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第17話「聖夜に揺れる、確かな何か]

登場人物

水無月みなづき 晴人はると

高校1年生。本作の主人公。どこにでもいる普通の高校生。

ある雨の日、かつての幼馴染・零花と再会する。

久しぶりの再会に戸惑いながらも、少しずつ彼女との距離を取り戻していく。


霧咲きりさき 零花れいか

高校2年生。晴人の幼馴染。長い時を経て、再び彼の前に現れる。

落ち着いた雰囲気と大人びた美しさを持つ少女。

どこか謎めいた言動を見せることもあり、その内面は容易には掴めない。

クリスマス当日。


空は澄みきっていて、どこまでも高く広がる冬特有の乾いた青が目に沁みるように広がっていた。

吐き出した息は白くほどけ、指先にはじわりと冷たさが染み込んでくる。


ポケットに手を突っ込みながら、俺はいつもの道を歩いていた。


見慣れているはずの通り。

何度も往復したことのある景色。


それなのに、今日に限っては、どこか輪郭がはっきりしないまま、現実感だけが少し浮いているように感じられる。


――昨日の夢のせいか。


頭の奥に残っている、あの光景。

陽の光の中で、無邪気に笑っていた零花の姿が、ふと重なってくる。


「……気にしすぎか」


自分に言い聞かせるように、小さく呟く。


やがて、公園の入口が見えてくる。

古びた遊具も、小さな砂場も、少し傾いたベンチも。

そこにあるものは、何一つ変わっていないはずだった。


それでも夢の中で見た景色と比べると、どこか色が抜け落ちてしまったように感じられる。


静かすぎる。


あの時のように、笑い声が響くこともなければ、誰かが走り回る気配もない。


ただ、風だけが通り過ぎていく。

その音が、やけに耳に残った。


「……」


自然と、足が止まる。

けれど、そのまま立ち止まっている理由も見つからず、ゆっくりと公園の中へ足を踏み入れる。


砂を踏む感触と、わずかな音。

その一つ一つが、やけに鮮明に感じられる。


視線を奥へと向けるとベンチの前に、ひとつの影があった。


「……零花」


気づけば、その名前が静かにこぼれていた。

こちらに背を向けたまま、ただ静かに立っている。


風が吹き、長い髪がゆっくりと揺れる。

その瞬間、夢の中で見た――無邪気に笑っていた姿が、ほんの一瞬だけ重なる。


――でも。


違う。

はっきりと、そう思った。


足を進め、一歩ずつ、距離を詰めていく。

その間にも、足音だけがやけに大きく響いている気がした。


「……待ったか?」


「いいえ。今来たところよ」


落ち着いた声に静かな表情。

その変わらないはずの姿に、なぜかほんのわずかに言葉が詰まる。


――こんな感じだったか?


夢の中の零花が、ふと頭をよぎる。

明るくて、よく笑って、遠慮なんてなかったあいつ。


目の前にいる零花は、どこか一歩引いた距離で、静かに立っていた。


「……そっか」


それ以上は、何も言わなかった。

言えなかった、という方が正しいのかもしれない。


短い沈黙が落ちる。

風の音だけが、二人の間をすり抜けていく。


「寒くない?」


「平気よ。晴人君こそ」


「まぁ、なんとか」


それだけのやり取り。

たったそれだけなのに、どこかぎこちなく感じてしまう。


視線を逸らし、遊具の方へと目を向ける。


「……懐かしいな、ここ」


「そうね。あの頃と、あまり変わっていないわ」


「まぁ、こんな小さい公園だしな」


そう言って、軽く肩をすくめる。

少しの間を置いて、零花が静かに口を開いた。


「……ここで、よく遊んでいたわよね」


「ああ、まぁな」


「放課後、よく寄り道して」


零花の視線は、遊具の方へと向けられていた。


「特に何をするでもなく、ただ時間を潰して」


淡々とした口調で、言葉が続く。


「日が暮れるまでいて、暗くなってから帰ることも多かったわ」


その一つ一つが、やけに正確で。

思い出をなぞるように、丁寧だった。


「……そんなこともあったな」


曖昧に返す。


「鬼ごっこも、よくしていたわ」


その言葉に、わずかに意識が引き寄せられる。


「晴人は足が速くて、いつも先に走って」


ほんの少しだけ、零花の声が柔らぐ。


「私は、その後を追いかけていた」


夢の中の光景が、ふと重なる。

笑いながら走る零花。無邪気な声。

風の中に溶けるような、あの空気。


「……」


言葉が出ない。


「結局、一度も追いつけなかったけれど」


小さく、そう付け加える。

その言い方は、どこか客観的で。

懐かしさを語っているはずなのに、少しだけ距離を感じる。


「……あの頃は、楽しかったわね」


そう言って、零花はわずかに目を細めた。


その表情は、穏やかで。

けれど、夢の中で見た、あの笑顔とは違っていた。


「……そうだな」


ようやく、それだけを返す。

胸の奥に、わずかな引っかかりが残る。


同じ記憶のはずなのに。

どこか、噛み合っていないような感覚。


それを言葉にすることはできなかった。


「……行くか」


その空気を切るように、短く言う。


「ええ」


零花は小さく頷いた。


並んで歩き出す。

あの頃と同じ距離のはずなのに、どこか噛み合わない歩幅。


その違和感を抱えたまま、公園を後にする。

背中に当たる風は冷たく、けれどどこか静かだった。


◇ ◇ ◇


公園を出て、しばらく歩くと、街の気配が少しずつ濃くなっていく。

人の流れに混じりながら進むうちに、やがて視界が開けた。


「……人、多いな」


駅前の通りは、すでにクリスマスの空気に包まれていた。

街路樹にはイルミネーションが巻き付けられているが、まだ明るい時間帯のため、その光は控えめで、装飾としての存在感が強い。

店先にはリースやオーナメントが飾られ、クリスマスソングが穏やかに流れていた。


買い物袋を抱えた人々。

楽しげに歩く友人同士。

そして、どこか浮き足立った様子の恋人達。


街全体が、ゆるやかに高揚している。


「……綺麗ね」


零花が小さく呟く。

その視線は、飾り付けられた街並みへと向けられていた。


「まぁ、夜の方がもっとすごいんだろうけどな」


そう言いながら、周囲を見渡す。

今はまだ、準備段階のような静けさが残っている。


けれど、その奥にある“これから”の気配が、はっきりと感じられた。


「ええ。でも、今くらいの方が落ち着いて見られるわ」


「……あー、確かに」


夜ほど人も密集していない。

騒がしすぎない分、歩きやすい。


「こういう時間帯、悪くないな」


「そうね」


短く返しながらも、零花の表情はどこか柔らかい。

人の流れに合わせて、ゆっくりと歩く。


肩が触れそうで、触れない距離。

その曖昧な近さが、妙に意識に残る。


「……あれ」


零花が足を止めた。

視線の先には、広場の中央に立つ大きなクリスマスツリー。


まだ点灯していないが、装飾は十分に華やかで、その存在感は際立っていた。


「でかいな」


「ええ」


二人で見上げる。

光はないのに、不思議と目を引く。


「夜になったら、あれ全部光るんだろうな」


「そうでしょうね」


その言葉に、ほんの少しだけ想像が重なる。

この場所が、夜にはどんな景色になるのか。


「……こうしてると、実感湧くな」


ぽつりと呟く。


「何が?」


「クリスマスって感じがするっていうか」


「ふふ」


小さく、笑う声が聞こえた。

視線を向けると、零花がわずかに口元を緩めていた。


その表情は、ほんの一瞬だけ――

昔見た笑顔に、少しだけ重なった気がした。


「……どうした?」


「いいえ、なんでもないわ」


すぐに、いつもの落ち着いた表情に戻る。

その変化が、かえって印象に残る。


「……そっか」


それ以上は聞かなかった。

聞けなかった、と言った方が近いかもしれない。


まだ光りきらない街の中で。

二人の時間だけが、静かに進んでいった。


「……どうする?」


ツリーから視線を外しながら、俺はそう口にした。


「このままここにいても、まだ点灯しないだろうし」


時間はまだ早い。

夜になるには、まだ少し余裕がある。


昼と夜のちょうど間にあるような、この中途半端な時間帯。

どこか落ち着かないような、それでいて嫌いじゃない空気だった。


「そうね。せっかくだし、少し見て回りましょうか」


「だな」


通りには、クリスマス向けの商品を並べた店がいくつも並んでいた。


雑貨、アクセサリー、菓子店。

どの店も、普段より少しだけ華やかで、どこか浮ついた空気をまとっている。


人の流れに紛れながら、ゆっくりと歩く。

周囲のざわめきが、耳に心地よく残る。


「……こういうの、見るの好きか?」


「嫌いではないわ」


零花はそう言って、ショーウィンドウへと視線を向ける。

ガラス越しに並ぶ、小さなオーナメントやアクセサリー。

その一つ一つを、静かに眺めていた。


足が、自然と止まる。


「……これとか、どうだ?」


なんとなく目についた、星型のチャームを指差す。

控えめな装飾で、派手すぎない。


「綺麗ね」


短くそう言って、零花はわずかに身を乗り出した。

その仕草が、ほんの少しだけ無防備に見える。


「でも、こういうのって、選ぶ人の趣味が出るものよね」


「……まぁ、そうだな」


軽く頷きながら、心のどこかが引っかかる。


――選ぶ人の趣味。


その言葉に、胸の奥がわずかにざわついた。


……大丈夫か、あれ。


ひとりで選んだプレゼントのことが頭をよぎる。


あれでよかったのか。

もっと別のものの方がよかったんじゃないか。


今さらどうにもならないのに、そんな考えが浮かんでは消える。


「晴人君は?」


「ん?」


「こういうの、選ぶの得意そう?」


「いや、全然だな。むしろ苦手な方だと思う」


「ふふ。そうなのね」


その反応に、少しだけ肩の力が抜ける。


「まぁ、無難なの選ぶくらいしかできねぇよ」


「それも一つの正解よ」


零花はそう言って、再び視線をガラスの向こうへ戻した。

その横顔は、やっぱり落ち着いていて。

けれど、さっきよりもほんの少しだけ柔らかい気がする。


「……他も見るか」


「ええ」


並んで、また通りを進む。

いくつかの店先を覗きながら、他愛のない会話を交わす。


何を話したのか、はっきりとは覚えていない。

ただ、途切れない会話と、隣にいる気配だけが残っている。


人混みの中で、隣に誰かがいるという感覚。

それが、少しずつ自然になっていく。

さっきまで感じていた違和感が、完全に消えたわけじゃない。


けれど、ほんの少しだけ――薄れている気がした。


「……ちょっと歩きすぎたな」


気づけば、そんな言葉が口をついて出る。

足を止めて、軽く息を吐く。


「そうね。少し、休める場所があるといいのだけれど」


「じゃあ、どっか入るか」


周囲を見渡すと、人の流れの中に、いくつか店が見える。

その中で、少しだけ落ち着いた雰囲気のカフェが目に入った。


大きすぎず、騒がしすぎない。

今の空気にちょうどいい気がした。


「……あそこ、どうだ?」


「ええ、いいわね」


そのまま並んで、店の方へと歩き出す。

ガラス扉を押して店内に入ると、外の喧騒がすっと遠のいた。


「いらっしゃいませ」


落ち着いた声が耳に届く。

店内は思っていたよりも静かで、照明も柔らかい。

外の賑やかさとは別の時間が流れているようだった。


「二名です」


店員にそう伝えると、奥の席へと案内される。


窓際の席だった。

外の通りが見える位置で、さっきまで歩いていた人の流れが、少し遠くに感じられる。


向かい合って座る。

それだけで、さっきまでの“並んで歩く距離”とは違う感覚になる。


「何にする?」


メニューを開きながら聞く。


「そうね……」


零花も視線を落とし、しばらく考える。

その仕草が妙に自然で、見慣れているはずなのに、どこか新鮮に感じた。


「紅茶にするわ」


「じゃあ俺もそれでいいか」


深く考えることなく、そう答える。

注文を済ませると、少しだけ静けさが落ちる。

外の音は遠く、店内には控えめな音楽だけが流れていた。


少しだけ視線を巡らせてから、ぽつりと呟く。


「……あの店もいいけど、ここもいい感じだな」


「あの店?」


「ほら、一緒に行ったさ」


軽く言ってから、ふと記憶を辿る。

何度か行った、あの落ち着いたカフェ。


「……ああ、Featherのことね。そうね……悪くないわね」


ほんの少しだけ間を置いてから、そう続ける。

評価するような言い方。

それが、らしいといえばらしい。


「まぁ、落ち着くしな」


注文を済ませると、静かな時間が流れ始める。

さっきまでの賑やかさが、嘘みたいに感じられた。


やがて、紅茶が運ばれてくる。

カップから立ち上る湯気が、ゆっくりと揺れていた。


手に取って、一口。

温かさが、喉を通って落ちていく。


「……ああ、いいな。落ち着く」


零花もカップを持ち上げ、静かに口をつける。


「ええ。香りもいいわね」


「だな」


それだけの、短いやり取り。

けれど、その何気なさが、妙に心地よかった。


カップを置いて、小さく息を吐く。


……どうする。


ふと、そんな考えが浮かぶ。

ポケットの中にある、小さな箱の存在を意識する。


渡すつもりで持ってきた。

それは間違いない。


……今か?


タイミングを測るように、視線を落とす。


まだ早い気もする。

もう少し会話をしてからの方がいいのかもしれない。

けれど、引き延ばせばいいというものでもない。


さっきのやり取りが、ふと頭をよぎる。


『――選ぶ人の趣味が出るものよね』


……あれでよかったのか?


今さら、そんな不安が浮かぶ。

渡したあとで、微妙な反応をされたらどうする。


そんなことまで考えてしまう。

カップの中の紅茶を見つめる。

揺れる液面に、自分の思考が映っているような気がした。


……いや。


小さく、息を吐く。

ここまで来て、迷っても仕方がない。


そもそも、渡すつもりで来たんだろ。


それに――今のこの空気は、悪くない。


むしろ、ちょうどいい。

静かで、落ち着いていて。

余計なものが入らない、このタイミング。


……今か。


そう思った瞬間、少しだけ腹が決まる。


「……そうだ」


小さく呟いて、ポケットに手を入れる。

指先に触れる、小さな箱。


ほんの一瞬だけ、躊躇がよぎるも、そのまま取り出した。

テーブルの上に、そっと置く。


「これ……クリスマスだし」


それだけ言って、少しだけ視線を逸らした。

零花は、テーブルの上に置かれた箱へと視線を落とした。


「……いいの?」


静かにそう言いながら、手を伸ばす。


「まぁ、別に大したもんじゃないけど」


軽く言いながらも、内心は落ち着かない。

箱に触れる、その指先の動きがやけにゆっくりに見えた。


無駄のない動作で、丁寧に包装を解き、やがて、小さな箱が開かれる。

中に収められていたネックレスを、零花は静かに見つめた。


「……」


ほんの一瞬、言葉が途切れる。

その目が、わずかに見開かれた気がした。


「……綺麗」


小さく、そう呟く。

その声は、ほんの少しだけ――感情が乗っていた。


一瞬だけ、昔の零花に近い響き。

胸の奥が、わずかに揺れる。


けれど。


「こういうのを、晴人君は似合うと思ったのね?」


続いた言葉は、落ち着いていて、整っていた。

まるで、与えられた情報をもとに結論を導き出すような言い方。

さっきの“揺れ”が、最初からなかったかのように消えている。


「……ああ。まぁ、そんな感じで選んだ」


それ以上、うまく言葉が出てこなかった。


「ありがとう」


零花は静かに言った。

その言葉も、やっぱり丁寧で、正しくて。


「……大事にするわ」


続く言葉も、きれいに整っている。

どこにも不自然なところはない。


ちゃんと喜んでいるように見える。

それなのに、さっき一瞬だけ見えた“綺麗”という言葉の方が、強く残っていた。


……あれは、なんだったんだろう。


考えかけて、やめる。

目の前の零花は、変わらず落ち着いた表情でネックレスを見つめていた。


指先でそっと持ち上げ、光にかざす。

控えめな輝きが、静かに揺れた。


「……つけてみてもいいかしら?」


「あ、ああ……もちろん」


少しだけ間の抜けた返事になる。

慌てて言い直す余裕もなかった。


零花は小さく頷くと、ネックレスを手に取ったまま、髪をかき上げる。

その仕草に、わずかに視線が引き寄せられる。


首元に、チェーンを回す。

慣れた動きで、留め具を留めると、そっと手を離した。


「……どう?」


こちらを見て、静かに問いかけてくる。

その声は落ち着いていて、いつも通りのはずなのに。

なぜか、少しだけ意識してしまう。


「……似合ってる」


短く、それだけ答える。

余計な言葉は出てこなかった。


けれど、それで十分だと思った。


零花は、わずかに目を細める。


「そう」


小さく、そう返す。

そのまま、指先でネックレスに触れる。


確かめるように、なぞるように。

その仕草は、どこか丁寧で――まるで、大切なものを扱うみたいだった。


……似合ってる、よな。


改めてそう思う。

選んだ時の不安が、少しだけ薄れていく。


目の前の零花と、ネックレス。

その組み合わせが、しっくりきていた。


「……ありがとう」


ぽつりと、零花が言う。


さっきと同じ言葉。

けれど今度は、ほんの少しだけ――温度があるように聞こえた気がした。


気のせいかもしれない。

それでも、そのわずかな違いが、妙に残った。


◇ ◇ ◇


それから、しばらくの間。

他愛のない会話を交わしながら、ゆっくりと時間を過ごした。


特別な話をしたわけじゃない。

けれど、不思議とその時間は途切れることなく続いていく。


カップの中の紅茶はいつの間にか空になり、店内の空気にも少しだけ変化が出ていた。


外の光が、ほんの少しだけ傾いている。


「……そろそろ、出るか」


「ええ」


会計を済ませて、店の外へ出る。


扉を開けた瞬間、空気が変わる。

昼の明るさは残っているが、どこか色が落ち着いている。


空は、ゆっくりと夕方へと移り変わり始めていた。


「……結構、時間経ってたな」


「そうね」


零花が、空を見上げる。

その横顔を、つい目で追ってしまう。


さっきつけたネックレスが、わずかに光を反射していた。


「……そのままでもいいな」


「え?」


「あー……その、外さなくても…似合ってるし」


言い終えてから、少しだけ視線を逸らす。


「……そう」


零花は短く返すと、指先でネックレスに触れた。

その仕草が、ほんの少しだけ柔らかい。


「なら、つけておくわ」


その言葉に、どこか安心する。


「……そっか」


それだけ返して、歩き出す。


再び、人の流れの中へ。

夕方の街は、昼とは違う顔を見せ始めていた。


店の灯りが少しずつ目立ち始め、空気もどこか落ち着いている。


そして、ふと視界の端で光が灯る。


一本、また一本と。

街路樹に巻き付けられていたイルミネーションが、順番に点灯していく。


「……お」


思わず、足を止める。

さっきまで“飾り”だったものが、一気に景色へと変わる。


白と金の光が、通りを静かに染めていく。


「……綺麗ね」


零花が、隣で呟く。

その声に、さっきと同じ響きを感じる。


今度は、消えない。

ちゃんとそこに残っている。


「……ああ」


光の中で、零花の姿が浮かび上がる。

ネックレスが、イルミネーションの光を受けて、控えめに輝いていた。

それが、不思議と目を引く。


「……なぁ」


隣に立つ零花は、静かにこちらへ視線を向けた。

その瞳に、揺れる光が映り込んでいる。


「やっぱり零花ってさ」


言葉を探すように、一瞬だけ間が空く。

胸の奥に引っかかっていたものが、ようやく形になりかけていた。


「……昔と変わったよな」


静かに、そう告げる。

責めるわけでも、否定するわけでもない。


ただ、確かめるような言い方だった。

零花は、すぐには答えなかった。


ほんのわずかに、視線を伏せる。


「……晴人君にはそう見えるのね?」


やがて、静かに口を開く。

その声は落ち着いていて、いつもと変わらないはずなのに。


どこか、ほんの少しだけ――深い。


「例え、見た目や性格が変わっても」


ゆっくりと、言葉を紡ぐ。

一つ一つ、確かめるように。


「……想いは変わらないわ」


その言葉が、夜の空気に静かに落ちる。


一瞬、息が止まる。


「えっ……」


思わず、声が漏れた。

今の言葉は、ただの返答じゃない。


もっと――別の意味を含んでいる気がした。

零花は、こちらをまっすぐ見つめていた。

その姿が、やけに鮮明に見える。


「……昔から、私は――」


言いかけた、その瞬間だった。


「……っ」


零花の呼吸が、わずかに乱れる。


ほんの一瞬。

けれど、はっきりと分かる変化だった。


「おい……?」


様子がおかしい。

さっきまでの落ち着きが、微かに崩れている。

零花は片手でこめかみを押さえ、わずかに顔を歪めた。


「……大丈夫、よ」


そう言いながらも、その声はどこか掠れている。


呼吸が、浅い。


「……っ、けほっ」


小さく、咳が漏れる。

押し殺すような、短い咳。


「零花?」


「平気……だから」


そう言いかけて、


「……けほっ、けほっ……!」


今度は、はっきりとした咳込みに変わる。


肩がわずかに揺れる。

呼吸が乱れているのが、目に見えて分かる。


「おい、大丈夫かよ!」


思わず声が強くなる。

零花は、何とか落ち着こうとするように、胸元を押さえる。


指先が、わずかに震えていた。


「……っ、は……」


息を整えようとしている。

けれど、うまくいっていない。

その様子が、はっきりと“異常”だった。


「……本当に、大丈夫か?」


少しだけ声を落とす。

周囲のざわめきが、逆に遠く感じられる。


「……少し、だけ……」


零花が、ようやく絞り出すように言う。


「……大丈夫」


その言葉は、さっきよりも弱かった。


「ちょっと……驚いただけ」


無理に整えたような言い方。

けれど、呼吸はまだ完全には戻っていない。


……今の、なんだよ。


胸の奥に、不安が残る。

さっきまでの空気が、一瞬で変わっていた。


さっきの言葉。


――想いは変わらない。


そして、その続きを言いかけて――止まった。


「……無理すんな」


そう言いながら、もう一歩だけ距離を詰める。


何かあったら、すぐに支えられる距離。


零花は、小さく頷いた。

けれど、その目の奥に――ほんのわずかな“揺らぎ”が残っていた。


そして――


「……あと、どれくらい残っているのかしらね」


ぽつりと。

まるで独り言のように、そう呟いた。


「……は?」


思わず、声が漏れる。

今の言葉の意味が、すぐには理解できない。


「何がだよ」


問いかける。

けれど、零花は少しだけ首を横に振った。


「……いいえ」


何でもない、と言うように。

その表情は、もういつもの落ち着いたものに戻っている。


さっきの異変も。今の言葉も。

まるで、最初からなかったかのように。


「……」


言葉が続かない。

胸の奥に残る違和感だけが、消えずに残る。


イルミネーションの光が、静かに瞬いている中で。

さっきまでの温もりが、少しずつ遠のいていくような気がした。

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