第一幕 二十五
水を飲み終えるころには、外の光が少し高くなっていた。
女は卓の上の杯を片づけると、奥の部屋へ入った。
しばらくして、腕に濡れた布を重ねて戻ってくる。
華は椅子から立ち上がった。
女は華を見た。前より短い言葉で、布の束を少し持ち上げる。
――持つ。
華は布を見た。女の手を見てから、両手を出す。
女は布の半分を華へ渡した。
戸の外へ向かう。
*
家の前には、朝から干されていた布があった。
女は華の持つ布を広げ、空いたところへ留めていく。風が吹くたび、干した布の端が小さく揺れた。
華も端を持ったまま、女の手を見る。
女が次の布を取る。先ほどと同じように、端を広げた。
布を広げて干すやり方は、知っているものと変わらない。
華は次の布へ手を伸ばした。
女は一度、華の手を見た。布を渡す。
渡された布は、水を含んで冷たく重かった。華は端を持ち、女が先に留めた布を見る。
何度か同じことをしたあと、女は残った布を腕に抱えて中へ戻った。
華も続く。
*
卓のそばで、華は自分の布袋を開いた。
黒い板と白い棒を取り出す。
華は、さっき干した布を指した。女を見る。
女は華の指と、板を見た。
それから布を指し、短く何か言う。
華は聞き取れた言葉を板へ書き留めた。
女は板を見る。
華の手を見て、もう一度、布を指した。同じ言葉を繰り返した。
華は最初に聞き取れなかったところを書き足した。
女はしばらく板と布を見比べていた。
それから、残った布を畳み始めた。
華もその横へ行き、端を揃えた。
*
日が傾き始めたころ、外から男たちの声がした。
まだ分からない言葉の中に、聞き慣れた名前が混じる。
「レオン」
華は顔を上げた。
戸口へ行く。
外には三人がいた。靴と裾に土がつき、朝より荷が低くなっている。
レオンが華を見た。
華もレオンを見た。
*
華を残した家が背後で見えなくなるころ、三人は畑の外れまで来ていた。
レオンは、草の根元に残った新しい土を見た。畑の方へ、草が何本も倒れている。
倒れた先は、草の濃い方へ曲がっていた。
ここから先まで追えば、生息域の深い方へ入る。三人で入れない場所ではないが、今日の仕事はそこを荒らすことではない。
「跡はここまでだな」
前を歩いていた男が、低い声で言った。
レオンは頷いた。
そのとき、草の奥で根元を擦る音がした。風に揺れる音とは違う。
このまま行かせれば、畑の方へ抜ける。
前の男が畑側へ回り、もう一人が草地の端へ寄る。レオンは二人の間を埋めながら、短い刃を抜いた。
倒れた草の先で、低い獣が身体を動かした。
草を割って出た獣が畑側へ向きを変えた瞬間、レオンは踏み込みざまに短い刃を振った。
獣の身体が横に崩れた。
レオンはすぐには近づかなかった。草の揺れと、獣の脚を見る。
動きが止まってから、三人で距離を詰めた。
午後に入る前、レオンは朝に確認した畑際の土をもう一度見た。新しい掘り返しは増えていなかった。
奥へ続く草地には入らなかった。
帰り道へ向けて歩き出してから、昨日から一緒に歩いていた男が言った。
「あの娘、帰りも連れていくのか」
レオンは足を止めずに答えた。
「そのつもりだ」
「その先は」
レオンは答えなかった。
日が傾くころ、三人はその家へ戻った。
開いた戸の奥で、女が畳んだ布を華へ渡していた。
華は受け取り、女が揃えた端へ重ねる。
卓の端には、黒い板が置かれていた。
レオンは戸口で足を止めた。
華が顔を上げる。
「レオン」
レオンは短く頷いた。




