第一幕 二十
朝、宿の入口で、顔見知りの男がレオンを待っていた。
男は、城門の外の畑がここ数日荒らされているとレオンへ話した。昨日も草地側から低い獣が入り、植えたばかりの場所を踏み荒らしたらしい。
同じ側から入っているなら、草地から畑へ入る場所はそう多くない。
レオンは男の話を聞き、城門からの距離を頭の中で測った。昼のうちに行き、待って、日が低くなる前に戻れる。
レオンは男へ頷いた。
*
華は食堂の卓から、その様子を見ていた。
レオンが外へ行く準備をしている。日が低くなるころには戻る。
前に、華を宿へ残して出た日と似ていた。
けれど今日は、レオンが荷袋を肩へ掛ける前に、華は自分の布袋を取った。
黒い板と白い棒を入れる。水袋と、重ねた二つの杯も入れた。
入口へ行く。
レオンは華の布袋を見て、動きを止めた。
華はレオンを指した。次に、自分を指す。最後に、城門の方へ手を向けた。
「レオン」
レオンはすぐには頷かなかった。
華の顔と、布袋を見た。入口の外へ目を向けてから、日が高い方と低い方を順に指す。城門の方を示し、手を遠くまで動かさずに止めた。
華はその手を見た。
今日のうちに戻る。遠くへは行かない。
華は頷いた。
レオンはもう一度だけ、華と城門の方を順に指した。
華も、同じように指した。
今度、レオンは荷袋を肩へ掛けた。
*
城門を出ると、華はレオンの半歩後ろを歩いた。
荷を届けたときに通った街道だった。石壁の門を背にして少し進むと、道の脇には低い畑が続く。人の姿はまばらで、土の匂いは街の中より濃かった。
レオンは何度か周りを見た。
華も、道の端の草や、畑の向こうの木立を見る。
前に灰色の獣が出てきたときは、草が近いところで揺れた。今日はまだ、風が畑の草を同じ向きへ撫でているだけだった。
畑の端に、腰のあたりまである低い石積みがあった。
レオンはそこで足を止めた。石積みの内側と草地を見比べ、畑の端を少し歩く。周りを見回してから、石積みを指した。華を指し、それから自分の手のひらを石の内側へ向けて止める。次に、自分の腰の杭を見せ、草の先を指した。
そこから動くな、と言っているらしい。
華は頷き、石積みの内側へ座った。
レオンは石積みから少し離れた草の倒れたところで、杭を二本、土へ刺した。
紐を渡す。両手を離しても、紐は地面すれすれにまっすぐ張った。
杭を刺したあと、レオンは石積みの畑側へ回った。腰を落とすと、草地の方からは石積みの陰に隠れた。
華は石積みの内側にいた。
*
しばらくして、畑の奥の草が止まった。
風が消えたわけではない。
そこだけ、草の先が別の向きへ沈んでいる。
華は息を止めた。
レオンはすでに、そちらを見ていた。
草の中から、低い背が見えた。
灰色より濃い毛に覆われた獣だった。頭を下げ、土を掻く。草の倒れたところを進み、杭と紐の向こうの畑へ身体を向けている。
獣が、杭と紐へ近づく。
紐へ届く直前、レオンが石積みの陰から出た。短い刃を抜く。
白い光が細く走る。
土を蹴った前脚が止まり、獣の身体が横へ崩れた。草が大きく揺れ、重い音が続く。
レオンはすぐに近づかなかった。
刃を構えたまま、獣の動きを見る。
もう一度、獣が土を掻いた。
レオンが前へ出る。短い刃が一度動き、獣の足音は止まった。
華は石積みの内側にいた。
そこから出なかった。
*
レオンは周りの草を見て、しばらく待った。
ほかに何かがいるのかもしれない。華には分からない。
やがて、レオンは杭を抜いた。張っていた紐が、手の中でたわむ。
華の方へ戻ってくる。
レオンは華と、石積みの内側の地面を順に見た。次に、自分の胸を指してから、城門の方へ手を向ける。
終わった。帰る。
たぶん、そういうことだ。
華は石積みの内側から出た。
レオンは荷袋の紐を確かめ直し、華の布袋を見てから、先に街道へ戻った。
華もその後ろを歩く。
朝に通った門を、日が低くなる前にくぐる。宿の前には、いつもの白い鳥の壁が見えた。
華は、宿の扉へ向かうレオンの横を歩いた。




