第37話 献杯
当時、悪徳貴族どもが、麦やコメの抱え込みをしていやがったらしい。王族が必死で、国民たちを飢えさせぬように、炊き出しやら率先してやっていたのに。
「しかも、抱え込みを先導していたのが、教会ときたもんだ! とんでもない腐敗を、オイラは見過ごしていたんだ!」
ジェアロームが、テーブルに拳を叩きつける。
「でな、ソロガス。オイラはよぉ、偉くなろうって決めたんだ。偉くなって、国民のための神父様になろうって! おかげで、お前のような弟子にも恵まれた。うれしいよ」
オレは「わかったわかった」と、興奮するジェアロームをなだめた。
「オレのときも、飢饉は最近あったよ。どうにか乗り越えた。アンタの働きかけのおかげだ。ありがとう」
あのときみたいに、ドリフトしながら食糧を荷馬車で運んできたときは、救いの神が来たと歓喜したものだ。
「……どうってことねえよ」
強い酒を煽って、ジェアロームはコカトリスの鍋をガツガツと食らう。
「ありがとうよ。オイラの弟子になってくれて」
「んだよ、気持ちわりいな!」
「気持ちわりいって、なんだヨ!? オイラは感謝の言葉をおメエに」
「そういうの、アンタのガラじゃねえんだよ。今生の別れみたいで」
「あのなぁ、人はな、いつか死ぬんだ。オイラだって、神や精霊じゃねえ。オイラもいつか召される時がくらあ。そういうときは、なんの覚悟もねえときに、来るもんだ」
そのまま、教皇はテーブルに突っ伏して、寝息を立てはじめてしまった。
「潰れちまった」
よほど、いい酒だったんだろうな。
「あーあー。今から帰らなきゃならんのに。ほら、書の発動だけさせろ。寝るなら家で寝ろっ」
病気の人間が、こんなに酔っ払って。
「おーん」
生返事だけして、教皇は書を発動させようともしない。
「しゃあねえな。勘定、置いておくからな!」
オレはおっさんを抱えて、書を発動させた。ファストトラベルで、教会の寝室まで飛ぶ。
おっさんを寝間着に着替えさせる。
枕を背中側に詰めて、横向きに寝かせた。吐瀉物の誤嚥による窒息死を、防ぐためである。
よし、あとは帰るだけ。
「ソロガス」
はっきりとした言葉が、後ろから聞こえた。
「ん?」と、オレは振り返る。
「また明日な」
「ああ。また食おうな」
それが、オレとおっさんとの、最後の会話だった。
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「まさか義兄様が、教皇様を看取っていたとはのう」
フィオが、涙ぐむ。
「看取ってはいない。オレが送った翌朝に、亡くなったと知らせを聞いた」
オレはてっきり、誤嚥性の窒息死を想像した。酔っ払いの死因は、そんなもんだ。オレの管理が、甘かったのかなと。
しかし、教皇は眠るように死んでいたという。思い残すことなんて、なにもないという感じで。
「苦しまずに逝けたなら、いいのかなって」
オレは最後に、一杯だけ酒をいただく。ジェアロームがスキだった酒を。
グラスを持って、オレは席を立つ。
「献杯だ」
乾杯とは違い、故人への敬意を表する儀式を「献杯」という。
ジュースのグラスを持って、フィオも立ち上がる。
「偉大なる教皇、【教皇】……【司教】:ジェアローム・フロストよ。あなたは質素なれど、満たされる日々の素晴らしさを教えてくださった。その清貧なる精神は、民の心にも深く刻まれていることでしょう。どうか安らかに。献杯」
オレはジェアロームに代わって、グラスを煽った。
あの世でも、ガッツリ飲んでくれや。
「よく言うぜ。飲めねえくせによお」
「ン? アンタ、どうしてここに!?」
オレの隣の席に、ジェアロームが座っていた。
フィオは、いない。先に、地元へ帰ったのか。
「んだよ。メシを食いに来たんじゃねえか。何を言ってやがる?」
そういいながら、ジェアロームはいつものようにグラスを空けた。
「ああ~。コイツがありゃあ、オイラは一〇年は長生きできそうだ」
オレは、苦笑する。
「そっちはどうだ?」
「オレにも、弟子ができたよ。妻の姪なんだけどな」
「いいことだ。ソロガス、その子を大事にしろよ」
「ああ」
「じゃあ、オイラは行くからな」
「もう少しだけ、話さないか?」
「いやあ。神が待ってる」
「ジェアローム!」
オレは、ジェアロームの手を取ろうとした。
「……にさま! 義兄様、放しておくれ、寝室でこの光景は、イカン!」
目を覚ますと、オレはベッドに眠っているではないか。フィオの手首を掴んで、引き寄せようとしていた。
フィオが、運んでくれたらしい。
「おっとすまん! オレはいつ寝ていた!?」
慌ててオレは、手を放す。
「あの酒を飲んで、義兄様は一発で倒れたんじゃ!」
そんなに、強い酒だったのか。
「すまん。フィオ。気を付けてな」
「義兄様も、潰れぬように注意されよ」
スカートのホコリを払い、フィオは冒険の書を開いて去っていった。
オレが、ドジるとはなあ。
弟子に世話になるとか、まんまあのときのジェアロームじゃないか。
「アハハ。オレは骨の髄まで、アンタに似ちまったらしいな」
窓から真っ暗な空を見上げながら、オレは笑いが止まらなかった。
(第十一章 おしまい)




