に王族としての矜持と見栄もあって、バブル期と同じように振舞うしかなかった。

 今だって国王が叩きつけようとした瑠璃色に輝く茶器は海外製の高級品である。

 これを叩き壊したらまた同じ価格の茶器を買い揃える余裕などないことを、国王は解っていたので我慢したのだ。


 ミムラスが王宮を出てシスルへ会いに行った際に、アネモネを刺傷させていたのも問題だった。

 昔からアネモネはミムラスに執着していた。

 婚約破棄されたことが余程堪えたのか、アネモネは破棄を解消した後は、ミムラスの一挙手一投足を見張るように傍にいて、就寝中も入浴中も、排泄の時にさえ目を離さなかった。


 溺愛するミムラスに対するアネモネの狂気ともいえる執着を国王は憐れんではいたものの、非がこちらにあり彼女の父親である宰相クロッカス侯爵から多額の資金援助を受けている手前、表立って助けるわけにはいかなかった。

 国王がどうしたものかと気を揉んでいる間に、心を病んでしまったミムラスがアネモネを切りつけ、シスルに会いに行く暴挙に出てしまったのだ。


 アネモネの傷は深く、意識は戻ったものの今は侯爵邸で絶対安静とされている。

 二度にわたって娘を裏切った挙句重傷を負わせた王太子に、宰相は激怒し当然のように王家への資金援助は打ち切られてしまった。


 更に世間では、あの婚約破棄騒動はミムラスが一方的に起こした茶番劇だと認識されているらしい。

 シスルは巻き込まれた被害者で、不祥事を起こした王太子を庇った国王が彼女に罪を着せたのだと、あの時国王が隠蔽したはずの真実が何故か露見していた。

 そして冤罪をかけられ無理やり嫁がされたもののシスルは英雄グルナードと愛を育み、幸せに暮らしていたにも関わらず、横恋慕した王太子がまたしてもその仲を引き裂いたとも。

 罪のない令嬢と英雄を虐げた悪逆非道の王家の所業を許すなという声は、今や王都中に広がりつつあった。


「あの娘のせいだ……グルナードにくれてやった、あのシスルとか言うクローバー男爵の娘がミムラスに近づいてから、何もかもおかしくなったのだ!」


 先程は茶器を叩きつけるのを我慢した国王だったが、つい乱暴にガチャンと置いてしまったため結局茶器にはヒビが入ってしまい、余計に苛立つ。

 その瑠璃色の茶器を見て国王が忌々しく唇を噛んだ。


「そうだ……可愛いミムラスはあの女狐に騙されていたのだ……。許さん……許さんぞ……!」


 ガチャンガチャンとヒビが入ってしまった茶器を何度も打ち付け、取っ手以外粉々に打ち砕かれた茶器は、そんな無残な姿になっても瑠璃色の輝きを放っている。

 それが余計に国王を苛立たせながらも、努めて冷静に今後の対応を考えた。

 聞けばグルナードは療養のためクローバー男爵家に滞在しているようだが、ミムラスに刺された腹の傷がもとで予断を許さない状態だという。


「まずい、まずいぞ……グルナードが死ねばミムラスが殺人犯になってしまう……」


 そうなればミムラスが王位に就く道は完全に閉ざされてしまう。

 いくら世襲制でも人殺しの国王など認められるはずがないからだ。

 ギリギリと歯噛みしながら、砕けてしまった茶器の残骸の上に、残った取っ手を放り投げる。

 ふと取っ手に描かれたユリの模様に、国王の瞳が怪しく光った。


「……そうだ、グルナードをあの娘、シスルに殺させればいいのだ。看病疲れでノイローゼになったとか何とか、理由は後でなんとでもなる。夫を殺すような女だと判明すれば、グルナードとあの娘の美談も消える。そうすればミムラスは、やはりあの娘に騙されていたのだと世間も見方を変えるだろう」


 出口のなかった洞窟で一筋の光を見つけたような興奮に襲われ、国王が一人悦に入る。


「ついでに娘を殺人罪で捕えて、ミムラスに与えてやれば元気を取り戻すはずだ。しかし儂の可愛いミムラスを袖にしたのだ。少し痛い目に合わせてやるのもいいかもしれないな。監禁してミムラスの好きにさせてから、アネモネに与えて地獄を味合わせてやるのがいいかもしれん。ミムラスが元に戻りアネモネの機嫌が直れば、宰相もまた資金を差し出すだろう」


 そう考えたら全てが上手くいくような気がして、国王は思案気に腕を組んだ。


「問題はどうやって娘にグルナードを殺させるかだが……」


 数分の間、目を瞑り静止した後にゆっくりと瞼を開けニヤリと嗤った国王は、完璧な計画を自画自賛しながら、すぐに行動に移すことしたのだった。



 思い立ったが吉日とばかりに、英雄の見舞いと称して数名の護衛だけを連れクローバー男爵邸に赴いた国王に、男爵家の人々は驚きのあまり皆顔が引き攣っているように見えた。

 それはアドニスも同じで、突然訪問した国王に平身低頭の姿勢ではあるが戸惑いを隠せない表情を浮かべていた。


 まさか今から娘が殺人犯にされるなど思ってもいないのだろう。

 一人の親として息子がした仕打ちを謝罪したいと打ち明けると、恐れ多いと青褪め遠慮するような素振りを見せていたが、尚も国王が食い下がると渋々ながらも疑うことなく娘の部屋へ案内してくれた。

 証人を残すのは危険なため、人払いをして自らの護衛も待機させた国王に、さすがのアドニスも怪訝な顔をしたが、一国の王として謝罪する姿を他者に見せるわけにはいかないと伝えると納得したようだった。


 娘の部屋へ案内された国王は、室内をさりげなく見渡す。

 薄暗くあまり広くない部屋の中央に置かれた大きな寝台は盛り上がっており、国王が入室した扉の位置からは掛布が邪魔で顔は見えないが、そこにグルナードが寝ているのが容易に察せられた。

 娘は枕元の椅子へ腰かけていたが、アドニスから入室してきた相手が国王であることを告げられると、慌てて立ち上がる。


 げっそりとやつれ憔悴しきった娘は、婚約破棄騒動の後に城で尋問した時とは別人のようだった。それに侍女のお仕着せのような服を着ている。

 夫の看病するため動きやすい服装にしているのかと考え、同情を引くパフォーマンスが上手いことだと鼻で嗤いそうになったが、国王は殊勝な顔をしてアドニスが部屋から退室してゆくのを黙って見送った。


 父親が退出したせいか、動揺したように忙しなく視線を彷徨わせる娘に、国王は内心で舌打ちする。

 この程度の女にミムラスが骨抜きにされ苦しんでいるのかと思うと、悔しさと情けなさで胸が張り裂けそうになった。

 しかしそんな憂いも、もうすぐ解消されるのだと思うと少しだけ溜飲が下がる。

 警戒されないようにゆっくりと寝台へ近づくと、出来るだけ優しい声音を作った。


「謝罪が遅くなってすまない。この度は息子のミムラスが申し訳ないことをした」

「……………………」


 国王が謝罪をしたというのに椅子の前に立ったまま娘は押し黙っている。

 沈黙が続き、最初は戸惑っていた国王も次第に不快感が滲みでてきた。

 何故なら謝罪は、この屋敷へ来るための口実に過ぎないのだ。

 本当なら「ミムラスの輝かしい経歴に傷をつけたお前が謝れ!」と怒鳴りつけたくなるのをぐっと堪え、国王は寝台のすぐ隣までやってくる。


「だが実のところ、そなたはミムラスの事を本当は好いていたのではないのか? 儂が命じた結婚ゆえ、仕方なくグルナードを選んだ。そういうことであろう?」


 自分の溺愛する息子の方がいいに決まっている。国王はそれを確認せずにはいられなかった。


「黙っているのは真実ということだな。ならば……ミムラスのためにその身を差し出せ!」


 黙ったままの娘が見守る中、国王は俄かに腰に刺していた護身用の剣を抜き放ちベッドの掛布を捲りあげると、横たわっていた人物を深々と突き刺した。


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