第一幕 十六
門の外へ出る用事が、前より珍しくなくなっていた。
レオンの荷の一つを街道沿いの屋根へ届け、華は帰り道に空いた手で水袋を持つ。何を運び、誰が受け取ったのかを、言葉ではまだ全部追えない。
それでも、荷を渡す相手を見て、帰る道に城門があることは分かる。
午後の道は、行きより静かだった。
華は水袋の口を確かめながら歩いていた。
レオンが、不意に足を止める。
華も止まった。
レオンは振り返らず、後ろへ手を出した。触れはしない。華の進む方を押しとどめるように、掌を見せる。
次に、道の脇の低い石を指した。
華は石の後ろへ下がった。
レオンは道の端へ寄り、草むらの方を見る。腰の短い刃を抜き、荷を自分の後ろへ寄せる。
草が揺れた。
最初は風かと思った。だが、揺れは一か所からこちらへ近づいてくる。
背の低い灰色の獣が、草の間から出てきた。
犬に似た形だった。けれど、脚は短く、頭は低い。口を開くと、細い歯が見えた。
華の手が、水袋の紐を強く握った。
獣は低く頭を下げ、こちらを見た。
レオンは短く何か言った。
華には分からない。
ただ、レオンは一度だけ石の方を見た。華がそこから動かないことを確かめたように見えた。
それから腰の袋から、細い金属の杭を二本取り出した。
道の土へ、間をあけて刺す。
二本の杭に紐を渡し、レオンが手を離した。
紐はたるまなかった。
風が草を揺らしているのに、それだけが地面すれすれで、まっすぐ張っている。
獣が低く鳴いた。
次の瞬間、道を跳った。
紐へぶつかる直前、白い光が細く走った。
獣の前脚が止まり、身体が横へ崩れる。
レオンは前へ出た。
短い刃が動く。獣がもう一度鳴き、土を掻いた。
それから、動かなくなった。
華は石の後ろで息を止めていたことに、そのあとで気づいた。
*
レオンは刃を布で拭い、獣から少し離れた。
周りの草むらを見渡す。
しばらくしてから、杭を抜く。紐は手の中で、ただの紐のようにたわんだ。
華の方へ戻ってくる。
華はまだ水袋を持っていた。
レオンは華の腕と肩、足元を順に見た。次に、自分の胸を指してから、華へ手を向ける。
怪我を確かめているらしい。
華は首を横に振った。
レオンは頷き、荷を拾い上げる。
草むらの奥をもう一度見てから、城門の方を指した。
華は石の後ろから出た。
さっきまで歩いていた道だった。
それでも、草の揺れ方が、前とは同じに見えなかった。
*
門が近づくまで、レオンはいつもの速さで歩いた。
華もその横を歩く。
森で火を起こした夜や、水を集めたときのことが、ふと浮かんだ。
あのときも、レオンの手のあとに、火や水があった。
今度は、張ったはずのない紐が獣を止めた。
魔法、という言葉が浮かんだ。
自分の知っている言葉では、それが近い気がする。
けれど、この世界で何と呼ばれているのかも、どうしてああなったのかも、華には分からない。
分かるのは、あの草むらに、自分を傷つけるものがいたこと。
レオンは、それを先に見つけ、自分を道の脇へ下がらせた。
そして、あの獣はもう動かなかった。
城門の内側に入ると、通りには荷車と人の声があった。
レオンは門のそばで荷の紐を確かめる。
華は水袋を持ったまま、その横で待った。
少しして、レオンが歩き出す。
華も、いつもの宿へ向かう道を歩いた。




