初めまして、そして久しぶり
「あのお、ウロクさん。魔女に何があったの?あのお化け達の反応を見るかぎり、良からぬものを感じるけど。」
町の先にあった広い一本道を歩いている途中に、若者はウロクに先程の幽霊達の様子を聞いた。ウロクは歩きながら話し始めた。
「シャルドネと案山子のオイラはハロウィンを誰よりも大好きなんだ。オイラが静かな不気味さでゾッとするような怖さに対して、シャルドネは色んな魔法の派手なパフォーマンスで驚かせるのが、毎年の盛り上がりの支柱だったんだ。」
ウロクは楽しそうに話していた。しかしその表情もすぐに暗くなった。
「だけど十年くらい前かな?その頃からシャルドネは楽しそうじゃなかった。とにかく「あの人間を恐怖に陥れてやる!」って怖い顔で張り切っていたんだ。」
「なるほど……」
「十年くらい前のハロウィンはオイラは寝坊して参加できなかったんだけど、皆が言うにはその年の迷い人が恐れ知らずな人だったらしくて、シャルドネに赤っ恥をかかせたらしいね。」
(なるほど。なんというか、爺ちゃんっぽいな。)
「だけどオイラのパフォーマンスで、君がとても怖がったんだから、あの日もオイラが起きてれば彼女もあんな怖い顔にならなかったのかなって考えると、色々申し訳なくなっちゃうんだ。」
「それでウロクさんも、長年その魔女と会わなかったのか?」
「うん。会いに行く勇気が出なくてね……皆も内心怖くてシャルドネに会わないし、それからはハロウィンのお祭りをやっても日が落ちる前に帰るようになったのか人間も迷い込まなくなってどこか楽しくなかったなぁ……」
「……」
「でもまあ、悪い事ばかりじゃなかった!こうして十年ぶり人間を怖がらせることができたし、君のおかげでオイラもシャルドネに会いに行く理由を作って自分に勇気を出させる事ができた。」
「………」
「怖いのかい?さっきからずっとだんまりだけど。」
「……いや。もうすぐ魔女に会えると思うと、ワクワクドキドキが収まらないんだ。」
若者は帽子の下で喜んでいると、ウロクも笑った。
「それを聞けて何だか嬉しいよ。さあ、あそこがシャルドネのお家だ。」
そう言うウロクの足取りは速くなっていた。そして二人の進む丘の上には、月明かりに照らされた古い木造の家が建っていた。だが家の前には、黒いフェンスと門が家までの道を塞いでいた。
「今まではオープンだったのに……」
ウロクは閉ざされた門の前に立つと、寂しそうに呟いた。
「おーい!シャルドネー!僕だ、ウロクだー!」
大声で叫ぶウロク。しかしシャルドネが出てくる様子はなかった。
「シャルドネー!シャルドネー!……駄目だ。本当に出てこないみたいだ。」
ウロクは若者に申し訳なさそうに言った。そして引き返そうとしたその時、今度は若者が門の前に立った。
「おーい!寂しがり屋の魔女ー!爺ちゃんから話を聞いたんだー!居るならこの門を開けてくれー!」
「ま、待ってよ!知らない人に大声出されたら、余計閉じちゃうって!」
「ここまで来たからには、爺ちゃんが会った魔女に会いたいんだ!」
慌てるウロクに若者はさっきまで幽霊達に怯えていたとは思えないくらい明るく答えた。
__ドゴオオオン!
「うわっ!」
突然丘の周りに雷鳴が響いた。
「何だ?」
「緑の雷だ!シャルドネの機嫌はよくないみたいだ。」
耳を塞ぎながら話すウロク。すると今度は突然門がギギィっとひとりでに開いた。
「もしかして、どうぞってことかな?」
「多分ね…今の雷鳴からして歓迎ではないだろうけど…」
不安になりながらも二人は門を潜った。そして若者が家の玄関に立ち、玄関の扉のドアノブを握った。
「うわっ!?」
玄関の扉を開けた瞬間、中から無数のコウモリが飛び立った。若者はビックリして体勢を低くして弓を構えた。
「大丈夫だよ。今のはお出迎えのコウモリ達さ。」
そう言うとウロクは中の様子を確認した。
「よし。入っても大丈夫そうだ。」
ウロクが先に中へ入り、「どうぞ。」と若者を手招きする。若者はさっきのコウモリで若干怖い気持ちになったが、魔女に会えるという気持ちで自分を励まして家の中へと入って行った。
◇
「お邪魔しまーす……」
恐る恐る若者が家の中へ入ると、乾燥した薬草、煮詰まったポーション、そして古びた埃が混じり合った独特の匂いが鼻をくすぐり、低い天井に吊るされた無数のフラスコの液体が揺らめきながら、ランタンの光を通して家の中を不気味な色彩で照らしていた。
「うわぁ…いかにも魔女が住んでいる家だ。」
家の中を見ながら若者は言った。
「でもリビングには居ないみたいだね。二階の工房に居るのかも。」
リビングを一周していたウロクは戻ってくるとそう言った。
「てことは…」
「うん。」
若者が腐敗したような見た目の木の階段を見ながら聞くと、ウロクは当たり前のように頷いた。若者は慎重に片足だけを乗せて、壊れないのを確認してからゆっくりと階段を上り始めた。ギシッ、ギシッと音を立てながら二階に上がると、窓から月の光が入ってきて、「工房」と書かれた扉を照らしていた。扉からは酸味や土が混ざったような匂いやハーブの刺激臭が漂ってくる。そんな中ウロクは浮かない顔をしていた。
「おかしいな……シャルドネが何かしている時はネズミの新鮮な死体の匂いもするのに今日はない。」
「い、いつもなの?」
若者がゾッとする横で、ウロクはドアの前に立った。
「シャルドネ。僕だよ。さっきも外から声をかけたけど。」
ウロクは外の時と同じやり取りをしてみるが、返事は返ってこなかった。そこで若者も外と同じことを試みようと扉の前に出た。
「二人揃ってノックもしないの?」
「え?」
若者が声をかけるよりも先に部屋の中から透き通るような女性の声が喋りかけてきた。その声に若者が戸惑っていると、扉の方から開いてきた。
「入るならさっさと入って。」
女性の声が急かしてくるので、若者は緊張する体を動かして、ウロクと共に部屋の中へと入った。
「ここが魔女の部屋か……」
部屋の中を見た若者は思わず息を呑んだ。
壁一面に並ぶ瓶や壺、宙に浮かぶ試験管、棚の上では紫色の炎が揺らめいている。だが何より目を引いたのは、部屋の奥に立つその人影だった。黒いヴェールに、月明かりを跳ね返すような金髪。そしてこちらを見つめる緑色の瞳。彼女こそロストタウンの魔女、シャルドネその人だった。
「……ずいぶんと久しぶりね、ウロク。」
その声は静かだったが、まるで刃のような緊張を孕んでいた。
「十年ぶり、かな?」
ウロクは気まずそうに笑いながら頭をかいた。
「今年もハロウィンの夜が来たから会えるかなって。でも今までは家にすら入れてくれなかったからさ。」
「それで今年は直接会ってくれたから嬉しいって?」
「そう!ずっと引きこもってるから、皆心配しているんだって伝えたくて!もちろん僕も。君が本当はやさしいのに強気でいようといつもしていたから心配で…」
ウロクが皆も心配している事を伝えるとシャルドネはため息をついた。
「あんたは相変わらず呑気な頭してるわね。別にあんたに会いたくて門を開けた訳じゃ無いわ。」
「え?」
ウロクが戸惑っているのを気に留めず、シャルドネは若者の方に視線を向けた。若者はシャルドネを見てからずっと目を丸くしたまま固まっていた。
「あんたも、十年ぶりだっていうのに全然老けていないわね。人間も不老薬を作り出したのかしら?」
「……いや、何の話?」
緊張しながらも若者は質問を返した。質問に質問で返されたシャルドネは、わずかに眉をひそめた。
「……惚けたふりをするのね。あの夜、私の魔法を笑い飛ばした人間。」
「僕が?」
若者は思わず自分を指差した。
「そんなはずは……」
「同じ帽子、同じ瞳の色。あの時も“怖くない”なんて言って笑ってた。十年前、私を一番傷つけた言葉よ。」
シャルドネの声は静かだったが、その奥には怒りとも悲しみともつかない熱がこもっていた。
だが若者は恐れずに聞いた。
「もしかして、あなたが僕の爺ちゃんが言っていた"寂しがり屋の魔女なのか?」
「……は?」
若者の質問にシャルドネは信じられないような目をした。
「爺ちゃんが生きている時、僕によく話していたんだ。「森のどこかには幽霊達の町があるって。そこには寂しがり屋の魔女が人間にいつも会いたがっているからたまに会ってやれ」って。だから毎日森に入っては"寂しがり屋の魔女"を探していたんだ。」
「あんたは……あの時の狩人じゃないの?」
「ああ。その狩人の孫だ。」
「……そう。」
シャルドネはわずかに口を開いたまま、何も言えずに立ち尽くした。ランタンの光がゆらめき、彼女の瞳の奥に影が落ちる。
「私は十年も……あの男が生きていると思ってたって事ね。」
その声は震えていた。怒りではなく、呆然としたような、壊れそうな声。若者はゆっくりと帽子を脱ぎ、まっすぐにシャルドネを見た。
「爺ちゃんから聞いて会いたかったんだ。“あの魔女は悪い奴じゃない。少し不器用なだけで、本当は人を驚かせて、怖がらせるのが好きなだけなんだ”って。」
「あの人間がそんなことを……?」
シャルドネの口から、思わず小さな息が漏れた。
「だから僕は会いたかったんだ。爺ちゃんが“寂しがり屋の魔女”って呼んでたあなたに。おとぎ話だと思っていたものをこの目で見るために。」
若者は迷いの無い目でシャルドネを見てそう言った。シャルドネはしばらく何も言わず、夜風の中でかすかに肩を震わせた。ランタンの灯りが彼女の横顔を照らし、沈んだ影を落とす。
「……そう。あいつはそんなことを言ってたのね。」
微笑みかけようとしたが、その表情は途中で凍りついた。
「でもあれから私は、取り返しのつかないことをしたの。」
ウロクが不安げに顔を上げた。
「取り返しの付かないこと?」
シャルドネは小さくうなずいた。
「私はあれからあの男を怖がらせるためだけにいろんな呪法を研究してた。そして九年前のハロウィンで、"あれ"の封印を解いてしまったの。」
「あれって何のこと?」
シャルドネは唇を震わせ、吐息のような声で答えた。
「"デスペラ"。」
その名を口にした途端、空気が凍りついた。ランタンの火が一瞬だけ弱まり、その言葉を恐れるかのように揺らめいた。
「デスペラ?」
若者が呟く。ウロクは顔を青ざめた。
「も、もしかしてあのロストタウンの悪夢のこと?」
シャルドネはゆっくりと頷いた。
「あの男を……あんたの祖父を恐怖のどん底に落としてやりたい一心で色々試みた末に私が見つけた恐怖が、デスペラを目覚めさせること。」
彼女は震えた声のまま喋っていた。
「でも狂暴でなアイツが言うことを聞いてくれるわけがなかった。デスペラは幽霊でもゾンビでもない。目の前にある善き魂や霊を食らう化物。最初に襲われたのは、自分よりも弱いロストタウンの幽霊や吸血鬼達だった……」
「じゃあ、九年前にデスペラがいきなりあらわれたのって……」
ウロクが怯えながら聞くと、シャルドネは瞳がわずかに揺れた。
「そこからはウロクも知っての通り、一夜にして町は恐怖の二文字に染まった。私が遠くから張った結界に逃げ切れた者もいれば、逃げきれずに食われた者もいた。私のせいで町の皆を恐怖に陥れてしまった……」
「シャルドネ……」
自責の念に押されるシャルドネに、ウロクは言葉が見つからなかった。
「あなたの町にも現れたでしょ?」
シャルドネに話を振られた若者は少し戸惑ったが、頷いた。
「確かに。ちょうど同じ九年前に僕の町にも大きな悪霊が現れた。でもあの時は爺ちゃんが仕留めたはずだ。だからもう悲しむ理由は無いはずだよ。」
「違う。」
若者の言葉をシャルドネはすぐに否定した。
「……あれは“死んで”なんかいないわ。あの夜、あなたの祖父が放った矢で一時的に“姿を失った”だけ。デスペラは恐怖そのもの。一度封印が解かれれば、次にハロウィンの夜が満月になった時、恐れを抱く者の前にいつだって滲み出てくる。人の恐怖心が彼の餌であり、彼が悪霊としての力を増す源だから。」
シャルドネは窓を開けて、そして夜空を見上げながら呟いた
「そして今年は、満月が来てしまったわ。」




