↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

第一幕 十

 食事を終えると、レオンは席を立った。


 肩から提げた布袋の口を閉じ、華の方を見る。自分を指してから、食堂の入口、その先の通りを順に指した。


 華は黒い板の入った布袋を膝から取った。


 レオンは待っている。


 出かけるらしい。


 華は部屋の鍵を確かめてから、頷いた。


     *


 通りへ出ると、人の多さが宿の中より近かった。


 荷を引く車輪が石を鳴らす。店の前では、布や金物が風に揺れている。昨日入った布屋の前を通ると、女が戸口で誰かと話していた。


 華は歩きながら、その店の色あせた庇を見た。


 レオンは急がなかった。


 角を曲がる前に一度だけ振り返る。華がついてきているのを確かめると、また歩き出した。


 通りの先に、低い石壁があった。


 壁の前には桶や水袋を持った人が並んでいる。壁に埋め込まれた細い口から、水が途切れずに落ちていた。


 列の端にいた男が、小さな金具へ指を触れる。水の勢いが少し弱まり、隣の口から新しく水が落ちる。


 誰も、その動きを見上げなかった。


 華だけが足を止めた。


 森でレオンが水を出したときとは違う。けれど、ここでも、水を手に入れるためのものが、街の中にある。


 レオンは華の視線の先を見た。水場を指し、それから宿の方角へ親指を向ける。


 華は小さく頷いた。


 水場。宿から歩いてきた道の途中。


 黒い板へ書くほどのことではない。今は、目の前の場所を覚える方が先だった。


     *


 次の店で、レオンは平たいパンを二つと、乾いた葉を包んだ小さな袋を受け取った。


 掌に何枚かの硬貨を並べ、店の男が差し出した硬貨と取り替える。


 華はその動きを見ていた。


 昨日の布屋でも、同じように金属の円いものが渡されていた。数は違う。何がどれだけなのかは、まだ分からない。


 それでも、食べるものを手に入れる場所と、水を得る場所は別らしい。


 レオンは買ったものを布袋へしまった。


 華の前へ、パンの包みを一つ差し出す。


 華は受け取らなかった。


 包みを指してから、レオンの布袋を指す。そこへ入れていいのか、と聞くつもりだった。


 レオンは布袋の口を開けたまま、少し待った。


 華が自分で包みを入れると、口を閉じる。


 それだけで、また歩き出した。


     *


 帰り道の角で、レオンは止まった。


 来た方を一度見て、華を見る。


 華は通りを見回した。


 水場からここまで、右へ曲がった。布屋の色あせた庇は、もう見えない。代わりに、通りの向こうの壁に、白い鳥のような絵が描かれている。


 行くときにも見た。


 あの絵を左にして歩いたあと、荷車の多い通りを渡った。そこから宿の前の、低い看板が見えた。


 華は左を指した。


 レオンはすぐには頷かなかった。ただ、華の指した方へ歩いた。


 角を一つ曲がる。


 荷車の音が近くなる。


 その向こうに、宿の低い看板が見えた。


 華は足を止めずに、その方へ歩いた。


 宿の扉の前で、レオンが横へ並ぶ。


 華は振り返った。


 荷車の通る道。白い鳥の壁。水の落ちる石壁。


 知らないものは、まだ多い。


 けれど、宿へ戻る道は、扉の形だけではなくなった。


 次に一人で歩けるとは思わない。


 それでも、レオンと一緒に通った場所なら、見失わずにいられるかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。