第一幕 十一
朝、レオンは部屋の隅で、革紐の傷みを確かめていた。
引けばまだ使える。けれど、次に濡れたら裂けるかもしれない。
紐を外し、荷袋の底から予備を出す。結び直してから、指で一度引いた。
廊下へ出ると、向かいの扉は閉まっていた。
華の部屋だ。
昨日、華は街から宿へ戻る道を、自分で選んだ。今日も、鍵と黒い板を持っている。
宿の中なら、今の華は一人で過ごせる。
そう判断して、レオンは階段を下りた。
*
通りの角にある乾物屋の前で、店主が荷車を見上げていた。
荷台には、麻袋がいくつも積まれている。荷紐の一つが片側へ寄り、袋の角が車輪の上へ出ていた。
レオンが近づくと、店主は手を上げた。
短いやり取りのあと、レオンは荷車の紐を外した。
袋を一つずつ持ち上げ、倉の入口まで運ぶ。店主の甥らしい若い男が、奥で受け取って積み直していく。
急ぐ必要はない。
濡らさず、落とさず、通りを塞がない。
それだけを守れば、昼までには終わる。
最後の袋を下ろしたあと、レオンは荷車の車輪を見た。木の縁に、細い石が噛んでいる。
指先で取り除くと、車輪を少し回した。
引っかかりは消えた。
店主が何か言って笑う。
レオンは肩をすくめ、荷紐を渡した。
*
店主は小さな革袋から硬貨を出した。
レオンは掌へ受け、枚数を確かめる。約束した分だけある。
そのうち何枚かを別の袋へ移し、残りを腰の内側へしまった。
宿代。食事。華の服に使った分。
今日の荷運びで、どれだけ先まで足りるかは、まだ数えていない。
けれど、次の仕事を急いで決める必要はない。
宿へ戻る前に、水場のそばを通った。
石壁の前には、昨日と同じように桶を持つ人がいる。水の落ちる音が、通りの騒がしさに混じっていた。
華がここを見ていたことを思い出す。
覚えた場所が増えれば、華へ見せられるものも増える。
教える順番まで、今決める必要はなかった。
*
宿の食堂には、華がいた。
窓際の卓で、黒い板を広げている。
昨日の水の印の横に、白い鳥のような形があった。通りの壁に描かれていたものを、華なりに残したらしい。
レオンはその向かいへ座った。
華は板から顔を上げる。
レオンの腰の袋へ、一度だけ目をやった。
仕事から戻ったことは、たぶん分かる。
レオンは硬貨の袋をしまったまま、卓の上の板を見る。
華は白い鳥を指し、それから宿の入口の方を指した。
レオンは頷いた。
華が宿の中で待っているだけではない。
自分の知らないあいだにも、見たものを残している。
なら、次に外へ出るときも、ただ連れていくだけで終わらせなくていい。
レオンは卓の端に置かれた白い棒を、華の手元へ少し寄せた。




