第33話 ある神父様の死
オレは、ある神父様の葬式に出ている。
バディック皇国の教皇、ジェアローム・フロスト。享年、八六歳。「世界一質素な教皇」と呼ばれ、贅沢を嫌っていた。
民衆からは、姓のフロストではなく、「ビショップ・ジェアローム」と呼ばれて親しまれていた人物である。階級は神父最上位の教皇なのに、冒険者だった当時の司教と呼ばせていたのだ。
この神父を愛していたのは、オレだけじゃない。
一般大衆さえ、参列を許されている。
神父の最高位である、【法王】だってのに。
「こちらの方は、愛されていたのじゃな……」
喪服姿のフィオも、棺に花を添える。
「随分と、しんみりしておるのう、義兄様」
「ああ。こればっかりはな。ロスがひどい」
ジェアロームの体調が悪いってのは、聞いていたんだがな。前々から覚悟はしていたが、いざ死を目の前にすると。
「あなた」
オレを心配して、王妃がオレの腕に手を添えた。
「ちょっと、風にあたってくる」
「お昼食までには、戻られますか?」
皇国が、来賓者用に立食を用意してくれているらしいが。
「先に食っていろ。というか、胃に入りそうか?」
「あんまり。わたくしも、ショックが大きくて」
「ムリすんなよ」
「はい」
王都の関係者に断りを入れて、オレはフィオを連れ出す。
「アイテムボックスに、着替えは入ってるか?」
「うむ。肌身離さず、冒険者コスは常備しておるぞ」
「よかった。ちょっと出かけよう」
正直、こんなしんみりした状況、あのオッサンには逆に悲しまれるだろうな。
「笑って送ってやりたい。ちょっとなにか食っていこう」
「皇国主催の、立食会があるではありませんか」
「あんなんで、腹が満たせるかっ」
もっとガッツリしたものを食わねば、楽しくない。
あのオッサンがスキだったもの……鍋だ。
「【冒険の書】を使うぞ」
オレは、鍋が食える店まで飛ぶ。
寒い地域を、あえて選んだ。鍋を食うなら、こういう場所だろう。
「オヤジ、熱いのをくれ」
「あいよ」
店主に頼んで、オレはフィオと席につく。
「昼間から、アツアツの鍋を囲むってのは、ぜいたくだな」
「教皇様がお天道様から見ていたら、バチが当たりそうじゃ」
「バカ言うな。あのオッサンはこんな食卓こそ、望んでいるんだからな」
「左様なのか?」
「ああ。あのオッサンは、ジェアロームは……」
言いかけて、店のオヤジが鍋を持ってきた。
「おまちどう。お客さん。も一つ熱いのも、つけますか?」
手を傾ける仕草を、店主が見せてくる。
「いや。今日は……ああ、悪い。一本くれ」
オレは指を一本立てて、返答した。
「あいよっ」
ニコニコしながら、店主がカウンターへ戻っていく。
「具が、鶏肉とゴボウしかないぞよ」
しょう油ダシの中で、鶏もも肉とゴボウが踊っていた。
「シャモ鍋です。これがお好きな冒険者の方が、おりまして。はい、おまちどうさま」
熱した酒を、店主が持ってくる。
「いただこう」
フィオの分を、より分けた。
「うむ。ありがとう義兄様」
オレは、鍋を三人分よそう。
「もう一つの器は、どなたのじゃ?」
「教皇の分だ」
酒も、教皇の席に置いた。
「あのオッサン、アツアツの酒を飲みながら、シャモ鍋を、食うのが……」
鍋の湯気ではない水分が、オレの頬を伝う。
「すまん。みっともないところを見せた」
濡れた手ぬぐいで、オレは顔を拭く。
「あなたが涙ぐむとは。よほど親しまれていた方なのじゃな」
「三五年前からの、付き合いだからな」
オレは鼻をすすった。
「あなたが一五歳の頃から?」
「そうだ」
「そんな昔から。教皇とは、どういった方だったのじゃ? 妾は幼い頃に会ったきりで、よく覚えてないのじゃ」
フィオが元服した頃は、もう病床だったっけ。
「彼は、今のオレを、形作ってくれた人だ」
ジェアロームは、オレが少年騎士だった時代からよくしてくれた。オレが国王になってから、【冒険の書】のまともな使い方を教えてくれた人物でもある。
オレとジェアロームとの出会いは、騎士だった頃だ。
「そのときオレは、雪の被害に遭った街で、炊き出しの仕事をしていたんだ」
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季節外れの雪は、北東にある隣国への街道を塞いでしまった。
北東からの支援は来ない。西の港は、嵐で大しけ。
最も近いキヤネン国から持ってきた物資で、なんとか炊き出しをするしかなかった。
「ヒャッハー!」
荷馬車が、ウイリーして来やがった。盗賊かと思ったら、司教様ではないか。教会の神父様が、冒険者とは。
貧民街に、大量のパンとリンゴを載せた荷馬車がやってきた。司教が御者とか。
「へへぇ! リンゴを持ってきてやったぜ! ぼっちゃん、おじょちゃーんっ!」
ドリフトをしながら、司教は荷馬車を駐める。
「司教様、あなたは南西の出ですよね? これは?」
「ああ、なんかおめえさん方キヤネン国がピンチっちらしーじゃん?」
オレの顔を見るために、司教様はグラサンを傾けた。
「だからよお。昔の好で、来てやっちゃったわけオラオラ、たくさんあるからケンカすんなー」
子どもたちにリンゴを配りながら、司教のオッサンはオレに返答した。
「感謝いたします。ですが、これだけの物資をどうやって?」
たしかに、南西のバディック皇国は、緑豊かな土地である。
「んなもん、オレのポケマネからに決まってんじゃーん」
私財を投げ売ったのか。なんという善人の鑑か。
「ソロガスです」
「オイラは、ジェアロームって呼んでくれや」




