第一幕 十七
朝、華が部屋の扉を閉める音がした。
少しして、鍵を回す小さな音が続く。
レオンは食堂の卓で荷袋の口を締めながら、それを聞いていた。
華は一人で下りてくる。帳場の女へ黒い板を見せ、短く言われた音を聞く。入口の脇の水差しを取り、外へ出る。
戻るころには、水差しは満ちていた。
言葉の意味を全部分かっているわけではない。それでも、宿の中で必要なことは、以前より自分で片づける。
昼までに戻る小仕事なら、華が困ることは少ない。
朝から夕方まで空ける日でも、宿にいるあいだなら、今は大丈夫だろう。
*
宿の前で、顔見知りの男がレオンを呼び止めた。
城門の外で、畑の近くへ出る獣の話だった。
男は何度か道の方を指し、指を一本立てる。日をまたがない仕事らしい。レオンは途中で、報酬の額を示す仕草を見た。
荷を運ぶより、こういう仕事の方が払いはいい。
華が来てから、宿代と食べるものに出る硬貨は増えた。衣服や日用品も、必要になれば買う。
それでも、華を連れていけない仕事を、そのまま選ぶわけにはいかなかった。
森で見つけたばかりのころは、宿の部屋に残しても、扉の向こうで何をするか分からなかった。
今は違う。
鍵を掛ける。水を汲む。食事を受け取る。知らない声の中から、必要な音を拾う。
知っている範囲を外れれば、まだ華は立ち止まる。
だが、日暮れまでに戻れる距離の仕事なら、選択肢から外す理由は少なくなっていた。
レオンは男へ、後で返事をすると言った。
*
夕方、華が水差しを卓へ戻しに来た。
華がその横を通ったとき、レオンは手を止めた。
何かが、気配の端に引っかかった。
華は水差しを置き、レオンを見る。何を待つのか分からない顔だった。
レオンはすぐには答えず、改めて華の方へ意識を向けた。
薄い。
けれど、空ではない。
石に似た感触が、気配の奥にあった。
確かな形には、まだ遠い。ほかの何かと取り違えている可能性もある。
それでも、森で華を見つけたときには、こうではなかった。
息はあった。怪我もなかった。
だが、成人なら返るはずの石の感触だけがなかった。
今は、ごく薄くても、何かが返ってくる。
華は、レオンが見ているあいだも変わらなかった。
水差しから手を離し、空いた手で布袋の口を押さえる。次に、食堂の奥から聞こえた声へ顔を向けた。
レオンは、もう一度意識を向けかけてやめた。
そこまで探るものではない。
華は、何も知らないまま、食堂の奥を見ている。
レオンは視線を外した。
荷袋の口を、もう一度締め直す。
華が水差しを置いた卓の向こうで、宿の女が何か言った。華は少し考えてから、知っている音を一つまねた。
森で見つけたときには、なかった。




