第一幕 十四
同じ朝が、何度も過ぎた。
華は扉を閉め、鍵を回す。食堂へ下り、水の印を出さずに杯を受け取る。宿の前を出れば、白い鳥の壁と水場の石壁を見て、レオンの横を歩く。
最初のころは、その一つごとに手を止めていた。
今は、黒い板を取り出す前に済むことが少し増えた。
レオンが仕事へ出る朝もある。華が宿の卓で板を広げているあいだに戻る朝もある。外へ行くときは、軽い荷を持つこともあった。
分からないものがなくなったわけではない。
ただ、昨日まで見たものを、今日も同じ場所で見つけられるようになった。
*
昼前、帳場の女が食堂へ顔を出した。
華の方を見て、何か長く言う。
華は、聞き取れない音の続きに耳を向けた。
途中に、自分の名があった。
次に、水を指すときに何度も聞いた音がある。
そのあとも、知らない音が続いた。女は入口の脇に置かれた水差しを指した。
華はすぐには動かなかった。
女の言葉全体が、水を持ってこいという意味なのか、それとも別のことなのかは分からない。
けれど、自分の名と、水の音が、ただ流れていく声の中で引っかかった。
華は水差しを持ち上げた。
女は水差しを指し、次に入口の外を指した。
華は、その先にある石壁の水場を思い出す。
そういうことかもしれない。
水場から戻り、卓の端へ水差しを置く。
女は中をのぞき、頷いた。もう一度、短い音を言った。
華も、その音をまねた。
意味が分かったわけではない。
それでも、分からない音の中に、何もかもが埋もれているわけではなくなった。
*
夕方、レオンが帳場で硬貨を出した。
宿の女が受け取り、何枚かを数える。レオンは残りを腰の袋へ戻した。
華は食堂の卓から、そのやり取りを見ていた。
宿へ泊まる。食べる。水を使う。新しい上衣を買った。
そのたびに、レオンが硬貨を渡すところを見ている。
最初は、食べることと眠ることだけで手一杯だった。
今は、渡されるものの前に、レオンの袋が軽くなるのを見ている。
自分の財布は、布袋の底にある。
中のものは、この街では何にもならない。
華は黒い板を引き寄せた。
水の印のそばに、まだ読めない文字をいくつか書き写す。
今すぐ何かを決められるわけではない。
けれど、ここで暮らすなら、受け取るだけではなく、自分にもできることを増やしたかった。
レオンが帳場を離れ、卓へ戻ってくる。
華は板を伏せた。
レオンは何も尋ねず、向かいへ座る。
食堂の奥から、誰かの長い声が聞こえた。
華はその中に、まだ知らない音と、知っている音を一つ見つけた。




