第一幕 十八
朝、レオンはいつもの荷袋のほかに、細い杭を二本、腰の袋へ入れた。
紐も確かめる。短い刃は、布で拭いてから鞘へ戻した。
華は部屋の扉のそばで、それを見ていた。
前にも見たものだった。
道の脇で、草の中から灰色の獣が出てきたとき。レオンは杭と紐を使い、白い光を走らせた。
今日は荷を運ぶときより、腰のまわりにあるものが多い。
レオンは荷袋の口を締めると、華の方を見た。食堂と帳場の方を示し、それから華を指して、手のひらを下へ向けた。
待っていろ。
たぶん、そういうことだ。
レオンは自分を指し、外を指す。
最後に、日が低くなる方へ手を向けた。
戻る、ということらしかった。
華は頷いた。
レオンは扉を開けた。足音が廊下へ遠ざかり、階段を下りる音も消える。
部屋の中に、残った音がなくなった。
*
華は鍵を掛け、布袋を肩へ掛けた。
食堂へ下りる。帳場の女がこちらを見て、短く何か言った。華は知っている音を一つ返し、空いた卓へ座った。
少しして、湯気の立つ杯と平たいパンが置かれる。
華は受け取って食べた。
朝にレオンがいるときも、同じ卓へ座ることがある。けれど今日は、向かいの椅子は空いたままだった。
食べ終えると、華は部屋へ戻った。黒い板を卓へ出し、水の印と、その近くに書き写していた文字を見る。
分かるものを一つずつ確かめる。分からない形は、横へ残す。
窓の外の光が、少し高くなった。
水差しを持って宿を出る。白い鳥の壁を過ぎ、石壁の水場まで行く。水を満たし、こぼさないように持ち帰る。
食堂の端へ戻したあと、華は布袋の口を押さえた。
鍵も、黒い板も、日本の財布も、中にある。
それからまた、自分の部屋へ戻った。
*
昼を過ぎたころ、帳場の女が廊下から華を呼んだ。
華が扉を開けると、女は廊下の端に置かれた小さな籠を指した。籠の中には、見たことのない丸い実が入っている。
女は何か言って、実を一つ持ち上げた。次に、華の方を見た。
華は音を聞いた。
知っている音は、その中になかった。
女の指が実へ向いたことは分かる。けれど、これを食べていいのか、どこかへ運ぶのか、ただ見せられているのかは分からない。
華は、いつものように横を見た。
食堂の卓も、帳場の前も見える。
けれど、レオンはいなかった。
朝に扉を開けて、外へ行った。
華は籠へ顔を戻した。
女は、まだ実を持って待っている。
華は首を横に振った。それから、手のひらを籠へ向けたまま動かさなかった。
女は少しだけ目を細めた。実を籠へ戻し、別の短い音を言う。
華には、やはり分からない。
女はそれ以上何もせず、籠を持って廊下の先へ行った。
扉が閉まる。
華はしばらく、その前に立っていた。
分からないものは、まだここにある。
ただ、今は分からないまま、手を出さないこともできた。
*
午後、華は食堂の卓で黒い板を開いた。
途中で、宿の女が水差しを指した。華は板を伏せ、水場へ行く。戻ると、女は短く頷いた。
その後は、部屋と食堂と水場の間を、必要なときに行き来した。
窓の光は、少しずつ低くなった。
朝から、レオンの声は聞こえなかった。
それでも、扉を開ける。鍵を回す。水差しを持つ。杯を受け取る。黒い板へ目を落とす。
昨日までと同じことが、レオンのいないあいだにも続いた。
*
日が傾いたころ、入口の扉が開いた。
華は黒い板から顔を上げた。
レオンが入ってくる。
外套の裾に、乾いた土と草がついていた。腰の紐には、朝に入れていた杭が戻っている。紐は片方だけが土で濃くなり、短い刃の鞘にも、拭ききれていない色が残っていた。
レオンは帳場の女へ何か言い、硬貨を出した。女は受け取り、短く返す。
華はそのやり取りを見ていた。
レオンは、華と一緒に袋を運んだ日とは違うものを、今日は外でしてきたらしい。
道の脇の草と、張った紐と、動かなくなった灰色の獣が浮かぶ。
けれど、今日の外で何があったのかは分からない。
レオンがこちらを見る。
華は板を閉じ、椅子から立った。
レオンは近くまで来ると、華の顔と、卓の上の板を見る。次に、部屋の方と水差しの方へ目を向けた。
華は頷いた。
何をしたか、全部を言う言葉はまだない。
それでも、朝にレオンが出てから、日が傾くまで、宿の中にいた。
今、レオンは戻ってきた。
レオンは荷袋を床へ下ろした。
華はその横へ立った。




