第32話 魔王に至る病
「ソロガス義兄様。環境とは?」
「リックの家は、あんまり子育て向いていなかったのさ」
マーヴェリックの家庭事情は、それはもうひどかった。
なんでも、一番でなければならない。兄弟間でも、競争をさせる。
「癒やしは、こいつとの会話だけだったよ。だが、ソロガスが国王になってからは疎遠になっちまった」
拠り所を失ったリックが、闇堕ちするのは早かった。
「コイツのオヤジさんも、冒険の書を裏工作に使っていたんだよ」
「では、先代のコドクリフ王も魔王に?」
「魔王になる前に、暗殺されちまった」
天下統一をするか、その前に国が内乱で滅びるか、ぶっちゃけチキンレースという感じ。それだけコドクリフ国は孤立しすぎて、「衰亡リアルタイムアタック」などと、各国で陰口を叩かれていた。
「俺は、魔王になるべくしてなっちまったのさ」
んだよ、強がりやがって。
「そうじゃない。お前さんの性格からして、国の成功は民のためって思っていたんだろ?」
自分が一番、国家を思っていると考えていたからこそ、リックは「魔王による侵略」という道を選んでしまった。
「その最大の特効薬が、自分が魔王になること」
饒舌だったヴェーマが、オレの一言で黙り込む。
「どういうことなのじゃ、ソロガス義兄様?」
「リックが魔王になれば、たちまち世界はコドクリフを責めたてる。魔王を産み出した、危険国家だとな」
実際、マーヴェリックという魔王が誕生してしまったことで、コドクリフは縮小を余儀なくされた。これまでの歪んだ帝王学もなりをひそめ、今は良き王が引き継いでいる。
「そんな……国のために自分を犠牲にして、国家を浄化するなんて」
「思いついたって、オレにはできやしねえよ」
オレはコイツみたいになれないし、コイツもオレのようにはなれない。
「だから義兄様は、様子を見に来ていらっしゃるんですね?」
「根が悪党じゃねえからな。リックは」
コイツの決断は、ハンパねえ。
「もっと怖い方だと、誤解しておりました」
「怖いぜ、俺様は。手を出さないだけで」
実際、魔王になった当初は、オレに殴りかかってきたっけ。
すぐに己を取り戻して、拳を収めたが。
「複雑な気持ちですじゃ。あなたのような方こそ、民を導くのにふさわしいのに」
フィオが意見をすると、ヴェーマは首を振った。
「こんな方法でしか民を救えないような王様は、いらんのさ」
ヴェーマの一言に、フィオはかける言葉を飲み込む。
「できれば、討伐されてほしくないもんだぜ。リック」
「いや、俺様がやられるのも、時間の問題だろう」
実際、冒険者たちは段々と強くなっているらしい。
「そうか」
「それまで、話相手になってくれよな」
「またな」
オレは、魔王の間を後にした。
「さて、気持ちを切り替えるぞ。人生を謳歌しに行く」
「どこへ?」
「ボッティだ。うまい屋台ができたって、話を聞いてな」
「夜鳴きソバかえ?」
「ああ。行くぞ」
【冒険の書】を使って、ボッティまで飛んだ。
フィオからすると帰ってきただけだが、フィオですらまだ知らない楽しいことがたくさんあるはず。
夜鳴きそばの屋台は、ちょうど席が空いていた。
さっそく座って、アツアツのソバをすする。
「店主殿、景気はどうじゃ?」
冒険者のフリをして、フィオが屋台の主人に尋ねた。
「コメがやや、高いかねえ。大量の農地を持っていたコドクリフの関税が緩和されたって話だよ。これから、よくなってくれるといいけどねえ」
フィオは、店主の言葉を真剣に聞く。
「義兄様」
スープをすすって、フィオが丼をカウンターに置いた。
「もし、妾の国が大変好戦的な国家で、自身で内乱が止められんとなったとき、妾にあんな覚悟が――」
「いらんよ。そんなのは、覚悟とは呼ばん」
「でも」
「アイツは、選択しただけだ。これしかないという、な」
それだけ、コドクリフ国は末期的だったというだけ。
「今のコドクリフ国ってのは、どうだ? 国交はあるんだろ?」
「まあの。普通になっておる。民に重い税金も課しておらず、関税も正常化したわい。それに、他国との国交も、高圧的ではなくなったと」
「コドクリフのケースは、そうだった。お前さんのいるボッティ国は、そんなに荒んでいないだろ?」
「うむ。世紀末という雰囲気ではないのう」
「じゃあ、それでいいじゃねえか」
手が付けられないほど危険地帯になっていたら、もうお手上げだ。
「国民の苦しみを全部自分で背負い込んてしまったから、アイツは魔王にまで堕ちてしまった。しかし、お前はリックとは違うだろ?」
家族に守られ、国民に愛されている。
「お前はお前の人生を享受して、いいんだよ」
自己犠牲ってのは、きれいごとに過ぎない。マネするもんじゃねえ。
「ふむ」
オレたちは肩を並べて、ソバをしみじみとすする。
「このソバ、うめえな」
「わかりますかい、旅の方? ボッティ自慢の、小麦で打ってまさあ。女王陛下様々ですぜ」
「それはよかった。いい国に店を建てられたな」
「はいぃ」
オレの横で、フィオが頬を染めていた。
決して、ソバが熱いからだけじゃないだろう。
(第十章 おしまい)




