死者の町、再び
ある日の昼下がり。城下町は多くの人で賑わっていた。カブやカボチャで作ったジャック・オー・ランタンが町を彩り、色んな形のランプがオレンジ色に建物にぶら下がり、お菓子や料理を作る匂いが漂っていた。今日は年に一度のハロウィンの夜祭りが始まる。人々はその夜に向けて最終準備に取りかかっていた。そんな人ごみの中を一人抜けて町の外へと出る人物が居た。
「よし!上手いこと切り抜けたぞ!」
町から離れている森の入り口まで来ると、その人物は顔を隠していたフードを脱いだ。黒髪のショートカットに、青色の瞳をしたサファイア姫の顔が露になった。
「窓も外からうまく閉めたし、囮も置いてきたし、これで心置きなくあの狩人を探しに行けるわ!」
そしてサファイア姫は森の中へと入って行った。ところが、いざ森の中に入ると、まだ正午を過ぎたばかりだというのにどこか薄暗かった。木々の間を吹く風がやけに冷たくざわめきがひときわ聞こえてきて、見慣れたはずの道も少しずつ形が変わっている気がした。
「妙ね……この道は昨日来た時はもっと明るかったはず……」
サファイア姫は辺りを見回した。歌のような小鳥達の鳴き声は聞こえず、森全体が不気味な静寂に包まれていた。
「ひっ!」
不意に風がひゅうっとなった。背筋に冷たいものが走ってジュエル姫は鳥肌立たせた。
(だ、誰か居るの?)
「よく来たな……森に迷い込みし小さな姫君よ。」
突然、森中に不気味な声が響くと共に周囲が霧に包まれた。そして霧の向こうから黒い影がゆったりと姿を現した。
「誰………きゃっ!」
サファイア姫が声を上げたと同時に風があれ、木々がざわめき始めたと思いきや、黒い影が地を滑るように近づいて来て、サファイア姫を暗闇で覆った。そして暗闇の中から裂けたような口を吊り上げて笑う顔が見えた。
「お前の心、光が強い。それが欲しい。」
「な、何を言って……」
サファイア姫が怯えた声を出した瞬間、暗闇から更に異様に長い腕が蛇のようにサファイア姫の体を絡め取った。
「きゃーーっ!」
「今は静かにお眠り。お前の光が、俺様の闇に必要なんだ。」
そう言うと影は闇に溶けるように姿を消し、姫もまた霧の奥へと引きずり込まれていった。その夜、森の奥に封じられていた“悪魔”が再び目を覚ました。
◇
「いやあ、今年もこの日が来たんだな!」
双刀の男がジャック・オー・ランタンの明かりでキラキラと光る街道を練り歩きながら言った。今日は年に一度のハロウィンのお祭り。その当日で、開催と同時に双刀の男は屋台や催し物の店を楽しんでいた。
「それにしても彼はまだ来ないわね。何をやってるのかしら?」
「さっき呼びに行ったよ。でも二度寝な上、ハロウィンなのを忘れてたらしくて、「森で練習してくる!」って言ってたぜ。」
「ええ…?まあ、練習は当然だろうね。彼にとってハロウィンでの弓比べは狩人の腕前の披露だから。」
「そのまま魔女を探しに行かなきゃいいんだけどな。」
そう言いながら二人は先にお祭りを楽しんでいた。若者の事だから最悪弓比べには間に合わせると思っていたからだ。
そして屋台の匂いに誘われてカボチャパイを食べた時の事だった。
「そう言えばお姫様を見かけないな。いつもなら王様と一緒に出てくるのに。」
「お姫様なら風邪をこじらせたから今年は断念するらしいって、兵士の方が言ってたよ。移したくないらしくて誰も部屋に入れない。」
双刀の男が疑問に思っていると屋台のおっさんが言ってきた。
「うわ、こんな良い日に気の毒になぁ……」
おっさんの話を聞いてお姫様に、双刀の男は同情した。同時に若者の方も弓比べ間に合うと良いのだがという心配もあった。
「おーい!狩人方!」
そんな事を考えてた時、町の広場の方から二人の兵士が二人のもとへ走って来た。
「そんな慌ててどうしたの?てっきり兵士の皆も休んでるのかと思ったけど。」
「実はそれどころじゃなくなったんだ!どこかで姫を見なかった?」
「え?体調を崩して部屋にいるんじゃ……」
「それがはめられたんすわ!」
女狩人が聞くと、体格のある兵士が事情を話始めた。
ずっと体調悪いとはいえ、やけに静かだったのを気になった侍女がこっそり入った。ところが、ベッドに寝ていたのはサファイア姫ではなく、サファイア姫の格好をさせられた給仕だったらしい。侍女がそのまま給仕に「姫様はどちらに?」と聞いてみると、出掛けて来るとしか言われていないと答えたそうだ。王が留守にしている今、サファイア姫まで居なくなればこの国を治める者が居なくなり混乱に陥りかねない。それ故に兵士達が心当たりがある場所を捜索しているのが現状だった。
「だがあっち行ってこっち、行って落っこちて見ても中庭のお池見に行っても居ないんだ。それで各地を探索する狩人方ならどこかで姫様を見ていないかと!」
「なるほどね。」
「お姫様も好奇心旺盛だからね。しかもハロウィンの日でありながら出て行ったとなると本当にどこに行ったのやら……」
「それならお姫様が最後に行った場所を探すのはどうだ?意外と居るかもしれないぞ。」
「最後に行った場所か……侍女の話を聞くには昨日森から帰って来たらしいが。」
「森?」
双刀の男が眉をひそめる。
「そうだ。昨日は散歩をしたくて侍女の目を盗んで森に行ってたらしい。だけど、まだ満足してなさそうな顔をしていたらしく、もしかしたらまた森の中に入ったのかもしれない。」
「なるほど。じゃあ俺達で森へ探しに行ってみるか。」
「おお!森の環境に詳しい狩人方が行ってくれるのでは頼もしい!」
双刀の男の提案を受ける体格のある兵士。だがもう一人の兵士は森と聞いて震えていた。
「どうしたの?」
女狩人が聞くと、震える兵士は「い、いや…」と挙動不審な様子で話し始めた。
「これは婆ちゃんがよく話してたんだけど、ハロウィンの夜は森に絶対に近づくなって言ってたんだ。」
「なんだそれ?もしかして幽霊が出るとでも言うのか?」
体格のある兵士が鼻で笑うが震える兵士は本当に信じてるようだった。
「現に婆ちゃんの男友達も一度だけ迷い込んだって話してたらしいんだ!」
必死に話す兵士とは真逆に、双刀の男も女狩人もあまり信じてない様子で聞いていた。
「大丈夫だ。ささっと森へ行ってお姫様を探してくる。あんたらは念のため町全体を捜索してくれ。」
「分かった。ほら行くぞ。」
「ご無事でな。」
心配する震える兵士を連れて体格のある兵士は去って行った。
「よし。それじゃ探しに行くか!」
双刀の男もそう言って町の外へと歩き始めた。しかし女狩人の方は急に立ち止まった。
「おい!何してるんだよ?」
双刀の男が声をかけると、女狩人は俯いて何か考え事をしていた。
「いや待ってよ?森って言ったよね?」
「ああ。言ったぞ。」
「森と言えば、彼も戻って来る気配なくない?」
「あ!」
若者の事を思い出した二人。夕暮れの風が二人の嫌な予感を煽るように冷たく吹いていた。
◇
森の中は、昼間だというのにすでに薄暗かった。
頭上を覆う木々の枝葉が陽を遮り、地面は湿った土の匂いに満ちている。
その中を、弓を背負った若者は、弓比べに備えて弓の修練をしようと一人弓で的の木を撃っていた。その最中も彼は違和感を抱いていた。
「やっぱり、今日は何かがおかしいな……」
風が止んでいるのに、木の葉がかすかに揺れていた。
それはまるで、誰かがすぐそばで息をしているような……そんな気配。
若者は弓を軽く構えながら周囲を見回した。
鳥の鳴き声も、虫の音もない。
ただ、遠くからかすかな鈴のような音が聞こえてくる。
「……誰かいるのか?」
後ろを振り返ると、木々の隙間からほのかな光が見えた。
その光はランタンの明かり。だが、こんなくらい時間に森に人がいるはずがない。
「おい、危ないぞ。ここは…」
声をかけかけたその瞬間、ランタンの明かりがふっと揺れ、静かに遠ざかり始めた。
「おい!待てって!」
若者は声を張ったが、明かりは徐々に遠ざかる。人だと思っていた若者は弓を背負い直して光を追いかけた。足元の落ち葉がを踏むパリッとした音だけが響く。若者以外の生き物はだんだんと気配が暗い森の中で消えていった。ランタンの明かりだけが森を照らしていた。だがいくら追いかけても距離は縮まらない。
「おかしい……こんな走ってるのに……」
若者が疑問に思いながら追いかけ続けていると、彼は唐突な違和感を感じた。
さっきまで聞こえた枯れ葉の割れる音が聞こえなくなり、彼が走っていた地面が、硬い石畳へと変わっていた。
さらにはランタン明かりさえも塞ぐように白い霧が立ち始めていた。
「待てよ?これって……」
この時、若者は昔祖父から聞いた話を思い出した。祖父は魔女に会った時、森の地面が石になり、周囲に霧が立ちこもった。若者の今の状況は祖父のそれと一致していたのだ。若者は引き返そうとも考えたが、後ろを振り返った時には森の景色は全て霧へと変わっていた。
「後戻りは出来ないという事か……」
若者は引き返さずに遠ざかるランタンの明かりを追いかけ続けた。すると遠ざかっていたはずのランタンの明かりが、突然ふっと立ち止まるように静止した。
白い霧の中にぼんやり浮かぶその光はその場から移動せずにゆらゆらと揺れている。やっと近づいてみると、それはランタンではなく街灯だった。その淡い明かりは徐々にあちこちに現れ、霧に隠れていた場所が見えてきた。霧が晴れてゆくと、森な景色は消え去り、古びた石造りの町が現れた。石造りの家はどこもひび割れて苔が生え、とても人が住んでいる気配はなかった。
「どうなっているんだ?僕はどこに来たんだ?」
唐突な状況に若者は混乱し始めた。それでも状況を把握しようとまた歩きだした。だが歩きだして数歩進んだ辺りで若者はゴツンと頭と何かがぶつかって止まった。痛い頭部を押さえながら若者はぶつかった何かを見ると、それは木の看板だった。苔と埃に覆われた看板を目をこらして見ると、文字が書いてあった。
「ロスト…タウン?」
書いてあった文字を読み上げるとこの町の名前らしき言葉だった。若者はその名前に何かが引っ掛かった。
「待てよ?もしかしてここが?」
祖父が昔話した魔女と出会った廃墟のような町。祖父はその町をロストタウンと呼んでいた。若者は今、皆が迷信だと思っていたその場所へと踏み入れてしまっていたのだ。だがそれを悟った若者の目には恐怖はなかった。
「寂しがり屋の魔女ー!居るなら出てきてくれー!」
彼はその場で大きい声で叫んだ。普通の人間ならまずやらないであろう命取りな行動。するとどこからかキィィッと軋む音が聞こえた。耳を澄ますと、正面の向こうにある広場前の家の扉が開いていた。そして中から人影が見えたと思ったら、古びた木の人形がひとりでにコトン、コトンと歩いていた。埃まみれの燕尾服と裂けたシルクハットを被った木の人形は広場の真ん中に立つと、遠くにいるはずの若者の方に向いてお辞儀をしてきた。
「ようこそお!ロストタウンへ!」
突然木の人形が若者に向かって太い声を発してきた。その瞬間、若者は背筋が凍るような感覚を覚えた。
「な、何だ?まさかあれが喋ってるのか?」
人形はコトン、コトンと不自然な動きで首を傾げた。そしてガクンッと首を一回転させながら再び口を開いた。
「さあ皆!今年も始めよう!」
木の人形のその言葉が響いた瞬間、ロストタウン全体がまるで呼吸をしたように揺らいだ。閉ざされていた家々の扉や窓が一斉にギィィッと開き、そこから無数の“異形”がぞろぞろと這い出してきた。
人形、動くランタン、頭のない影、笑いながら踊る骸骨たち。みな口々に「はじまりだ」「はじまりだ」とつぶやきながら、霧の中で狂ったように踊り出した。
「何だ?何が始まるんだ?」
若者は後ずさりすると、足に違和感を感じた。足下を見ると半透明の白い子供が若者の足を掴んでいた。
「ようこそ……楽しいハロウィンへ。」
その子供の声は、やけに澄んでいた。
だがその透明な手は氷のように冷たく、掴まれた足首から一瞬で血の気が引いていく。
「うわっ、離してくれ!」
若者が蹴り払うと、子供の姿は霧のように消えた。だが代わりに、周囲の霧の中から無数の小さな笑い声が響いてきた。
「もっと遊ぼうよ……」
「かくれんぼしよう……」
楽しげな声が、霧の奥から重なり合うように響く。若者はたまらず後ずさりした。だが、その背中に冷たい空気が触れた。振り返ると、そこには大人ほどの背丈をした案山子のようなものが立っていた。藁の腕がぎこちなく動き、裂けた麻袋の口の中からは、赤黒い光が覗いている。
「く、来るな……!」
若者は慌てて弓を構えたが、矢を番えるより先に案山子が長い足で距離を詰めてきた。更には影のような何かが彼の周囲を取り囲むように動き始めた。靴音も、息遣いも、どこから聞こえているのか分からない。霧の向こうで誰かが笑っている。
「ねえ、見つけた……」
「次は君の番だよ……」
低い声と高い声が混じり合い、囁きが四方から押し寄せる。気づけば、石畳の地面がぐにゃりと歪んだ。
建物の壁がひしゃげ、ランタンが逆さまにぶら下がり、影がまるで生き物のように蠢いている。
「……夢じゃないよな?」
若者の声は震えていた。弓を握る手が汗で滑りそうになる。すると、案山子がぎこちない足取りで若者の横まで近づいてきた。そして彼の肩に触れると、耳元で囁きが弾けた。
「トリック・オア・トリック……」
耳元で響いたその囁きに若者は全身が震え上がった。
「うわぁぁぁぁっ!!」
若者は恐怖のあまり悲鳴を上げた。夜の廃墟に若者の声が響き渡った。そして静寂が襲ったその瞬間、案山子の口元がニヤリと笑った。
「やったぁぁ!今年は怖がらせたぞぉぉ!」
案山子が両手を振り上げて喜ぶと、静まり返っていた幽霊達が一斉に騒ぎだした。
「見た!?あの顔見た!?」
「最高だよ、最高の悲鳴だったね!」
「久々にやりきったなぁ!」
骸骨たちは骨をカタカタ鳴らし、ランタンの灯りが弾けるように明滅した。家々の扉が勝手に開き、幽霊たちが浮かび上がって踊り出す。すると木の人形が若者の前に出てきた。
「いやいやいやいやああ、失敬失敬!私達は迷い込ませた人間をこの日に怖がらせるのが何よりも楽しみなんですが、あなたの怖がりっぷりが去年が失敗しただけにとても愉快でして!」
あっハッハッハと笑いながら木の人形は首を一回転させてきた。若者は恐怖のあまり弓を構え直した。すると今度は案山子が前に出てきた。
「あー待って待って。僕達は傷つける気はないよ。ただハロウィンの催しが好きなだけさ!」
「何だって?」
それを聞いた若者は弓をおろして、案山子の顔を見た。
「じゃあ、僕に敵意は無いって事で良いのか?」
「もちろんだとも!」
案山子が満面の笑みを浮かべ、胸を張った。
「オイラたちは“ハロウィンを忘れた人間”をちょっと驚かせて、思い出させてやるだけさ!」
「思い出させる……?」
若者が眉をひそめると、木の人形が胸をドンと叩いた。
「そう!恐怖こそがハロウィンの始まり!驚かせて、叫ばせて、そして元居た場所にさりげなく帰す。それが私達です!」
首を回転させながら木の人形は答えた。すると突然、若者の表情がハッとした。
「なあ、一つ伺いたいのだが、もしかして前のハロウィンにも人がここに来たのか?」
「うん!と言っても十年くらい前だけどね。」
「その人は、僕のように弓を装備した狩人だった?」
「そうだよ!でもそれが何か?」
幽霊達の答えを聞いた若者は手を震わせていた。だがそれは恐怖からではなく、好奇心な声になっていた。
「それでその狩人をこの町に誘い込んだのは……女の人?」
「そう!僕らの魔女シャルドネさ!」
「シャルドネ!」
魔女の名を聞いた若者は目を輝かせた。
「そうか!魔女は本当に居たんだな!」
「もちろん!もしかしてシャルドネを知っているのかい?」
「うん!僕は爺ちゃんから話を聞いてからずっと本物の魔女に会うのが夢だったんだ!」
木の人形が聞くと、若者は笑顔で答えた。
「ねえ、魔女シャルドネは今もこの町に居るの?」
「え?」
若者がそれを聞いた途端、幽霊達は先程までの賑やかさが消えてざわめきへと変わった。
「ねえ、どうする?」
「もしかしてシャルドネに会いに来たのかな?」
「だけど今の彼女に会わせるのは難しいぞ?」
「でも凄く会いたそうにしてるしなあ……」
「あの、やっぱり無理かな…?」
幽霊達のざわめきを聞いていた若者は幽霊達に聞いた。しかし幽霊達はどう答えようか気まずくなるだけだった。
「よし!オイラが案内しよう!」
そんな中で案山子が手を上げてきた。
「大丈夫なのかいウロク!?」
「あんた燃やされるよ!」
「大丈夫だ!オイラとシャルドネは友達だから!」
騒ぎだす幽霊達にウロクと呼ばれた案山子は皆に振り向いて落ち着かせた。
「待ってくれウロク!もし君に何かあればこの町のヒーローは……」
「大丈夫だよ町長!オイラを信じてくれ!さあ行こう人間!」
ウロクは幽霊達を掻き分けて歩き出した。若者も流れに任せてウロクの後を追いかけていった。




